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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第二章.魔女と古本屋の息子、そしてオルクスの嫉妬】
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2-3.フローラの心配と、オルクスからの頼みごと

『月の光を溶かし込んだような』長い銀髪を、後ろ頭の高いところにポニーテールで結い上げた少女が、フローラの隣を歩いている。

 赤みがかった金色の瞳は、まるで宝石のインペリアル・トパーズのよう。薄く小さな唇は薄紅色のバラの花弁を思わせた。


 白いブラウスに、深いワインレッドのワンピース。それに黒いショートブーツという、地味な街娘姿で市井を歩いているだけなのに、その少女の周りだけは、物語の中に入り込んだような浮世離れした雰囲気を感じさせた。


――ああ、なるほど。これはオルクス様が、この子を一人で歩かせるのを嫌がるはずね。心配だもの。


 フローラたちが歩いているのは、城下街の外れの方の地区だった。『破滅の魔女』の屋敷から、徒歩10分ほどの場所。

 ここ、王都・オルテンシアは、自然と調和した美しい景観で知られるこの国の中でも、特に美しい街だ。


 静謐に整えられた、淡いクリーム色と焦茶色の煉瓦が交互に敷き詰められた道路。道の両脇には木格子の装飾が美しい家、2階まで伸びるガラスの出窓の美しい館、深みのある赤煉瓦の外壁のアパートメントハウスなどが立ち並び、そこここに花の植えられた花壇や生垣、瑞々しい翠をたたえる街路樹が彩りを添える。


 王城から一番遠いはずのこの場所でも、そんな優美な景観が続いている。この王都は、どこの風景を切り取っても風景画として成立するだろう。

 

 そんな景色でさえ、フローラの隣の少女の前では色を霞ませる。先ほどから通行人が視線をこちらへ投げかけてくるのを、何回感じたことだろう。

 彼・彼女らは見てからすぐ、慌てて目を逸らし、またちらりと彼女へ見惚れる。フローラにはそのわけが何となく分かった。


 この少女には、直視してはいけなさそうな、人を寄せ付けない何かがある。美しいながらもどこか危ういような、氷のような――そんな冷たいほどの玲瓏さを纏った少女。


「フローラ様、もう少しでしょうか」

 その少女の容姿と同じくらい美しく涼やかな声が、ぼうっと少女に見惚れていたフローラの耳に届いた。

「え、ええ。もうすぐ着くわ」

 リーベラの言葉に、こくこくとフローラは頷いた。自分の手には、先程リーベラが書いた住所が書かれた紙が載っていた。


――この子、本当にすごいわ。

 フローラは心底感心した。オルクスから聞いた、『店』となる建物の住所をうっかり家に忘れて青ざめていたフローラの前で、彼女はさらさらとそれを紙に書いてくれた。

「どうして知ってるの」と聞いたら、「教えていただいて覚えました」と真顔での返事が返ってきた。すごい記憶力だ。


 その上、先程出してくれたクランペットもティーローフも紅茶も、この上なく美味しくて。


――彼女自身への扱いのぞんざいさには、びっくりしたけれど。

 フローラは思い返しながら心を痛める。

 朝食の後、彼女は「では、薬をいくつか作ってきます」と屋敷奥の作業部屋へと席を立った。薬草店を開くための試作だと言う。

「客間でしばらくお待ちください」と言われつつも気になって、背後からこっそりとついて行った。そして、扉の影から彼女をそっと見守っていたのだけれど。


 彼女の魔法は、魔法に疎いフローラにもすぐ「すごいものだ」と分かった。庭に生えている魔女の薬草を手に取って帰ってきたかと思えば、手袋を嵌めたまま、魔力を纏った手で薬草たちを次々に塗り薬や粉薬に変えていく。

「よし、試すか」

 しばらくしてリーベラの独り言が聞こえ。フローラがなおも様子を見守っている前で、リーベラは作業部屋の棚からナイフを取り出した。

――そして、その切っ先を、彼女自身のブラウスを捲った腕へと躊躇いなく向けた。


「ちょ、ちょっとあなた! 何やってるの!?」

 素早く部屋へと突入し、手早くナイフをリーベラの手から叩き落とすフローラを見て、リーベラが完全停止する。

「い、いつの間に……」呟くリーベラに向けて、フローラは怒鳴った。

「危ないじゃない! なんで、こんな」

 言いかけて、フローラははっとする。

「……まさか、これで作った傷で、薬を試すつもりだったんじゃないでしょうね?」


――『ちょうどよかったです。後で薬を作る時、効果を試せます』

 さっき、背中の傷のことを指摘したときの彼女の言葉。

「……」リーベラが目を逸らし、ややあった後で「あ」と言う顔をする。すかさず、フローラは目を細めて追撃した。

「『背中に傷があるから、これで試せばよかったの忘れてた』とか、思ってないでしょうね?」

「……」リーベラは黙ったまま、目を見開いて固まっている。どうやら図星だったらしい。


――君にこれから日中の世話を頼みたい子はね、感覚が麻痺してる。今まで散々、辛い思いをしてきた人なんだ。

 フローラの頭に、オルクスから『お願い』をされた時の記憶が蘇る。いつもは飄々とした態度のあのオルクスが、酷く辛そうな顔をしていたのを思い出す。


――ああ、本当。この子、自分が傷つくことに、麻痺してるんだわ。

「ねえ、リビティーナさん。まずは背中の手当てをしてから、外に出て、お店の場所まで行ってみない? あなたはちゃんと薬を作れるって聞いたし、それならお店の準備の方を先にしちゃいましょ」

 何でもいいから彼女を今の状態から連れ出したくて、フローラはそう提案した。

 ……まあ、もう一つは日中、リーベラを屋敷から離れたところに足止めするよう、オルクスから依頼を受けているのもあるのだが。

 そうして、今、こうして街を歩いている。


――頼む、フローラ。僕が騎士団の仕事を離れられない間、あの子を守ってくれ。

(ええ、勿論ですオルクス様。シュナイダー家の名にかけて、任務を全ういたします。……それに)


 そう誓いながら、フローラは今朝見た、オルクスがリーベラへ向けていた視線と表情を思い出す。

(こんな素敵な展開、見逃せるもんですか)

 心の中でニヤニヤと笑いながら、フローラはリーベラの隣を歩くのであった。

お読みいただき、ありがとうございます!!

明日からまたオルクスが出ます。

そして明日からまた1日1回、20時ごろ更新予定です。よろしければお付き合いくださいますと幸いです…!

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