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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
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2-9.逃げようとしなければ、良かったのに

ブクマ、ご評価本当にありがとうございます……っ! 書く活力になります!!

予告させていただきました通り、本日は早めの投稿です。

どうかお楽しみいただけますように……!

 例の「エルメス・フィールド」なる青年とのひと騒動は、リーベラが「ご忠告痛み入ります」と彼に言葉を表面上だけ合わせて話が終わり。フローラの戸惑いと怯えの表情を見て、リーベラはフローラと早めに屋敷へ帰ることにした。


 帰りがけに見てみると、隣は確かに『グラフィオ』と店名が掲げられた古本屋で。それも、人があまり立ち入らなさそうな、ひっそりとした雰囲気の味のある店だった。

「なんだったのかしらね、あの男」

「ええ……私のせいでご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません」

 リーベラが言葉を濁して謝ると、フローラはふわりと笑って「あなたは何も悪くないじゃない、どうして謝るの」と言ってくれた。

 彼女は本当に、善人だ。その笑顔が更にリーベラの心を抉った。

――ああ、またやってしまったのだ。人を巻き込んでは、いけなかったと。


 フローラに見送られながら自分の屋敷の扉を開けると、まだ昼間だと言うのに煌々と灯りがついていた。

 それがまた、リーベラのオルクスへの疑念を強くする。彼は朝、確かにデルトスに迎えられて騎士団の仕事へ向かったのに。

「――おかえり、リラ。早かったね」

 客間を覗くと、思った通りオルクスが居た。彼はリーベラを見るなり、飲んでいた紅茶のカップを置いてソファーから立ち上がる。服は朝に着ていた、黒地に金糸の刺繍の騎士服のままだった。


「……どうして、昼間からいるんだ。仕事は」

「今日は交代制で、今ちょうど休憩時間なんだ。あと2時間くらいしたらまた出るよ」

「そう……凄いタイミングだな」

 リーベラはぼそりと言って、オルクスの脇を通り抜けた。どうも、彼の顔を正面から見られる気がしない。

――次なる手を、考えねば。とりあえず目下の目標は書斎での作業だな。

 そう思って、そのままの足で書斎に向かい、その大扉を開けようとして。

「――リラ、どこに行くんだ」

 後ろから追いかけてきたオルクスに右腕を掴まれた。


「どこに行くも何も、書斎だけど」

「……そっちは駄目だ。ねえ、何で怒ってるの。誰かに何か言われでもした?」

 何が駄目なのか分からない上に、彼に言われた後半の言葉に、リーベラの心はささくれ立った。

「……どの口が、言ってるんだ」

「リラ?」背後で、オルクスが息を呑む気配がした。


「――なあオルクス、お前が手を回したんじゃないか? お前、私が失敗するのを、諦めるのを待ってたんじゃないのか」

 リーベラは振り返り、オルクスに向かって詰め寄った。フローラの震える手と、「どうして謝るの」と言ってくれた表情を思い出す。巻き込んでしまった、人の好過ぎる彼女を思い出す。


「何もかも、タイミングが良すぎるんだ。開業前に押しかけてきて忠告してくる初対面の客も、そいつが私が『貴族に引き取られた』扱いになっていることを知っていることも、お前がここに昼間からいることも、ぜ……」

「ああ、そうだよ」

 リーベラの腕を掴んだまま、オルクスはあっさりと肯定の意を示す。想定していた言葉なのに、その言葉を言われた瞬間、リーベラの喉がひゅっと鳴った。


「全部僕が仕組んだ。流石に雑過ぎたかな、反省してる」

 淡々と言うその表情は、これ以上ないくらいに冷めている。その表情を見つめながら、リーベラは呆然と口を開いた。

「なんで、そんなことを」

「……君が僕を、避けようとするからだ」

 言葉を失うリーベラの腕をぐいと引きながら距離を詰め、オルクスがリーベラを書斎の閉じたドアに押し付ける。そして、固まって目を見開くリーベラの髪へ指を絡ませ、そのまま残った手の平でその頬を撫でた。

