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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
23/88

2-8.古本屋の息子と、悪意

今日も更新が遅くなり、申し訳ございませんでした。

新キャラ登場です。後々重要になりますので、どうかお付き合いいただけますと幸いです……!

「これは頭痛に効く薬です。これは気管支炎に、こちらは神経痛に効くもので」

「り、リビティーナさん、記憶力が本当にいいのね……すごいわ」

 朝の9時。王都オルテンシアの片隅の薬屋となる予定の建物の中で、二人の少女が薬棚の整理をしていた。

 一人は長い銀髪で、黒いタートルネックニットに落ち着いたピーコックブルーの長いスカート。もう一人は短い茶髪にグレーのブラウス、モーブ色のオーガンジースカートという出立ちだ。


 銀髪をさらりと揺らしながら、リーベラは少し首を傾げてこう言った。

「記憶力……そうでしょうか」

「ええ、もう相当に」俯いて考え込むリーベラに、フローラはこくこくと頷く。


「でも、覚えられるとしても、保持できるのは短期記憶だけなのです。――昔の記憶が、薄れるのは早い」

 リーベラの言葉に、フローラは一瞬痛ましく眉根を寄せる。そして、目の前にずらりと並ぶ薬の瓶の棚を見た。瓶の中身は、すべて魔女であるリーベラ自作の、よく効く薬だった。

「……ねえ、リビティーナさん、知っていて? 記憶が残りやすいのは、『感情が動かされた時』、『強い感情を伴った時』ってよく言うらしいのよ」

「……そうなのですか」

 リーベラは静かに頷き、そして思う。

――そうか、今までの記憶が薄いのは。『感情』が上手く動作していなかったせいかもしれない、と。

『破滅の魔女』当時で、なぜか割と鮮明に残っているのはオルクスと喧嘩した時のことばかり。折角残っているのに、あまり良い記憶ではなかった。


「だからね、これからは記憶がたくさん残るはずよ」

 思いにふけるリーベラの耳に、フローラの優しく可愛らしい声が届く。声の方に目を向けると、フローラは明るく微笑んでいた。裏表のない、心からの笑顔だった。


「今のあなたには、あなたを見守る人が、見てくれる人がいる。オルクス様もお兄様も、そしてもちろん私も、あなたの側に居るわ。楽しいのはこれからよ」

「ありがとう、ございます……」

 リーベラは眩しく思いながら、隣に佇む可憐な少女を見遣る。中身26歳のリーベラより年下だけれど、リーベラよりも内面が断然大人だ。


「それはそうと!」パン、とフローラが手を打ち鳴らし、リーベラの顔を覗き込んだ。

「ね、あなた今朝ひょっとして怒ってた?」

「……はい? いえ、あの……はい、おそらく」

 リーベラは唐突な質問に目を瞬きつつ、首を縦に振る。

――怒っていたというか、混乱していたというか。


『もうそろそろ一生分、借りを作らせてやろうかな』

『そうしたら君は、一生僕から逃げられない』

 そう言いながら、自分の髪を撫でていた幼馴染。その行動の意図も分からないし、正直一生分の借りを作るのは遠慮願いたかった。

――一生オルクスの側で、誰かと結婚して暖かい生活を送る彼をただ見続けるのは、避けたい。

 リーベラは覚えていた。彼が、『婚約者を迎えるつもりだ』と言っていたことを。

 

 その『婚約者』は、まかり間違っても自分では、決してあり得ない。

 オルクスは第二騎士団の筆頭騎士だが、王家の血筋も混じった公爵という顔も持っている。その顔で政界にも関わりがあり――というより大分キレ者として重宝されていて、彼の『結婚』は、当人同士の同意で「はい、いいですよ」となるような簡単なものではない。

――この国の、国王陛下の承認が必要なのだ。

 もう、この時点でリーベラという選択肢はあり得なくて。

(……あれ)

 そこまで考えて、リーベラはぼんやりと思う。

――なんで私、こんなこと考えてるんだろう。


「あなたが怒ってる横でオルクス様が凄く気まずそうな顔してて、何かあったのかなって……」

 フローラの声で現実に引き戻され、リーベラははっと我に返った。

「いえ、あの……『借りを返せ』とひたすら繰り返されてまして」

「借りを返せ、ねえ……」

 リーベラの言葉少なの説明に、フローラがつと考え込む。そしてややあって、ちらりとリーベラを見た。その口が少しずつニヤリとつり上がり始める。

「ねえ、ひょっとして、『借りを返すまで離れるな』とか『逃がさない』とか、言われてなあい? ……その顔、当たりね!」

 リーベラが答える前に、フローラが顔を輝かせてその場で飛び上がった。そしてそのままぶつぶつと呟き始める。

「なるほど……オルクス様はそっち系統なのね……ああ、だとしたら凄く重そう」

「ふ、フローラ様……?」

 完全にどこかへトリップしてしまった少女に向けて、リーベラは恐る恐る手を伸ばしかけ――その手を、フローラはがっちりと捕まえた。

「ちょっと、いやだいぶ重いかもだけど、頑張ってね! 側で応援してるわ!」

「え、あの、はい……?」

 前のめりにものすごい勢いで言われ、リーベラが後ずさっていた、そんな時だった。


「あの、誰かいらっしゃいますか」

 店の入り口から、声がした。

「はい」

 リーベラとフローラが姿を現すと、その客人は少し目を見張った。そして軽く会釈をして、にこりと微笑む。

「どうも、初めまして。エルメス・フィールドと申します。――この店の隣で、古本屋をやってます」

 少し乱暴な口調だが、きっちりとした挨拶だった。

 サンディブロンドの髪に、ブラウンの瞳の青年。黙っていれば眉目秀麗な、ひとたび口を開いてニヤリと笑えばどこか野性味のある色気を感じさせそうな、そんな雰囲気の男だった。


