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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
22/88

2-7.一生分、借りを作らせてやろうかな

最近投稿時間が遅くなってしまっていて、本当に申し訳ございません。

今回もどうかお楽しみいただけますように……!

『あんた、随分変わった人だな。この地まで来て、魔物を殺そうとしない魔女なんて初めて見た』

 ――後に弟子となるアドニスと初めて出会ったのは、リーベラが16歳の時だった。筆頭魔女になってから、割とすぐのことだ。


 魔物が蔓延(はびこ)る『悪魔の地』。王都から遠く離れた岩と砂だらけのその場所で、肩を叩いてきた少年は、リーベラと同じ年頃の少年だった。

 銀色の髪に、禍々しい赤色の切長の瞳。その低い声と喉仏がなければ少女とも見紛うほど、綺麗な顔をしていた。その顔は挑みかけるように、挑発的に歪んだ表情をこちらに向けている。


『……今回は個人的に単独で来た、いずれ来る任務の下見だもの。討伐に来たわけじゃないの』

 リーベラの言葉に、少年は片眉を吊り上げて不審そうに鼻を鳴らした。


『へえ。じゃあ次回こそ殺しに来るってわけだ。――知ってるぜ、その左手の甲の紋章、筆頭魔女だな』

『筆頭魔女なのは合ってる。でも、正式任務でも殺しはしない』

『しないのかよ。何で』

『――殺しに手を出してしまったら、顔向けできなくなる人がいるから』

 自分にとって、唯一の光と言っていい人だった。

 その人に、顔向けできる自分でいたかった。


『甘ちゃんの台詞だな、そんなこと言ってたら死ぬぞ。人生、やるか、やられるかだ』

『殺される前に、そんな気も起きないくらい何度でもコテンパンにぶっ飛ばして、起き上がれないくらい叩きのめすの。これでも私、一応強いのよ』

『……さっき見てた。ほんとにぶっ飛ばしてたな……。まあ、せいぜい殺されないように頑張って』

『どうも。せいぜい、頑張るわ』


 背を向けて帰ろうとするリーベラに、少年は声をかけてきた。

『なあ、「顔向けできなくなる」って相手、どんな人? あんたほどの人が言うなら、相当凄い奴なのか?』

 問われてリーベラは、ふと思う。

――たまには、本音を口にしたっていいだろうか。


『――大事な人なの。私が「   」しまったせいで、あの人が危険に晒されるのは耐えられない』

『……何、訳の分かんないこと言ってんだ』

 怪訝そうな顔をする少年に、リーベラは苦笑する。


『分からなくていいのよ、独り言みたいなもんだから。それよりあなた、名前ある?』

『名前? ……何で』

『次に会った時に呼び方に困るから』

 呆気にとられた顔をした後、彼はくつくつと笑い始めた。

『あんた、ほんと変な魔女。……そうだな、俺は……アドニス。うん、アドニスだ』

『……適当に答えてないでしょうね?』

『ちゃんと答えてるよ。あんたは?』

『リーベラよ。……それじゃまたね、魔物を従える人間さん。こっちにやってきたらぶっ飛ばすわよ』

『えっ、ちょっと、おい』

 彼に捕まる前に、リーベラは移動魔法ですたこらと撤退して。それが、1回目の出会い。

 あの頃はまだ、自分自身の感覚が、ちゃんとあった。


 後に家で、弟子となったアドニスと暮らしていた時のこと。『破滅の魔女』として任務をこなし、色んな敵地に行ったけれど。その代わり、色んな記憶が薄れてきて。


『――大事な人なの。私が「   」しまったせいで、あの人が危険に晒されるのは耐えられない』

『……何、訳の分かんないこと言ってんだ』


 初めてアドニスと会った時、自分が言った『本音』を、何と語ったかを、「   」の内容を忘れてしまっていて。

 何を言ったか覚えているかと聞いたら、アドニスは『こんな美少年と同居してるってのに、他の男の話ですか』とただ茶化して返してきた。

 まだ、平和だったころの話だ。


 ――なあ、アドニス。

 リーベラは記憶の波の中で、返ってこない言葉を、封印されて眠り続けているはずの弟子に、再び語りかける。

 ――16歳の私は、あのとき何と言ったのだっけ、と。


*****

 カチャンと、食器のこすれる音がした。

 リーベラの頭が、覚醒に向かう。珈琲の香ばしい匂いが漂い、そこに焼けたパンの匂いも混じっている。

「……ん?」

 瞼を開けると、まず天井が目に入った。リーベラの屋敷の客間の天井。

 ぼんやりと天井を見上げながら、どうやら自分は横になっているらしいと気づく。

(いや待て、そもそも何でここで寝てるんだ?)