 その手はゆっくりと優しいけれど、その紺青の目は獲物を見つけた鷹のような、怪しい光を放っている。


「ああ、大分怒ってる表情が出てる。いい兆候だね」

「……ふざけてるのか」

「ふざけてないよ、本気で言ってる。君が感情を見せてくれるようになって嬉しいよ。気分はどう?」

「最悪だ」

「そりゃよかった」

 そんなことを言いながら、うっすらと目を細めたオルクスがリーベラの肩に手を回そうとする。リーベラはオルクスが体勢を変えようとした隙をつき、彼の肩を押しながら距離を取った。


「……よくない」

「リラ」諭すように語りかけられ、リーベラの心がさらにささくれ立ってめくれ上がる。

「……私1人なら、まだいい。フローラは本当にいい子だ。巻き込んで、あの子の気持ちを踏みにじってしまったんだぞ……!」

「彼女には悪いと思ってるよ。でも、そもそも僕は言ったはずだ」


 せっかく距離を取ったのに、オルクスは距離を縮めてくる。リーベラは彼の発する圧力に思わず後退した。

「――君のその考え方が、大嫌いだってね」

 さっきよりも早い速度でまたもや壁に追い詰められ、リーベラは退路を断たれる形になる。

「君が僕から逃げようとしなければ、こんなことにはならなかった」

「逃げようなんてしてな……」

 反論しようとしたリーベラは、次のオルクスの言葉で継ぐべき言葉を失った。

「自力で生計を立てられるようになれば、僕の助けが要らなくなると、思ったろう」

 ――図星だった。リーベラの頭が真っ白になる。

 そう、自分は今後の生活のために、継続的に資金を確保していける方法が欲しかった。

 誰にも頼らずに、生きていける道が。

 そもそも自分はもう、存在しないはずの人間で。その存在を証明するものも、何もなくて。魔女の力も、ほぼ残っていない。

 下手に詮索されると面倒なことになるから、どこかで雇ってもらうこともできない。かと言って、ここに封印されて眠り続ける弟子を置き去りにして、どこか遠くへ身を隠すことなんてできやしない。

 ――今ある力を最大限に使って自分で稼げるようになることが、最良だと思った。オルクスから離れて、生きるためにも。


 そんなリーベラを見て、オルクスはうっそりと喉を鳴らして笑った。目が笑わない微笑みが、リーベラを見下ろす。


「残念だったね、そんなことにはさせないよ。君は僕に、借りを作り続けながら僕の側で生きるしかない」

「……ああ、確かに借りはあったけど」

 リーベラはオルクスに手配してもらったものの費用を概算し、残った資産を頭の中で叩き出す。出来ればオルクスから隠れて生活するためにもう少し資金を稼がねば危ないが、家のものを売り払えば少しは足しになる。

 大丈夫だ、なんとかなる――そう自分に言い聞かせ、リーベラはオルクスを見返した。


「何も言ってないのに色々揃えてくれて感謝してる、いますぐ全部返すし、代金も払う。だから借りはもうないことになるだろ、ここでもう終わりにしよう。もう沢山だ、やめてくれ……」

 早くこの関係から脱しなければ、リーベラはいつか、彼の婚約者と対面し、その女性と人生を共に歩む彼の姿を見つめ続けなくてはならなくなる。

――ああ、おそらく、きっと、多分、確実に。自分は、耐えられなくなるだろう。

 だからどうか、そうなる前に。この手を離して、見送ってほしかった。


 そう思いながら、リーベラはふと思う。

 どうして、耐えられなくなるのだろうと。


「――そう」

 ふと俯いて考え込んでいるうちに、絶対零度かと思うほどの冷たい声が上から降ってくる。リーベラは思わず固まった。

「リラ、こっちを見て」

「……」

「見るんだ」

 顎を掴まれ、上を無理やり向かされる。顎に食い込んだ手の感触は強く、至近距離で見つめてくるオルクスの目は氷のように冷えていた。


「君の意思を、できるだけ尊重するつもりだったんだけど……こうなったらもういいや、もうやめだ」

オルクスのヤンデレ、次回も少し続きます。

明日は20時頃更新させていただきます!(時間ブレブレですみません……)

よろしければお付き合いくださいませ!

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