1-2.元最強の魔女は戸惑う
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後半から出てきたオルクス、次回からバンバン出張ってきます。
「おかしい、どう考えても死ぬはずが」
リーベラは慌ててあたりを見回す。もしや魔法が失敗したのではとも思いつつ、唇を噛み締めながら。
失敗するなんて、そんな事は決してあってはならない。あの魔法が成功しなければ、もう打つ手はないのだから。
「……あった」
数歩歩けば手が届く先に、オレンジがかった金色の水晶が転がっていた。今回の封印魔法が成功した証の水晶玉だ。そしてその隣には、当初の予定通り粉々になってしまったリーベラの杖があった。
安堵の息を漏らしつつ、リーベラは立ち上がって足を踏み出そうとした。そしてまた生じた違和感に、くしゃりと眉根を寄せる。
「足まで小さくなってる……」
目を覚ます前は足にぴったりのサイズだった、黒い革製のショートブーツ。それが明らかに足に合っていない。
一体全体、何事なのか。訝しく思いつつ、まずは封印作業の完了が先だとリーベラは水晶玉を手に取った。
「……っ、熱い……」
触ったところから、ジュッと軽く火花が爆ぜるような音がした。手早くローブで水晶をくるみ、手の平を確認する。
軽く火傷をしたように、皮膚の一部が赤く熱を持った状態になっていた。もうすぐ水膨れができることが予想できるくらいの火傷。いつも通り、痛みは感じない。
リーベラは颯爽と身を翻し、部屋の中央に設置してあった大理石の台上の箱の前へ移動する。
星の見えない闇夜のような、果てしなく濃い藍色のつるりとした表面の箱。中を開ければ、外と同じ色のビロード地のふかふかとした内装が箱の内部一面を覆っている。
そこへ、ローブ越しに両手で抱え込めるサイズの先ほどの水晶をそっと仕舞い込む。
「――しばらく安らかに眠れ、アドニス」
呟き、ゆっくりと藍色の箱の蓋を閉める。ガチャリと錠の落ちる音がして、作業が完了したことをリーベラへと告げた。
「……さて」
たった1人となって地下室の中で立ち尽くしながら、リーベラは自分の身をここで初めてまじまじと見つめる。
手が前よりやや小さく、肌質が明らかに改善している。足もやや小さくなっていて、ローブの手の袖と裾の部分もぶかぶかだ。
何より、目線が前よりも下の位置になっている気がする。
生きているのは何よりだけれど、何だか嫌な予感がした。
「……とりあえず、地上に出るか」
コツンコツンと足に合わないブーツのヒールを辿々しく鳴らしながら、リーベラは地下室の扉の錠を閉め、地上階へと続く石段を登る。
地下室に続く階段は、屋敷最奥の書斎の本棚裏の、隠し通路の中にある。つまりこの階段の出口は書斎だ。
3面の壁にびっしりと本が立ち並ぶ、壮観な本棚を所有する書斎。隠し通路から出た本棚の傍にはぽつんと、書斎机と木製の椅子が置いてある。リーベラは何気なくいつも通り、その横を通り過ぎようとして――ふと、書斎机の上に置きっ放しにしていた、三面鏡に映る自分の姿を見た。
そして、思わず息を呑む。
「……なんじゃ、こりゃ」
赤みがかった金色――シェリー色の瞳に、煌めく銀色の長い髪の女。そこまではいいのだが。
「わ、若返ってる……?」
そこに映っていたのは、26歳の疲れ切った顔をした大人の魔女ではなかった。うら若いというより、もはや幼い10代半ばの自分の顔が映っていたのだ。
まさかの想定外の出来事に、さすがのリーベラもへなへなとその場へ座り込んだ。頭の理解が追いついていない。
そのまま無言で呆然とすること、数分ほど。
「……いや、座り込んでいても無駄だな」
当たり前のことだけれど、時間が経つだけで何も生産性がない。リーベラは黙々と立ち上がり、ひとまず屋敷の外へ出ることにした。
◇◇◇◇◇
真っ昼間に外へ出るのは久しぶりだ。リーベラはサイズの合わないローブを脱ぎ、下に着ていた黒に金糸の細やかな刺繍が施されたワンピース姿で屋敷の出口へ向かう。
ワンピースも若干ぶかぶかだが、裾を腰あたりで調整してベルトで固定すればなんとかいける。
「問題は靴か」
まさかこんなことになるとは思っていなかったため、小さなサイズの靴なんて持っていない。買いに出るしかなかった。
ココアブラウンの屋敷の大扉をギイと両手で開けると、昼間の日差しが直接差し込んできた。眩しさに目をすがめつつ、リーベラは屋敷の扉を閉める。
「……ん?」
そして違和感に眉をひそめる。
おかしい。扉が自動的に閉まらない。いつもであれば、魔法で自動的に閉まるはずなのに。
「不具合か?」
首を傾げつつ、ワンピースのポケットから鍵の束を取り出してガチャンと閉める。
念のため、鍵をいつも携帯していてよかった。杖が粉々になってしまったから、魔法を使おうにも使えない。
そのまま身を翻し、屋敷の扉から続く飛び石を踏み締め、10メートルほど先の屋敷の門へ向かう。門へと続く飛び石の道の両脇にはよく手入れされた植物たちの群れと立派な庭園が広がっていて、やたらと門への距離が遠いのがこの屋敷の特徴だった。
屋敷の門を両手で開け、リーベラは外へ足を踏み出す。久しぶりの昼間の明るい空気を吸い込み、街へと足を向けてしばらく歩いた、そんな時だった。
「いつ見ても陰気臭えな、あの屋敷は」
「大魔女リーベラの屋敷だろ。あの女、弟子と引きこもってもう何年だ?」
斜め前から、街の男衆らしき2組がそんな世間話をしながら歩いてくる。そんな会話が聞こえてきて、リーベラは思わずさっと目を逸らして歩を急いだ。
「『破滅の魔女』は引きこもってても王様からお給金が出るんだろ? いいご身分だよな」
幸い、彼らはリーベラに気づかずすれ違う。「確かに間違ったことは言ってないな」と思いつつリーベラがすたこら歩いていると、後ろから不意に叫び声が聞こえてきた。
「口を慎め、無礼者」
「オ、オルレリアン公爵さ……ま……!」
聞き覚えのある声と名前に、リーベラは瞬時に振り返る。そしてじわりと目を見張った。
日に照らされるとほんのり紫がかって見える黒髪に、澄み切った深い海の底のような紺青の目。背丈は高く、すらりとした体躯の上に乗った顔が、嫌味なほどに整っている青年。黒に銀糸の刺繍が施された騎士服とグレーのマントという正装を身に纏い、かつそれが恐ろしく似合っている男――リーベラの幼馴染の騎士、オルクス・ラ・オルレリアンに間違いなかった。
その青年が冷え冷えとした無表情な顔で、リーベラの屋敷に言及していた男2人組のうち、1人の胸ぐらを掴んでギリギリと持ち上げているではないか。
「……お前、今言った言葉をもう一度言ってみろ」