「初めまして。お隣様だったのですね、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございませんでした。あの、当店はまだ開業前で……」

「ああ、薬屋の看板がかかってますよね。開店、まだだったんですか」

 青年は微笑みを維持したままだ。――リーベラはふと、嫌な予感を覚えた。

 散々敵地で戦ってきたリーベラには、ある種の勘があった。

――相手に悪意があるか、敵意があるか、戦意を喪失しているか否か。そういった波長を、肌で感じ取る。もはや本能と言っていい勘が。


「よければ、今後の参考に商品を見せていただきたいのですが。解熱剤で……できればお値段も」

「わ、分かりました。リビティーナさん、ちょっと取って来るわね」

「……はい、ありがとうございます」

 奥にぱたぱたと駆けていくフローラを見送り、リーベラは青年へと目を移す。青年は店内を嘗め回すように見た後、リーベラから視線を受けていることに気づくと、またにこりと笑った。

 非常に胡散臭い笑顔だと、リーベラは心の中だけで思う。


「――お待たせしました、解熱剤です」

 そう言って、フローラが瓶と値札を指し示す。それを一瞥して、青年は「なるほど」と呟いた。

 そして、ふと眉を顰めてこう言った。

「……この店、本気でここでやるつもり? なら、やめた方がいいと俺は思うぜ」

「な……」

 唐突に口調が変わり、唐突なことを言い始めた青年相手に、フローラが目を見開いて前に出ようとする。リーベラはそっと、それを腕で静止した。

「フローラ様、お待ちください」

「でも、リビティーナさん……」

 突然のことに動揺したのだろう、フローラが口を震わせてリーベラを見つめる。彼女を安心させるようにリーベラは青年へと向き直り、口を開いた。


「大変恐縮なのですが、どういう意味か、お聞かせ願えますでしょうか。この店のために、参考にさせていただきたいのです」

 一礼してそう言ったリーベラに、エルメス・フィールドと名乗った青年は、少し目を見開き。

「……あんた、本気で商売やる気なの?」

「はい」

「貴族のおままごととかじゃなく?」

「はい」

「……ちびっこいのにおっかねえな、あんた」そう呟いて、溜息をついた。

 彼はリーベラを見据えて、先ほどフローラが出した薬の瓶を指さす。


「あのな、まずこの瓶は魔女が好んで使う高いモノ。それにこの値段も適正価格じゃない。なにより、この建物とこの立地、商売やる気がないって気がプンプンする。ここをあんたらに貸し付けた奴は一体誰だ?」

「あのねえ、聞いてればあんた」

 フローラが冷ややかな目で青年を見つめる。

「このお店はね、この子の保護者がこの子のために手配した建物なのよ。内装も外装も綺麗だし、どこに問題があるのよ。それに、この子の薬だって――」

「ああ、聞いてて分かったよ」

 エルメスが、フローラの声を遮った。そして彼はリーベラの方をじっと見て、真面目な顔つきでこう言ったのだ。


「多分その『保護者』とやら、あんたに商売やらす気ないぜ、銀髪のお嬢さん。あんた見たとこ、貴族に引き取られたんだろ? ――その『保護者』の望み通り、ただ養われた方が身のためだ」


 その台詞で、リーベラは一瞬で察した。

 オルクスが、リーベラに薬屋をやらせる気がないことに。

 そして、リーベラに諦めさせるために、先に手を回していたことに。


 初対面の人間に、ほんの数分でリーベラが『貴族に引き取られた』なんて分かるわけがないのだ。誰か、この男にそれを伝えた者がいる。

 しかも、まだ開業前だと言うのに、ずかずかと押し入ってきて難癖をつけてくる客が突然このタイミングで来るのもわざとらしかった。

 

 リーベラは震えながら、オルクスの指示手紙に書いてあった文言を思い出す。

『――もし、薬屋が上手くいかなかったら、諦めること。そうなったら観念して、僕の屋敷に大人しく来ること』

 そんなことにはならないと、流してしまっていたけれど。

 あのオルクスが、親切心でここまで世話をしてくれるわけはなかった。そのことに、気づくべきだった。


(……やられた。オルクスのやつ、私を嵌めたな……!)

 リーベラはおろおろと狼狽えるフローラの隣で、あの食えない幼馴染の顔を思い浮かべて身を震わせた。

すみません、オルクスのヤンデレまでまた行きつきたかったのですが、字数がすごいことになりそうでして……泣く泣く次回更新に見送ることにしました。

明日はまたオルクス回です。所用ありまして、15時ごろに更新します!

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