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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
19/88

2-4.受け取ることと、「おかえり」と「ただいま」

本業の繁忙により、今日からまた1日1回投稿になります(申し訳ございません……!)

どうかお楽しみいただけますように……!

「……随分、立派ですね」

 オルクスから所在地を聞いた『店』を見上げ、リーベラはフローラの隣で呟く。

 店や住宅の立ち並ぶ地区の中に溶け込んで、その建物は存在していた。

 ハチミツ色のハニーストーンの外壁に、オークの無垢材で造られた大きな玄関ドア。ドアの両脇には大きな出窓が張り出しており、その窓枠に塗装されたセージグリーン色と、外壁の柔らかなハチミツ色の組み合わせが美しい。

 屋根は焦茶色の瓦でできていて、2階もあるのか、上にも大きな窓が付いている。


(……店というより、邸宅では?)

 リーベラはぼんやりと心の中でそう呟く。この物件に、一体いくらの費用がかかるのか。

「そう? ここいらじゃ普通よ、入って入って」

 フローラはあっさりとそう言って、リーベラを中へ誘う。リーベラは恐る恐る中へ踏み入り、目を見張った。

 窓が多く、朝日の差し込む店内は、照明がついてなくともとても明るい。床は玄関と同じ暖かみのあるオーク材の床、清潔な白い漆喰の壁と天井。天井には、大きな木製のシャンデリア兼照明がぶら下がっている。


「ここね、前はクリーニング屋さん兼、上はご店主のお家だったのよ。だからカウンターも(しつらえ)てあるし、薬屋をやるならちょうどいいと思って」

 フローラの言葉通り、玄関を入って2メートル先には大きなカウンターが見えた。高さはリーベラの背丈半分ほどで、ダークブラウンの書斎机のような造り。その背後には床と同じ色の扉があり、その扉を開くとまた部屋があった。

 

 部屋の中は先ほどの部屋と同じで窓が大きく、室内の壁や床も同じだった。違うのは、横長の木材シェルフが縦に3つ並行に並んでいること。

 恐らく、ここに昔は服を区分けして管理していたのだろう。並べ方を工夫すれば、薬戸棚に使えそうだった。


「ご店主がご高齢でご隠居することになったから、新しい借り手をちょうど探しててね。空き家になってもむしろ管理が大変なだけだし、使ってもらえると助かるわ。人がいないと、部屋や建物って死んじゃうから」

 先ほどからのフローラの口ぶりに、リーベラはゆっくりと首を傾げる。

「……あの、ひょっとしてこの建物って、持ち主は……」

「あら、言ってなかったかしら。うちは不動産業もやってるから、ここは元々うちが貸し出してる資産の一部よ」

「あ、あの、賃貸料は月々どのくらいですか」

 ならば話が早いと、リーベラは前のめりに聞いた。隙あらば「君に貸しを作れると思って」と言ってくるオルクスよりも先手を打たねばならない。オルクスが間に入ると面倒だった。


「え? 賃貸料? 要らないわよ」

「……はい?」

 まさかのフローラからの答えに、リーベラは言葉を失った。訳が分からない。

「だってあなた」

 そう言いかけて、フローラははっと「しまった」と言う顔をして口をつぐんだ。そして、恐る恐るリーベラを見る。

「……ごめんなさい、言えないのよ」

 顔が完全に青ざめている。オルクスが何か手を回したなと、リーベラは一瞬で察した。


 これ以上探って、この親切な女の子を困らせてはいけない。リーベラは追求を止めることにして、深々と頭を下げた。

「いえ、承知しました。というよりとんだご迷惑を……本当に、重ね重ね……」

 リーベラは眉間に手を遣りつつ、心の中で「あとでオルクスに問いただしてやろう」と決めた。

 次いつ会うのかは分からないけれど、手紙を出してすぐにコンタクトを取らねばならない。このままいけば、自分は借金まみれになってしまう。


「さ、じゃあまずは調度品と看板作成の買い出しに行きましょうか! 今日は忙しいわよ!」

 頭を抱えるリーベラを見かねたのか、フローラはパンと手を打ち鳴らして明るくそう言った。そして彼女は、「さあさあ」とリーベラの革手袋をした手をそっと握る。


「ね、行きましょう?」

「……はい」

 彼女の兄と同じ、太陽のような明るさの笑顔を受けて、リーベラは眩しくて目を細めながら頷いた。


◇◇◇◇◇

「随分、遅くなっちゃったわね。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました」

 時刻は夜19時過ぎ。とっぷりと日の暮れた中をリーベラの屋敷へと歩きながら、リーベラはフローラに向かって礼を言う。

「私からもありがとうって言うべきね。女の子との買い物って楽しいわ! ほんっとうに久しぶり」

 やたらと『久しぶり』のワードに力を込め、スキップでも

しそうな勢いでフローラが声を弾ませる。


 一方、リーベラは恐縮しきりだった。

 太陽光の下で食べる野菜たっぷりのサラミのサンドイッチはとてつもなく美味しかった。店で待機中に自分達が座る椅子や、客用のミニソファーも買った。看板の材料を買って、二人で板に文字を描き、ペンキを塗った。