 まだ回らない頭で昨日のことを思い返し、そろりと身じろぎをしてみる。少し頭を右に傾け――リーベラは固まった。


「……」

 オルクスが無言で、向かい掛けのソファーのひじ掛けに片肘をつき、足を組みながらティーカップで何かを飲んでいた。匂いから察するに、多分珈琲だ。

 そしてその視線は、無言のままリーベラに注がれている。正直、威圧感がすごい。


――そうだ、昨日はオルクスと夕食を食べて、奴が寝落ちして、それから。

「……オルクス、ちゃんと寝られたのか?」

 昨日の夜、うなされて寝ぼけたオルクスにがっちり腕を掴まれたまま、どうにもこうにもその手が剥がせず。そのままリーベラは、彼の寝ていたソファーの端っこに頭だけもたれて、床に半ば座り込みながら寝ることにして。

 そしてなぜか今、白いソファーに横たわっている。オルクスが座っているのは、この家に元々あったワインレッドのソファだ。


「おはよう。何のこと? 寝れたけど」

 オルクスの返事は、かなり素っ気なかった。顔も真顔だ。

 昨日見た笑顔は、どうやら幻だったらしい。

「……いや、なんでもない」

 そう言いながら体を起こし、リーベラはソファーから床に足をつこうとする。

「靴、そこね」短い言葉と共にソファー下の傍らを手で示される。見れば、リーベラの履いていたブーツだった。

「あ、うん。ありがとう」

 ブーツを履いて立ち上がると、すかさずオルクスの「座って」という言葉が飛んできた。


「……おはよう、リラ」

 オルクスは笑顔で挨拶をまた繰り返す。ちなみに、いつもの目の笑わない笑顔だ。

「あ、うん、おはよう……?」

 なんだか空気が凍っている気がする。気のせいだろうか、とリーベラはオルクスをちらりと見上げる。

「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 そう言いながら、オルクスが立ち上がってリーベラの方へ向かってくる。つられて立とうとしたリーベラは、ソファーの前までやってきた彼に「座ってて」と押し戻された。

 そして、彼はそのままリーベラの隣に座る。


「……? なんでわざわざ移動した?」

「この家、全部改装していい?」

「は?」唐突な発言に、リーベラは思わず気の抜けた声を出した。何を言っているのだ、この男は。

「なんで」

「気に入らないから。全部」

 ものすごい笑顔で即答され、リーベラは言葉を失った。


「君、さっき弟子の名前言ってたよ。寝言で」

「アドニス? ……ああ」

 そう言えば、ぼんやりとしか思い出せないけれど、さっき夢に見たかもしれない。それが一体どうしたのかと疑問に思い、顔を上げ。

 眩しそうに目を細めながら、陰りのある表情でこちらを見つめるオルクスを見た。

「……どうした、オルクス」

 思わず後ずさろうとするリーベラの右手を捕まえ、オルクスはリーベラを元の場所まで引き戻した。

「言ったよね。僕に借りを返すまで、逃がさないって」

「ああ、それ昨日もう聞いたよ。狭いから、離れろ」

 リーベラは仰け反りながら、左手でオルクスの胸を押した。が、流石は筆頭騎士といったところか、びくともせず。逆に片手で両手首をひとまとめにして掴まれてしまい、完全に逃げ場を失った。


「……ああ、本当に気に食わない。もうそろそろ一生分、借りを作らせてやろうかな」

 ぼそりと言いながら、オルクスがリーベラの髪に指を通す。リーベラは固まったまま、その細い指が自分の髪を撫でていくのを視線で追った。

「――そうしたら君は、一生僕から逃げられない」

 そして、オルクスが憂いのある瞳を細め、リーベラの頬に手を添えようとして――

「窮屈だからやめろって言っただろう」「痛って」

 リーベラは頭突きで、彼の謎の行動を回避する。顎に衝撃を受けたオルクスは無言でうずくまった。


「……悪い、力入れ過ぎた」

「……いや、僕が悪かったよ……。それ食べて。作ったから」

 オルクスが目に手を当てながら、テーブルの上を指さす。

 テーブルの上には、湯気の立ち上る珈琲に黄金色に焼けたトースト、そしてスクランブルエッグにベーコン。マーマレードの瓶もちゃっかり置いてある。

「ちなみにこれも借りね。食べても食べなくても、君にとっては僕に借りができる」

「もう基準が滅茶苦茶じゃないか……」

 リーベラはぼそりとこぼしつつ、ひとまずありがたく朝食をいただくことにした。

昨日に引き続き、更新が遅くなってしまって申し訳ございませんでした。。(本業の残業が長引きまして、思うように改稿が進まず……)

明日以降、21時付近更新を目指して頑張ります! 

よろしければ引き続き、お付き合い頂けますと幸いです!

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