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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
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2-6.上書きしようと思って

すみません、悩みながら改稿していたら投稿が遅くなりました……。

どうかお楽しみいただけますように……!

 オルクスは玄関口から出ていったきり、しばらく戻ってこない。他に特に用事もなく、ひとまず言われた通りの場所へ行こうと客間へつづくブラウンの扉を開け――リーベラはその場で固まった。


「……何だ、これは」

 客間に、物が増えている。

 ブラウン色の絨毯は、淡い青がかった灰色のふかふかとした絨毯にとって代わられ、ついでに白く高級そうな、大きなソファーも1台増えていた。

 ソファーに囲まれたテーブルの上には、どっさりとサンドイッチとスコーンが鎮座していて。暖炉には、すでに煌々と温かな火が焚かれている。


「中、入らないの?」

 ぽかんと客間の入り口で立ち尽くしていると、いつの間にかオルクスが背後にいた。

「いや、これ」

 す、とリーベラは言葉少なに該当のものたちを指差して見せる。


「ああ、これね」

 オルクスは鷹揚に頷き、暖炉に歩み寄って何かを火の中に放り込んだ。ぼうっと燃えて行くそれを見届ける彼の背中に、リーベラは疑問を投げかける。


「別にソファーも絨毯も足りてるぞ。何で足した……?」

「……むかつくから、上書きしようと思って置いたんだ。ただ、それだけ」

 不可解な言葉にリーベラがその意味を考えようとしていると、オルクスは「それより」と話を切った。


「君もこれ、食べていいよ」

 オルクスが白いソファーの上に座る。足を優雅に組んだ彼は、立ったままのリーベラを見上げて言った。

「君がお茶淹れてくれたら、貸し借りプラスマイナスゼロ」

 貸し借りの基準がもはや滅茶苦茶だ。リーベラは唖然としてテーブルの上とオルクスの顔を、交互に見遣る。

「このサンドイッチとスコーンの量と、私の淹れたお茶との釣り合い、どう考えても取れないぞ……?」

「貸し借りは僕の気分次第だから、僕からすれば釣り合いが取れるんだ……って、あれ」

 言葉の途中で、オルクスはふと口をつぐんだ。素早く立ち上がり、彼はリーベラの顔をまじまじと見る。


「……驚いたな。本当だ」

「何が」

「いや、なんでもない。こっちの話」

 そう言ったかと思うと、オルクスは黙って何かを考え込み始めた。

(……何なんだ、一体)

 疑問は多々あれど、立ち尽くしていても時間の無駄だ。リーベラは大人しく、茶の準備をするためにキッチンへ向かうことにした。


◇◇◇◇◇

「――え」

 ガラスの大きなティーポッドにハーブティーを淹れ、グラスと一緒にトレイに載せたリーベラが客間に戻ると、オルクスが驚いたように声を上げてリーベラを見た。

「……なんでカモミールティー?」

「駄目だったか? 今朝、不眠気味だって聞いたから」

 文句を言われても、茶を入れてしまった今となっては消費するしかない。もう一度オルクス用に別の茶を淹れて、自分はこれを飲み干すか、と考えていた時だった。


「いや、飲む。飲みたい」

 オルクスが立ち上がり、リーベラの手元からハーブティー入りのポッドを持ち上げ、そっと丁寧にテーブルの上に置いた。

「……びっくりした。覚えてたんだ、今朝言ったこと」

「そりゃ、今朝聞いたし……」

 リーベラはおっかなびっくりそう答える。

 ――オルクスのこんな表情、初めて見た。

 目の笑わない満面の笑みか、冷たい顔か、仏頂面か、人を食ったような笑みか、最近見た記憶があるのはそんな表情ばかり。

 今のオルクスの顔は、目も笑っている満面の笑みだった。

 見る者すべてを惹きつけるような、とろけるような笑みだった。

 

 ――自分の心臓が、波打つ気配がした。


「リラ? どうした」

「あ、いや、なんでも」

 リーベラはふるふると頭を振る。『見惚れていた』なんて言ったら、きっとまたからかわれるか、嫌味を言われるかだ。

 そうだ、きっと『大丈夫? 頭』か、『君がそんなことを言うなんて、明日には季節外れの雪が降るかな』なんて言われるに違いない。もしかしたら、『今更?』と鼻で笑われて終わりかも。


「夕食にしようか」

「うん」

 ――今思ったことは、決してオルクスに言えない。

 オルクスの言葉に、リーベラは言葉少なに頷きながら、そう思って。

 そして、ふと思い出した。

 弟子であるアドニスを、魔物を封印する魔法を発動させ、意識が途切れる寸前に思ったことを。


 ――もっと伝えておけばよかった。会話しておけばよかった。

 ――もっと素直に、なっていればよかった。

 

 今、こうして自分は生きていて。目の前にオルクスがいて、こうして夕食を共にしていて。

 『素直』になれる時なのに。

 あの時、死ぬ間際の自分は、何に対して『素直』になろうとしていたのか。

 何に対して、『伝えておけばよかった』と思ったのか。

 その『何か』がよく思い出せないのだ。

 

 ――何か、自分の中でブレーキがかかっている感触がする。

 そんな気持ちを悶々と抱え、リーベラはオルクスの準備してくれた夕食のスコーンを、口に運んだ。


◇◇◇◇◇

 夕食を済ませた、数時間後。

「こいつ、本当に自由だな……」

 リーベラはソファーの上で寝落ちしたオルクスを前に、そう呟いた。

 今朝『不眠気味』と零していたが、よく眠っている。リーベラの魔法が付与されたカモミールティーが効いたのだろうか。

 何せ、カモミールは不眠や不安によく効くのだ。

 凛々しく、それでいて憂いを帯びた麗人が、長い睫毛を伏せて寝入っている――まるで絵画のようだ。

 さっきまで、「今日のことを話して」と言うから話したのに、途中で「やっぱいいや、聞きたくない」などと会話をぶった切ったり、「何でもいいから、何か面白い話してよ」なんて無茶ぶりをかましてきた青年には見えない。


「さて、片付けを……」

 リーベラが机の上にあったティーポッドやカップを手に持ってキッチンへ向かおうとすると、傍からふとうめき声が聞こえた。

「オルクス?」

「う……」

 悪夢でも見ているのか、オルクスの顔が苦痛に歪んでいる。

 ――夢見が悪いって、これか。

 どうやらリーベラの魔法が付与されているカモミールティーを飲んでも、夢見は悪いままらしい。

 ――それほどまでに、強い不安が深層心理にあるのかもしれない。


 リーベラは眉根を寄せ、オルクスを見守った。このうめき方だと、そのうち目を覚ます可能性が高い。

「そうだ、水でも……それかもう一度、カモミールでも」

 そう思って、リーベラがその場を離れようとした時。リーベラの腕を、暖かい手が掴んだ。

「……どこに行くんだ」

「オルクス、目が覚めたのか。大丈夫か?」

「……大丈夫じゃ、ない……」

 目をうっすらと開け、オルクスは手を額に当ててそう呟く。どうやら本当に駄目そうだ。

「待ってろ、いま水を」

「いい、要らない。いいからとにかく、ここに居て。……置いていったら、許さない」

 そう言うなり、オルクスはまた目を瞑って寝息を立て始めた。


「完全に、寝ぼけとる……」

 オルクスにがっちりと手を掴まれたまま、リーベラはどうしたもんかと天井を仰いだ。

お読みいただき、ありがとうございます!

投稿が予告より遅れてしまい、重ね重ね申し訳ございませんでした。

明日も20時付近投稿を目指して頑張ります!

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