 どれもめまぐるしく、時間があっという間に感じられて。

でも、とリーベラは目を伏せた。

――これだけ親切にしてもらって、すぐに返せるものがない。

 オルクスからは『君みたいな子が大金を持っているのはおかしく見えるから、自分からすぐ出そうとするのはやめること。怪しまれるよ』と指示されている。

 あとでオルクスへ代金を渡して、彼女へそれとなく返してもらおうと思っていた矢先だった。


「ね、リビティーナさん。『ごめんなさい』は言いっこなしよ」

 思考に耽っていたリーベラの頭に、フローラの声が割って入る。見上げれば、彼女はリーベラを痛ましげな目で見つめていた。

「人から何かを受け取った時は、『ありがとう』でいいのよ。申し訳なく思う必要はないの。……まだ分からないかもしれないけど、そうね」

 

 フローラが話しているうちに、いつの間にか2人はリーベラの屋敷の門の前に着いていた。ギイと両手で門を開け、飛石の上を歩きながら、彼女はにっこりと微笑んだ。


「――いつかあなたが今日のことを思い出して、『あの日は楽しかったなぁ』って思い出してもらえれば、それが私にとって一番よ」

「フローラ様、あの」

「てことで、また明日ね! あとは」

 言いかけたリーベラの手をぐいと引っ張って、フローラが素早い動きでリーベラを扉の中へ引っ張り込む。

――屋敷の扉は、開いていた。朝、鍵を確かにかけてきたはずなのに。

 まさかの展開に一瞬頭が真っ白になったリーベラの目の前に、とある人物がゆらりと現れた。


「やあ、……おかえり」

 白いシャツに、深い濃紺のネクタイ。そして黒のベストに黒いズボンの、黒髪に長身でやたらと顔の整った男。

「な、な、な……」

「それではオルクス様、私はこれで。リビティーナさん、また明日!」

 口をはくはくさせるリーベラの肩を軽く叩き、フローラが素早く外へ出て、扉を閉めた。あまりにその動きが早く無駄がなさすぎて、リーベラにも止める隙がなく。

「ちょ、ちょっとま」

「……ねえリラ、挨拶はちゃんとしなきゃいけないね?」

 慌てて扉へ向かおうとするリーベラの背後から、オルクスの声がする。リーベラは後ろを振り返らず、こくこくと頷いた。


「そ、そうだな。すぐに行かんと」

 今日1日一緒にいて分かったが、フローラは可愛らしい見かけに反して体力が尋常ではなく、足もとにかく早かった。すぐ走らねば、リーベラですら背中に追いつけるか怪しい。


「ちょっと待った」

 扉を開けたリーベラの右手が、ぐいと後ろに引っ張られる。そしてオルクスの左足が玄関ドアを閉めて固定し、リーベラの進行方向への道を塞いだ。


「……僕にはなんか言うことないの?」

「いや、それより早く行かないと追いつけ」

「もう無理だよ、彼女足早いから」

 あっさりそう言いながら肩をすくめるオルクスの姿に、リーベラは眉を寄せながら彼の手を剥がそうと試みた。

 が、力が強くて振り解けない。リーベラは観念して肩を落とした。


「お前、言ってることとやってることが矛盾してるぞ……挨拶、行けなかったじゃないか」

「まだ出来るよ」

「なに?」

 戸惑って顔を上げると、満面の笑みのオルクスがこちらを見下ろしていて。


「おかえり、リラ」

 目の前で微笑むその顔は、天使さながらにして悪魔のよう。ちなみに目は笑っていない。

 その怖い笑みをたたえたまま、オルクスはさらに言葉を続ける。

「帰ってきた時、『た』から始まる挨拶は?」

「た、た……」

「うん、そう。ほらほら、頑張って」

 謎に煽られながら励まされている。そしてがっちり掴まれていて、手が全く振り解けない。因みにむかつくほど長いオルクスの足が、玄関のドアを塞いで閉めている。

(……逃げ道が、ない)

 万事休すとは、まさにこのこと。


「た、ただいま……」

『完全に負けた』と心の中でぼやきつつ、リーベラはやっとのことでそう言った。

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