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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
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2-13.情報屋のフィールド家

今回も更新時間遅くなってすみません……!

オルクスから逃げようとするリーベラの策略編です。どうか、少しでもお楽しみいただけますように。

「……あんた、ジジイの知り合いなのか? 本当に?」

 エルメスは疑い深げな眼差しで、リーベラを上から下まで見遣った。当然の反応だ、今のリーベラは16歳の令嬢扱いなのだから。


「正しくは、前にお仕えしていた場所の主人がユピテル様とお付き合いがありまして。その際、お手紙と申しますか……メッセージを、私宛にいただいておりました」

――『この世ってのは、つくづく不公平なもんだよなあ』。

 先ほど書斎机の中で見た白い付箋のメッセージの冒頭が、リーベラの脳裏に蘇る。

 メッセージの末尾の署名に「ユピテル・フィールド」と書かれていた、とある付箋を。


「……本当か?」

 ぴくりと形の良い片眉を上げながら再度聞かれた言葉に、リーベラは頷いた。

「本当です」

 嘘はついていない。この目の前の青年の先代と思しき人物は、しばらく前まで情報屋として王城に出入りしていたはずだ。

――『はず』というのは、リーベラの記憶が曖昧だからだ。『破滅の魔女』当時の任務に関わる情報提供者として、王城で情報屋と関わったことはあるけれど。リーベラは王の言いつけで、いつも魔女の黒いローブのフードを深く被り、髪も顔も隠していた。


 きっと相手は、リーベラの顔も目の色も、髪の色も知らない。

 なのに、いつぞやリーベラへ渡った情報屋からの書類の中には、任務に関係のないメッセージが書かれた付箋が入っていて。それを見つけたアドニスが、「付箋やら手紙はここに入れときますね」と、机の中に入れてくれた――そんなことを、リーベラは付箋を見つけてぼんやりと思い出したのだった。

 不思議だ。何かきっかけがあると、忘れていた記憶を思い出すことがあるのだから。

 自分の記憶で忘れてしまっていたことはもう、思い出せないものだと思っていた。


「あんたの前の主人の名前は?」

「お答えできません」

 リーベラのにべもない答えに、エルメスが顔をしかめる。

「……あんたを引き取った今の主人の名前は?」

「お答えできません」

「全部答えられないのかよ……」

「情報は価値――ここはそういう場所だと伺っております」

「あんた、すっげえやりづらいな……」

「お褒めに預かり、光栄です」

「褒めてねえよ」

 ため息を吐きながら、青年はがしがしと後ろ頭をかく。そしてややあってから、ため息を吐きながらリーベラの目をまっすぐ見た。


「……そのメッセージ、なんて書いてあったんだ」

「私の個人的な事情の部分を伏せますと、『この世ってのは、つくづく不公平なもんだよなあ』と」

――『この世ってのは、つくづく不公平なもんだよなあ。

 儂はあんたの背中を見るたび、泣きたくなるよ。あんたは小さな背中に重荷を背負って、色んなものを犠牲に働いているのに、そんなあんたに守られていることを、多くの人間は知らないんだ。

 儂も老い先短いが、どうにもあんたが気がかりだ。儂もあんたも、日の光を見ることのない日陰の人間。余計な世話もしれんが、同族のよしみだ。困ったことがあれば、いつでも頼って来ておくれ。

 王都の片隅の古本屋『グラフィオ』に、儂と息子のエルメスがいる』


 文面を思い返して、リーベラは心を沈ませた。

――当時、あの付箋に、リーベラは恐らく、いや確実に返事を書いていない。書いていないというより、ずっと書けない状態だったから、それは間違いない。

 王に見張られ、自由に行動ができなかった。出したくとも、誰に出せば良いのかも分からなかった。

 どれだけ自分が外界と関わっていなかったか、そして認識できていなかったか。それをまざまざと目の当たりにして、心はひたすらに沈んでいく。


「……ああ、その台詞、ジジイの口癖だ」

 ぼそりと耳に青年の声が届き、リーベラは顔を上げた。彼はブラウンの目を細めて、どこか眩しそうにこちらを見ている。

 ややあってから大きな息を吐き、彼は肩をすくめてこう言った。

「ジジイは今、身体が弱っちまって隠居生活だ。今は俺がこうして店主も情報屋の後任もやってる」

 どうやら、話しても良い相手だと認識してくれたらしい。リーベラはほっと肩を下げた。

「……そうですか」

 そのうちユピテルにも当時のお礼を言いに行かなければと思っていると、エルメスはつと口を開いた。


「そんで? 『交渉』って、何をだ」

「ああ、ええと、その」本題がまだだったと、リーベラは我に返り。ポケットから小瓶を取り出して、エルメスに見せた。

「薬を、買い取っていただきたいのです」

「……薬?」何の話だと眉を顰める彼の前で、リーベラは素早く小型ナイフを取り出し――自分の服の両腕をまくり、左腕にナイフで切り傷をつけた。


「え、おい、ちょっと待て、落ち着け」

 わなわなと口を震わせるエルメスの前で小瓶の中身の塗り薬を取り、血が滲む傷跡にさっと塗り。

「ご覧のとおり、傷がすぐ治る私の薬です。情報屋が売る商品の一つに、なりませんか?」

 情報屋は情報だけでなく、一般流通しない商品等も扱うことがある。それを分かっていての提案だった。

 治っていく傷口を見せ、リーベラが小瓶の蓋を閉めなおしてエルメスを見上げると――彼は目を驚愕の色に染めて、立ち尽くしていた。


「……あの……エルメス様?」

「お、お、お、お前……」

 はくはくと口を何回か開け閉めしてから、彼はかっと目を見開いて、リーベラに詰め寄った。

「何やってんだ! 痛いだろ!」

「え、いえ、あの」

 彼の剣幕に、リーベラは思わず後ずさる。そしてゆっくりと首を傾げた。痛いとは、何がだろう。

「……痛かったですか?」

「俺じゃなくて、あんたがな! びっくりしたぜほんと、もう止めてくれよ……心臓に悪いっつうの」

 ぶつぶつ言いながら、彼はリーベラの腕をひょいと持ち上げてまじまじと観察する。「これ、もう痛くないのか……?」と恐る恐る聞かれてリーベラが頷くと、彼は大きなため息を吐いた。


「……薬の効果は分かった。だけどその見せ方がどうもいただけ……ってあんた、この痣はなんだ?」

「痣?」

 びしりと指さされて、リーベラは痣を見る。先ほどオルクスに付けられた、左手首の痣を。

 そういえばオルクスもこの痣を見て血相を変えていたっけなと、リーベラはぼんやり思い出す。


「ええと、あの……」言いかけて、リーベラは背筋を凍らせた。後方、背中の少し距離のあるあたりから、突き刺さるような視線を感じたのだ。

――まずい。まさかこんなに早く、たどり着かれるとは。

 目の前には、リーベラの痣を見て顔をこわばらせているエルメス。そして後ろからは――


「リビティーナさん、見つけたわよ……!」

「ふ、フローラ様……」

 上官のオルクスそっくりに目の笑わない笑みを浮かべたフローラが、仁王立ちしてそこにいた。

ブクマ・ご評価、本っ当にありがとうございます……!嬉しいです……っ!

日々、超自転車操業ですが、毎日更新頑張ります。

引き続き、よろしければお付き合いくださいますと幸甚です!

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