2-16.リーベラの追想と、オルクスの婚約話
予告させていただいた通り、今日は早めの更新です。
どうかお楽しみいただけますように…!!
『お前、体の中に魔物がいるね? ――このままだと、お前は私以外の、ここについてきた魔法師か騎士たちに殺される。
私の弟子になれば、誰もお前を殺しやしない。そもそも私には、誰も近づいて来ない。だから、私と一緒に来ない?』
――そう。『破滅の魔女』となった自分には、もう、誰も近づいて来ないのだから。
そう言ってアドニスの手を取って、魔物の討伐戦から帰還した、夜の王城で。
煌びやかな長い廊下の、豪奢な絨毯を踏みながら。リーベラは周りの人間に避けられながら、血と傷に塗れた格好のまま、王子の謁見室へ向かっていた。直接そのまま来いと言われていたからだ。
王城務めの使用人からの視線が刺さる。どれも鋭いものばかりで、その声もリーベラの耳には届いてくる。
<あの子、何考えてるのかしら。血だらけなのに無表情で、気味が悪いわ>
――違うの、何も感じられないの。
いつからか、痛みが感じられなくなった。心が鈍くなった。今まで感じられていたはずのものが、感じにくくなった。
最初から感情というものがなければ、ここまで混乱しなかったかもしれない。
昔、確かにあったからこそ、急にそれが薄れたことへの、喪失感。
<見ろ、あのすまし顔。きっと俺たちを馬鹿にしてる>
――違う。表情の出し方が、どんな顔をしていいのかが、もう分からないの。
<あれはもはや、化物だ>
――そうね。感覚も感情も何もかも、壊れてしまった、こんな自分は。
バケモノなのかも、しれないわ。
だけど、ねえ、だれか、だれか。
だれかお願い、ここから出して。
心が動かないの。どうしていいのか、分からないの。
――分かるのは、守らなければならない人がいる、ただそれだけ。
本能的な、執着心だけで。今の自分は、なんとかヒトとして形を保っていた。
『――リラ!』
懐かしい色の声が聴こえて振り返ると、そこには息を切らしながら立ち尽くすオルクスがいた。数ヶ月前に護衛してくれていた時の服より階級が上がったことを示す、紺色と白の騎士服を着こなして。
気のせいか、前よりも凛と鋭い雰囲気で、大人になっていた気がした。
『――リーベラ、あいつなんだか殺気凄いんだけど。倒して良い?』
『やめなさい』
そうアドニスを窘めながら、久しぶりのオルクスを見る。
――ああ、オルクス、久しぶり。
閉じ込められた部屋の窓から、あなたの姿をよく見てた。
王女を護衛し、王城を警護し、煌びやかな御令嬢に囲まれて、優しく微笑むあなたの姿を。
「リラ、なんで、その格好は……? 隣のそいつ、誰」
なのに今は、オルクスがその整った顔を歪めるのを、鋭い視線を投げかけてくるのを、ぼんやりと眺めている。
――私は、冷たく血まみれで。あなたがよく護衛する王女や御令嬢たちみたいに、綺麗でもなくて。
ぼんやりとした頭と感覚の中で、ぐるぐると、そんな思考だけが回る。
ああ、オルクス。久しぶりなのに。
この姿を、こんな私を見られたくなかった。
――私は、あなたに。
『――久しぶりだな、オルクス』
心底、会いたくなかったわ。
◇◇◇◇◇
「リビ、お前大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「いえ、ちょっと悪夢を見まして……眠りが浅かったのかと」
オルクスがリーベラの屋敷から出かけて行った、翌日のこと。リーベラは市井を歩きながらエルメスに顔を覗き込まれ、ため息を吐いてそう言った。
昨日の夜は、オルクスが居なかったから。リーベラは書斎に入り浸り、地下室へ続く道を隠した本棚にもたれてずっと考えていた。
――頭に浮かぶのは、弟子のアドニスのことだ。
魔物を宿して生まれてしまい、親に捨てられてしまったという不遇の少年。魔物討伐の際の下見で出会って、討伐後に弟子として連れて帰った、銀髪に赤い目の美しい少年。
『あんたに拾ってもらえてなければ、俺は確実に殺されてましたから』
そんなことを言って、屈託なく笑っていた少年。そんな彼に、自分は何をしてあげられただろう。
