3-1.あの日の王子の執着と、オルクスとのハプニング
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新章開始です。どうか、お楽しみいただけますように。
※そして31日の20時〜21時に呼んでくださった方、申し訳ございません。オルクスの行動がイマイチだなと思ったので、後半少し変えました…こちらのバージョンもお楽しみいただけると幸いです…(申し訳ございません)
『筆頭魔女の任命式お疲れ様、リーベラ。――そしておめでとう、君は今日から私だけの配下だ』
思えば、全てが狂い出したのは、あそこからだったかもしれない。
『……? 御言葉ですが、アレス殿下。私の主人は国王陛下です』
10年前、デルフィーナ王国の第一王子、アレス・シャーナ・デルフィーナ王子の謁見の間にて。先ほど筆頭魔女の任命式を終えたてのリーベラは魔女のローブ姿で首を傾げ、王子の言葉へ静かに異を申し立てた。
筆頭魔女は、王宮魔法師とはまた別の、王命のみを受けて動く存在だ。その仕事は王宮魔法師とは違って公にならない隠密なものも含まれ、王と筆頭魔女の間には、任務についての守秘義務も物によっては存在する。
その任務内容は、命令されれば国王以外の王族にも明かしてはならないのだ。
つまり、目の前の王子はリーベラの主人ではない――そう、リーベラはやんわりと言ったはずだったのだが。
『ああそうか、まだ君は知らなかったのか。あまり公に言える話でもないから、無理もない』
リーベラをこの部屋へ呼んだ張本人のアレスが、謁見の間最奥の王族の椅子から立ち上がり、リーベラの元へと歩いてくる。
高貴に煌めく金髪に、王家特有の宝石のような虹彩を持つ深い空色の瞳をした、目鼻立ちの整った第一王子。その振る舞い佇まいは洗練され、冷静で頭も回る彼は、19歳にして「次代の国王として不足なし」と既に囁かれていた。
『実は父上の容態が、最近ずいぶんと悪化していてね。私が内密に執務を引き継ぎ始めてるんだ』
『……なるほど。その中に、筆頭魔女への命令権も入っているのですね』
『話が早くて助かるよ。そういうこと』
片眉を上げてアレスを見上げるリーベラの前に立ち、彼は彼女の顔を覗き込んだ。
『それにしても、随分他人行儀だね。昔みたいに、「お兄様」と呼んでくれてもいいのに』
『……当時のご無礼をお許しください』
リーベラは軽くため息をつく。アレスは王族ながら下々の者にも面倒見が良く、幼い頃から王城の敷地内の宿舎に寝泊まりしていた3歳下のリーベラにもよく声をかけてくれて、一緒に魔術の訓練にも付き合ってくれていた。
幼い頃は分別があまりないから、確かにそんな呼び方もしてしまっていたけれど。
だが、それも昔の話だ。
『つれないな……まあ、いいか。私がなりたいのは君の兄ではないし』
何の話を、しているのだろう。リーベラがその意図を考えようとしているのと、不意に小さな呟きが聞こえてきた。
『……ああ、その訝しげな表情もいいね』
『……はい?』
唐突な斜め上の感想を言われて困惑の表情を浮かべるリーベラの顎を、彼は突然右手でぐいと持ち上げる。
『何でしょうか、アレス殿下』
『うん、全く動揺しないその度胸もいい。流石だ』そう言いながら、彼はリーベラの顎から手を離さずに囁いた。
『――この時をずっと、待ってたんだ。父上が随分余計なことをしてくれてね、君とこうして話せるまで時間がかかってしまった。君の番犬くんは鼻が効くから、本当にやりづらくて仕方なかったよ』
『……? 何のお話ですか?』
にこりと、天使のような笑顔を浮かべながら、『聡明な次代の名君』と称される彼は、その後とんでもない言葉を吐いた。
『回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に言おう。――リーベラ、私は君を内密に、側室として迎えたい』
しばらく、彼が何を言ったのかを理解するのに数秒時間を要し。リーベラは愕然とした顔で、アレスを見た。
『……ご乱心、なされましたか』
『残念ながら至って正常だよ、いつもの私だ。――その証拠が、君の家と君の先日までの護衛』
ぴくりと眉を上げるリーベラの顎を掴んだまま、王子が顔を歪めた。
『おかしいと思わなかったかい? 君は幼い頃からずっと王城の敷地内に住んでいたのに、去年になって王城から離れた場所に屋敷をあてがわれて、そこから通えと言われた。そして同時に、護衛にあのオルレリアン公爵家の子息が、常時付くときた。
わざわざ城から出しておいて、見習い騎士をただの王宮魔法師へ常時派遣だなんて、随分無駄な動きだと思わないか?』
『それは……』
