1-3. オルクス・ラ・オルレリアンの追求
オルクスの剣幕に押されてか、男性たちは口をはくはくと開け閉めするのみ。締め上げられた方の男性の片方の足が宙に浮きかけたところで、「待て」と声を出しながら、リーベラはオルクスの足元目がけてダッシュした。
「オルクス、落ちつ……うぉっ」
オルクスの白いマントを掴み、彼を静止しようとしたところでリーベラは地面に蹴躓く。
びたんと無様にリーベラの体が地面に倒れる音、そして訪れる静寂。
「お、お嬢さん、大丈夫かい……?」
頭上から恐る恐るといった声に話しかけられて、リーベラは頷きながらゆるゆると顔を上げた。話しかけてきた男性はオルクスに締め上げられた男性の連れの方。頭を回らせてみれば、締め上げられていた男性は無事地面に両足をつけて咳き込んでいた。
「……」
そして咳き込む男の隣には、驚愕の色に目を染め、立ち尽くすオルクスの姿がある。
彼はのろのろとしゃがみ込み、リーベラの顔を覗き込んだ。
「……リラ?」
「そうだ」
リーベラは短く応え、立ち上がった。
「君、なんで……」
すっかり目の焦点をリーベラへ結ぶオルクスの言葉をバックに、リーベラはその場にぼうっと立ち尽くす先ほどの男性組に向かって目配せをする。
<早く行け>
リーベラの口の動きを見て彼らはカクカクと頷き、その場から慌ただしく走り去っていった。
ぼんやりと彼らの背中を見送るリーベラの肩を、オルクスがゆさゆさと揺する。
「君、なんで身長縮んでるの? 怪我は? ていうかさっきの見事な転びよう……ぷっ」
「言うに事欠いて早速吹き出すな」
リーベラはげんなりと、整ったオルクスの顔を見上げてため息を吐いた。彼は肩を震わせて片手で顔を覆っている。
「ダメだ、笑いすぎて涙出てきた」
本当に涙声だ。そこまで笑わなくてもいいじゃないかと思いつつ、リーベラは無言でオルクスを見遣る。
「そうか、そりゃ何より。じゃあまた」
「ちょっと待った」
ひらりと身を翻して別れの言葉を告げ、街の方へ向かおうとするリーベラの服の袖を、オルクスがむんずと掴む。
「リラ、僕に何か言うことない?」
「は? 言うこと?」
眉を顰めるリーベラの目の前で、オルクスが懐からやおらに紙を取り出し、リーベラの眼前に突きつける。
「この手紙、どういうことかご説明願おうか」
「……」
何のことだかさっぱり、という顔をしていたリーベラは、突きつけられた手紙の内容を見て凍りつく。
そんな彼女の前で、オルクスはその爽やかな声で朗々と手紙を朗読し始めた。
「――拝啓、オルクス・ラ・オルレリアン公爵殿。
弟子と旅に出ることにしました。
家の鍵の一部をうっかり閉め忘れてきてしまったので、この手紙が届いたら、下記の図面の場所の鍵を閉め、最後に屋敷の施錠を確認してください。では。
――リーベラより……って、何かなこれは?」
「うん、実に簡潔な手紙だ」
リーベラが無表情で言ってオルクスの手から手紙を取ろうとすると、彼は真顔で手紙を自分の頭上へと持っていく。
「この……っ、卑怯だぞ届かん!」
「卑怯はどっちだ」
ヒヤリと、地を這うような声が目の前の青年から聞こえてくる。リーベラは恐る恐る、声の主であるオルクスの顔を見た。
「旅はやめたの? アドニスは?」
「……1人で行った」
言い表せないほどの後ろめたさに、リーベラは目を逸らしながら答えた。実際は行ったのではなく、封印されていなくなったのだけど。
(しまった、手紙を手配したのは少し前だった……忘れてた)
あとのことを任せる手紙を、自分が死んだ後にオルクスとこの国の王宛に届くよう、自分は今回の魔法の一環として組み込んでいた。
自分が死んだ後、誰かがあの地下室の箱に『成功した証』の水晶玉を入れて鍵をかけ、地下室の扉を閉め、屋敷の扉の施錠を確認しなくてはならない。それを頼むために、少し前のリーベラは苦渋の決断でオルクスに手紙を書いたのだった。
まさか魔法が完了した後も、自分がここに立っていられるとは思わずに。
(予想外のことに思わず焦って、頭から飛んでいた)
リーベラはあるまじき失態に、遠い目をした。そしてふと気づく。
「この手紙が届いたってことは、私は死んだことになってるのか」
「……は?」
「いや、何でもない」
なんだか寒気のする気配がオルクスから漂ってきて、リーベラは後退りながら頭を左右に振った。
ちなみに主人公・リーベラ(のちのち改めリビティーナ)の口調がこうなったのには理由があります。少しずつ回収していきますので、暖かい目で見守っていただけると幸いです……!