当時の自分は面白味のカケラもなかった。きっと、一緒にいてもつまらなかった。
――しかも、こうしてなぜか一人、のうのうと生きている。本当は、魔物が覚醒して暴走して、人々を殺しかけた彼をただの人間に戻すために、死ぬはずだったのに。気がついたら封印魔法は完了していて、自分はこうなっていた。
――アドニス、ごめん。私の力が、足りなかったせいで。お前だけ一人、置いてきてしまった。
思えば思うほど、心が沈んでいく。
――今思えば、これまではオルクスがあれこれ話しかけてくれるおかげで、気が紛れていたのかもしれない。一人になると、ひたすら気が滅入る。
そうこう考えながらリーベラは昨夜、書斎で一人寝落ちして。
当時、アドニスを迎えた時の記憶を、夢で思い返してしまったのだった。
(なんか最近、こういう夢をよく見るな……)
そう思いながら頭を抱えていると、目の前にひょいと茶色い紙袋を差し出された。
「ん。これやるから、食べて元気出せや」
「……?」
促されるまま紙袋を開けると、中からは黄金色のフィナンシェやサブレ、レーズン入りのサンドクッキーやらがどっさり入っていた。
「さっきパン屋の姉さんがくれたんだ。お前も食べろ、ここのは美味いぞ」
エルメスが紙袋の中からフィナンシェをつまみ上げ、口に放り込む。リーベラは唖然としてその飄々とした横顔を見上げた。
「え、さっきって確かパンしか買ってな」
「相手が俺だからな、特別にサービスってやつよ」
「ほら、俺って見た目も悪くないだろ?」などとのたまいながら、からからとエルメスが笑う。どうやらそうしたことに慣れているらしい。
未知の世界だ。リーベラは呆然とエルメスを見上げた。
「エルメス様は、すごいですね……」
「ああ、だからそれやめろって言ったろ。お前はその格好だと俺の妹の『リビ』なの。敬語もやめろ、呼ぶ時も『エルメス』か『お兄ちゃん』って呼べ」
リーベラの格好にびしりと指を突きつけ、エルメスがリーベラを見下ろす。
今のリーベラは、エルメスと同じ髪色のサンディブロンドのウィッグを被り、瞳の色を茶色に変える魔法具の指輪を貸してもらって、普段とは全くの別人――エルメスの『妹』、リビという設定で街を歩いていた。
オルクスに買ってもらった服を着て歩くとバレる可能性があるので、服も新しく買った。今着ているのは茶色の編み上げブーツに、若草色の花柄模様の散ったワンピースだ。
一方、エルメスは白いシャツに黒いズボンというシンプルな格好。それでも様になるのだから、本人の言う「見た目も悪くない」の言葉には頷かざるを得なかった。
「……分かった。じゃあエルメス、早く店に帰ろう? フローラさんが待ってるよ」
フローラとエルメスは、今朝喧嘩をした。きっかけはよく分からないが、昨日からよく言い合いをしていたので何かが拗れたのだろう。
その流れで、なぜか「リビを外に連れて行ってあげて」と言い張ったフローラが店に残って、リーベラがエルメスと昼食の買い出しに行くことになったのだった。
リーベラの台詞にエルメスは一瞬ぐっと言葉につまった顔をし、頭をがしがしとかいた。
「……そうだな。あいつ一人にしても悪いし」
「あいつ相手だとなんか調子狂うんだよな」と呟き、エルメスが足を帰宅方面に向ける。リーベラはほっとして息を吐いた。
「――そういやリビ。こいつは高値で売れる情報だから、本当はあれなんだけど……お前は当事者みたいなもんだから、特別に教えてやるよ」
「うん?」
歩きながらの道中、改まった調子でエルメスに囁かれ、リーベラは顔を上げて。
そうして、彼の爆弾発言を聞いた。
「……オルクス様と、イシュタル王女様が婚約するって噂らしい。――昨日の夜も、オルレリアン公爵家の屋敷に王女様が内密に来て、オルクス様が出迎えてたのが目撃されてる」と。
ブクマ、本当にありがとうございます!! 嬉しいです!!!
キリがいいところまでがっつり一気にいきたいので、明日は朝8時、夜20時ごろの2回更新する予定です。(頑張ります!)
オルクスがヤンデレる予定です。よろしければお付き合いいただけますと大変嬉しいです…!




