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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
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2-15.人の気持ちの遣り取りは

今日は予告に間に合いました……!(いつも本当にすみません。。)

どうか今日も、お楽しみいただけますように。

「あの、手伝う、とは……?」

「あんたが最初に言ってた『交渉』に乗ってやるって言ってんの。あとで他の薬も見せろ。しばらく様子見だけど、売れればあんたに何割か還元してやるよ」

 そう言いながら、エルメスが口をへの字に曲げ、左手でフローラを指さす。

「ちなみにさっきの『口止め料』は単なる脅しで言ってみただけだ、そこのお嬢様へな」


 指さされたフローラはむっとした顔で「人を指さすんじゃないわよ」とその手をはたき落とした。

「おま、痛ってえな」

「ええとつまり、リビティーナさん、どういうこと?」

 エルメスを無視して、フローラが困惑した表情でリーベラを見遣る。リーベラは少し考えてから口を開いた。


「……お店は諦めましたが、この方が情報屋さんだと知って、どうにか薬を売るのに協力していただけないかと交渉しに来たんです。資金を少しでも溜めておきたくて――私はいつ、放り出されるか分からない身ですので」

 言いながら、自分の発した言葉に、リーベラの心の底がすうと冷えた。

――そう。今はオルクスがなんのかんのと絡んできてくれているけれど。

(……いつか必ず、こういう時間も終わりが来る。オルクスと、やりとりすることもなくなる)


 だって彼は、婚約するのだから。リーベラではあり得ない、他の誰か、別の女性と。

 そう思った途端、胸の奥あたりがざらりとした手でぎゅうと握りつぶされるような、奇妙な感覚がした。

(……あれ。何だろう、この気持ち。何か、嫌だ)


「なるほどねえ」

 フローラの呟きに現実に引き戻され、リーベラははっと我に返る。そして、深々と頭を下げた。

「勝手に動いて、本当に申し訳ございませんでした。あの、このこと……」

 聞くまでもない。確実に、オルクスに知られるだろう。だって彼女はオルクスの部下で――

「え? オルクス様には言わないわよ」

「――はい?」

 本日2回目の呆気にとられた声を出しながら、リーベラは身を起こす。顔を上げると、宙を見上げながらフローラは「ふふふ」と笑顔で指をぱきぱき折り曲げさせていた。とてもご令嬢がする動作ではない。


「あんの鬼上官、少しは痛い目見ればいいのよ。いくら愛があったって、ヒロインに怪我させるヒーローなんて、現実に居たらダメ絶対。せいぜい後から後悔して追って縋ってくるがいいわ……! ああ、いい図が見れそうね」

 一体、何の話なのだろうか。言葉の意味が分からず呆気にとられるリーベラの前で、ぶつぶつ言いながら顔をしかめ、ややあって彼女は笑顔でくるりと振り返った。


「私が貴方を守るわ。だから、安心して」

「え、いえ、あの」

「お嬢様もこう言ってんだから、甘えとけ。俺はあんたから薬を買い取る、それからあんたのことも誰にも話さない。このお嬢様も、上官には告げ口しない。ということで、分かったな」

「残りの薬も見てやるから、持ってこい」とエルメスから手を出され。リーベラはたじろぎながら首を振った。


「――待ってください、それでは釣り合いが取れません。代償を……」

「あ? 釣り合い?」

 あまりに、都合が良すぎるのだ。何かオルクスに根回しされていて、それでこんなことを――

 

「……あんた、今まで苦労したんだな。うちの偏屈ジジイが、わざわざメッセージ書いたっつうのも分かる気がするぜ」

 言葉に詰まるリーベラの頭の上に、暖かい手がぽんと乗った。

「好意はありがたく、ありがとうって受け取っときゃいいんだよ。『釣り合い』だの『代償』だの、いちいち考えてたら禿げるぞ。――人の気持ちはな、自由に遣り取りしていいんだ。物じゃないんだから」

 リーベラは黙って目を見開く。――つい最近、どこかで、聞いたことのある台詞だった。


「くっ、全部私が言いたかった台詞……! 取るんじゃないわよ、この失礼男!」

「んだと、この暴力女」

「あんたにはまだ振るってないでしょうが!」

「まだって何だよ、お前本当にご令嬢か!?」

 言葉を挟めず立ち尽くすリーベラの前で、エルメスとフローラがギャンギャンと言い合いを始めた。どうやら同年代らしきこの二人、隙あらば言い合いになるらしい。

――でも。二人とも、どこか本気では嫌ってなさそうだ。


「……フローラ様、エルメス様。ありがとう、ございます」

 リーベラの呼びかけに、二人はぴたりと言い合いをやめ、こちらに揃って顔を向け。

「「どういたしまして」」

 二人の声が、揃ってリーベラに答えを返す。

 一瞬虚をつかれたような顔をしたあと、彼と彼女はお互いの顔を見合わせた。

「……なんであんたとハモんのよ」

「それはこっちの台詞だ」


 また始まった二人のやりとりを眺めながら、リーベラはぼんやりと思い出す。

『困ったことがあれば、いつでも頼って来ておくれ』と書いてくれていた、白い付箋を。

――人の気持ちはな、自由に遣り取りしていいんだ。


(……ああ、ありがとう、ユピテル殿。貴方も、貴方の息子も、フローラも、本当に良い人だ)