無駄も何も、全てはこの目の前の王子の父君、つまりは今の国王陛下の命だった。王命があるからには何かに必要なことなのだと考えて、疑問も持たずに従っていて。
『全部、いままでの私の、君への執着が知られてしまったせいでね。父上が、私から君を離して諦めさせようと取った措置で――それでも私は、未だ第一王位継承者で、こうして執務の引き継ぎも受けている。だから、乱心じゃないんだよ』と、アレスは笑い。
愕然とするリーベラの前で、彼はいつも公の場に出る時と同じ完璧な笑顔で、こう言った。
『リーベラ、よく覚えておくといい。当たり前のことだけれど、人には色んな面がある。君のいつも見てる顔や性格が、その人間の性質全てな訳がないだろう?』
『……ええ、本当にそうですね』
じり、と後ずさりしようとしても、王子の手がさらに顎へ食い込むだけで。一応目の前の人間は王子なので、弾き飛ばすことも出来ずに歯を食いしばるリーベラの前で、彼はすうと目を細めた。
『まあ、私も鬼じゃないから、君に選択権をあげよう。――そういえば、君の大切な護衛くんは、今度見習い騎士から卒業して、王宮騎士団に正式入団するんだったっけ。配属は、どこになるんだろうね?』
目を見開いて身体を強張らせるリーベラを前に、彼は天使のように微笑んだまま。その顔のまま、地獄の選択肢を突きつけて。
――『さあ、リーベラ。君が選ぶんだ。
この手を取るか、「彼」が戦場へ赴くか。
両方嫌だと言うのなら、君が代わりに行くといい』
その言葉を皮切りに、リーベラの意識は、闇の中へと吸い込まれて行った。
◇◇◇◇◇
リーベラはゆっくりと目を開け、身に馴染みのない部屋の雰囲気に身を強張らせた。
――ここは一体、どこだろう。
灯りが落ちているのだろう、部屋の中は薄暗い。大きな出窓がある部屋らしく、少し離れたところには窓から月明かりが差し込んでいた。
背中には柔らかな布の感触がある。そしてぼんやり目線を動かし、どうやら自分がベッドに寝かされているらしいことが分かった。
それも、シルエットを見る限り天蓋付きの大きなベッドに。リーベラの家のものより、ゆうに2倍の大きさはありそうだ。
「……ああ、リラ。起きた?」
混乱して状況整理が追いついていない頭に、オルクスの声が割って入る。それも、すぐ上から。
「……オルクス?」
黒い髪に、薄暗い部屋でも分かる、澄んだ海のような深い青色の目。ずっとずっと遠くから見つめてきた顔が、そこにある。
――『この手を取るか、「彼」が戦場へ赴くか』。
王子の言葉を思い出してリーベラは素早く起き上がり、震える手で、目の前にあったオルクスの頬に右手を伸ばした。
「……オルクス、無事?」
彼の温かく滑らかな頬に手を当てて、ほっとする。
――ああ、オルクスだ。大丈夫、生きてる。戦場になんて、行かされていない。
ここにちゃんと、無事で居る。
「……リラ? なに、いきなりどうしたの」
ほっと溜息をついていると、目の前の幼馴染は目を見開いて硬直していて。
(……あれ? 何かが、おかしい)
リーベラは、首を傾げながら思考停止する。そして目の前の、青年に成長しているオルクスの姿を見て、思わず息を呑んだ。
(しまった、寝ぼけてた……! さっきのは、過去の夢だ)
慌てて彼の頬に触れていた右手をひっこめようとした瞬間、目の前の青年は目を見開いたまま、がしりとその手を左手で握ってきて。そしてリーベラの首裏をもう片方の手が掴み、ぐいと彼の顔の近くまで引き寄せた。
「……」
目を見開いたまま、無言かつ唇も触れそうな至近距離で見つめられ、リーベラの息は一瞬止まる。
長い睫毛に縁取られた、目の前の深い海色の目には、不可解な波が揺れていて。
やがて彼の瞳がまぶたの下にそっと消え、黒く長い睫毛の陰が、その瞳を完全に覆い――やがて彼は、また再び目を開いた。
そしてしばしリーベラの目を覗き込んだ後、「そうか」と小さく呟いて目を伏せる。
「……ごめんリラ、僕がやりすぎた」
そう言いながら、オルクスがそっと、リーベラの手と首裏から手を離して距離を取る。
異様な未知の雰囲気に呑まれて動けなかったリーベラは、そこでやっとのことでぼんやりと、掴まれていた手を見遣った。
――オルクスの手、熱かった。
手を離された瞬間に、彼の暖かい熱が、自分から引いていくのを感じて。少し寂しいと思ってしまったのは、自分の気のせいだろうか。
「……手荒な真似をしてごめん、君が起きて良かったよ。死んだように寝てたから、心配してた」
そう言って、オルクスはそっとリーベラの頬を撫でた。
ということで、薄々お気づきだったかもしれませんが、現国王もヤンデレ枠です。
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明日ももしよろしければ、お付き合いいただけますと嬉しいです!




