2-12.デルトスのぼやきとリーベラの策略
すみません、原稿をまるっと書き直していたら投稿が遅くなりました……。
今回はデルトス視点入ります。楽しんでいただけますように……!
「オルクス様、何かさっきから元気ありませんね。どうしました?」
王都巡回中、美しい街の中を先ほどから仏頂面で歩く騎士服の美貌の上官へ、デルトスは疑問を投げかけた。何分もに続く息苦しい沈黙を、やっとのことで破って。
「……いいや、なんでも?」
反射のように、上司の仏頂面が笑顔に変わった。だが、デルトスは知っている。
この上官は今、間違いなく機嫌が悪い。
「あのう、その笑み、マジで怖いんでやめてください」
「じゃあやめようか」
「あ、やっぱいいです。さっきの方がまだマシです……ほんと、リーベラ様頼みますよ……」
「リラがなんだって?」上官の笑顔の質がまた変わった。その変化に、デルトスはそら見たことかと確信する。
「貴方が情緒不安定になるのは大体リーベラ様とのことが原因です。どうせあれですよね、妨害工作が全部ばれて怒られたとかですか?」
「……」
オルクスがすっと顔を真顔にして黙り込む。どうやら図星だったらしい。
いつもであれば無言の笑顔で「それ以上の質問はやめろ」と無言の圧力をかけてくるのに、そうしないのがまたいつもと違って怖い。
デルトスは恐る恐る言う。
「だからやめた方がいいって俺は言ったんですよ。リーベラ様に小細工は通用しませんて」
「……怒られても、確実に手元に置いておけるのなら、とにかく何でも構わないと思ってたんだが」
どうやら相当参っているらしい。いつもの気取った口調が崩れて、ほんのりと彼の地が見えた。
「……嫌われるのは、けっこう堪えるな」
デルトスは硬直した。これは由々しき事態だ。今後しばらく、いや数ヶ月にわたって騎士団内の雰囲気が変わる可能性がある。
「……嫌われたんですか」
「目を合わせてくれなくなった。まあ、頼み事をする時は見てくれたのと挨拶はしてくれたから、まだ大丈夫だと思いたいけど……」
「頼んでくる時の、あの表情は反則だった」などとぶつぶつ言い出す上官を生暖かく見守りながら、デルトスは落ち込んでいる彼の隣で青い空を見上げた。
「それはまあ、自業自得ですね。あと地味にぶつぶつ惚気るのやめてくれませんか」
「返す言葉もないね。惚気てはないけど」そう言いながら、オルクスが苦笑してため息を吐く。デルトスは目を剥き、上官を穴のあくほど見つめた。
「……本当に貴方、オルクス様ですか?」
「僕だよ。寝ぼけているようなら、君の目を覚ますために久しぶりに稽古でもつけてあげようか」
「剣気纏いながら剣抜こうとするのやめてくれませんかね、シャレにならないんですよほんとに、貴方のそれ」
デルトスは先日の騎士団内での事件を思い出して遠い目をする。
――ほんの数日間のことである。オルクスがリーベラに気づかれぬよう、秘密裏に騎士団内のメンバーに彼女の護衛を命じていたのだが。
「いや、オルクス様が連れてきた方、本当に美人でしたね」と、ある部下が言った途端、その部下の足元にオルクスの青い剣気を纏った短剣が突き刺さったのだ。彼の剣気の威力はただでさえ凄まじいもので、その時は地面にぱっきりと縦30センチほどの割れ目ができた。
部下たちは皆震え上がり、当のオルクスは「目つきが不遜。次はないよ」とにっこりいつもの微笑みを浮かべ。
――もはや、恐怖政治の様相を呈していた。
「……あの、不躾かもしれませんが、リーベラ様のどこがそんなにお好きなのですか。あ、別に他意はないですよ」
ふと気になって口にしてしまった疑問に、デルトスは慌てて「俺にそんな気はありません」の断りの言葉を入れる。そろりとオルクスを見てみると、彼はどこか遠い目をしながらこう言った。
「……利益とか抜きで、俺と一緒にいてくれたところかな」
(……俺?)
上官がその一人称で話すのを、初めて聞いた。いつもは「僕」なのに。
そしてその横顔は、デルトスでもはっとするくらいに切なげな表情だった。昼の光に照らされてもなお、影の消えない物憂げな表情。
ここまで、あの普段は冷徹な上官が表情を変えるとは。
(……『破滅』というより、もはや『傾国』だ)
デルトスは上官の幼馴染である、あの魔女を思い浮かべて胸中で呟く。
そう、まさに傾国と言って間違いない。しかも、この局面であるのなら尚更のこと。
「……なるほど、そうなんですね」
デルトスはため息をついて頷いた。そしてちろりとまた上官を見上げ、一気にまくし立てる。
上官が落ち込んでいるときに悪いが、この状況のまずさは把握しておいていただきたい。
「でも落ち込む前にですよ、まずはこの局面をどうにか乗り切ってください! さすがに王女様からのお申し出は断れませんよ!」
「……ああ、王女ね。あの人、すぐ婚約しろしろうるさいんだよね……こっちはそんな場合じゃないんだよ。早く帰ってくれないかな」
「今の言葉、立派に不敬罪ですね……」
「何か言った?」
デルトスの呟きに、オルクスが目の笑わない微笑みを浮かべる。もう慣れっこになったデルトスは、軽く肩をすくめて首を振る。
「いや何でも」
そしてあの美しい魔女に、胸の中で祈る。
どうか上官の機嫌が悪くならないよう、彼の手元でじっとしていてくれと。
◇◇◇◇◇
デルトスの複雑な胸中など知らない、当の元『破滅の魔女』は、古本屋の中でとある青年と対峙していた。
「……交渉ってなに、お嬢さん。俺はしがない古」
「先代の、ユピテル様はお元気ですか。お会いしたのが数年前ですので、しばらく連絡が取れず……」
青年の言葉を遮ってリーベラが言った台詞に、エルメスが目をじわりと見開いた。
リーベラはそれに畳みかけるように、彼の方に屈みこんで囁く。
「古本屋は表の稼業。本来は情報屋として活動していらっしゃったと伺っております。私はユピテル様に昔お世話になった、知人です」
青年が目の前で凍り付く。リーベラは黙って、彼の出方をそっと窺った。
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明日も21時頃更新できるように頑張ります。。最近遅くなっていてすみません。。