 今度、自由に動けるようになったら。いつか薬を持って、ユピテルに直接、会いに行こう。


◇◇◇◇◇

「リラ、本当にごめん。今夜は用事があって、家にはいられそうにないんだ」

 夕方、フローラに見送られて帰ってきた、リーベラの屋敷の中。

 家に帰ると騎士服を脱いだ、シャツと黒いズボンの軽装姿のオルクスがいて。彼は飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置きながら、「本当にごめんね」と繰り返した。


「ここはいつからお前の家になったんだ……? いちいち断らなくてもいいぞ、何をしようがお前の勝手だ」

 勧められた紅茶のカップに口をつけながら、リーベラは聞き返す。目を合わせない、表情を見せないことを徹底しながら。

 俯きながら飲んでいると、紅茶から深く、良い香りが漂ってくる。この匂いはダージリンだ。

「うん、僕が淹れた紅茶を飲んだね。これも貸し」

「……っ」

 油断も隙もない、とリーベラは紅茶を飲むのをやめる。リーベラの目の前のソファーから、オルクスの苦笑の声が聞こえた。


「言っただろ、飲んでも飲まなくても貸し」

「何が貸し借りの基準なのか、もうよく分からんな……」

――『釣り合い』だの『代償』だの、いちいち考えてたら禿げるぞ。

 昼間、エルメスから言われた言葉を思い出して、リーベラはふと、奇妙な気持ちになった。

 なるほど、いちいち考えるとこういうことになるのか、と。

 確かにそうだなと、少し、不思議な心地だった。


「……リラ、いま笑った?」オルクスの言葉で、リーベラは我に返る。

「いや、笑ってないと思うが……?」

 笑う部分はあったろうか。リーベラが首を傾げていると、ふとオルクスが立ち上がり、ソファーに座るリーベラの近くにそっと立った。

「リラ」

「……何?」

 オルクスに上から見下ろされ、見つめられている感覚がする。リーベラは紅茶を飲みながら、体を縮こまらせた。


――私、昼間はエルメスやフローラと、どんな顔して喋ってたっけ。

 昼間はそんなことも考えずに話せていたのに、オルクス相手だと、今自分がどんな表情をしているのか、気になって仕方がない。

 いますぐ鏡で自分の顔を見に行きたい衝動に駆られつつ、リーベラは落ち着かない気持ちでオルクスの呼びかけの続きを待った。


 ややあって、無言で衣擦れの音を立て、彼が隣に座る気配がした。しばらく躊躇うような空気の揺れがあった後、オルクスが静かに口を開く。

「……リラ。約束してほしい、ことがある」

 改まった口調に、リーベラは体を固くして、恐る恐る横目でオルクスの方を見る。その刹那、オルクスがこちらに伸ばしかけた手を引っ込めたのが視界の片隅に映った。


「な、なに?」

「どこにも消えないって、約束してくれ」心なしか、彼の声が固い。リーベラはゆっくりと首を傾げた。

「いや、私は消えないぞ。ずっと、ここに居るって決めてるし」

 そもそもこの屋敷の地下には、アドニスが封印されて眠っている。そこを捨てて、離れる訳がなかった。

「……そう」

 オルクスが小さく呟き、沈黙が部屋に満ちる。いたたまれなくなったリーベラが「いきなり改まって、どうしたんだ」と伺うと、彼はのろのろと口を開いた。

 

「……心配なんだ。君には、悪い癖があるから」

「……ん? 癖?」

「――そう。行き先も告げずにどこかに消えようとする、悪い癖」

 そんな癖、あっただろうか。確かに現在進行形でオルクスから自立しようとはしているけれど、消えようとはしていない。

「そんな癖、ないぞ」

 リーベラが言った途端、また部屋に沈黙が落ちた。何なのだ、一体。


「ああもう、いいから用事とやらに行って来い。分かった、消えないから」

「……言ったね? 絶対だよ」

「ああ、魔女の約束は絶対だ。約束する」

 リーベラが頷くと、頭上からほっと、息を吐く気配がした。

「――分かった。行ってくる」

 オルクスがソファから立ち上がる気配がして、リーベラはそっと息を吐いた。よく分からないが、息が苦しい。

 そのまま無言でゆっくりと玄関口へ向かうオルクスの背中を見て、リーベラは思わずそっと立ち上がった。

 

――今日は、なんだかオルクスが変だ。

「オルクス」

 思わず、遠ざかっていく背中にリーベラは声をかけた。

「……何?」オルクスの足が、ぴたりと止まる。振り返らないままのその背中に向かって、リーベラは口を開いた。

「……行って、らっしゃい」

 のろのろと、オルクスがリーベラを振り返る。その目は丸く見開かれていて。

 それが徐々にゆったりと、まあるい弧を描き出す。

「――うん。行って来ます」

 目を細めて、オルクスが微笑みを浮かべる。

 静かな朝の夜明けのような、優しい笑みをリーベラに残して、オルクスは扉から出て行った。

ブクマ・ご評価、本当にありがとうございます!!! いつも頑張る活力をいただいております…っ!!

明日は所用で15時ごろ更新します。いつも時間ブレブレで申し訳ないです…

ぜひ、お付き合いいただけましたら嬉しいです!

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