1-14.本当のことを、言ってくれ
「……随分と、憔悴しきった様子だったよ。君が、任務でしばらく弟子と一緒に王都から離れることになったって。いつ終わるのかも未確定だから、急遽筆頭魔女を選び直して、君が戻ってくるまでの代役を立てることになったそうだ」
そう言ってから、「あと、その間の屋敷の管理はかつて護衛だった僕に任せるって。まあちょうど良かったよ」と彼は肩をすくめる。
「それはそうと」
言葉を切り、オルクスはじとりと疑い深げな表情でリーベラを見下ろした。
「『いつ終わるのかも未確定の任務』だそうなのに、随分戻ってくるのが早いね? おかしいな。しかも、あのお弟子くんはどこだい?」
「……私が途中でこうなって、任務遂行不能になったから、アドニスが内々に引き継いでくれることになったんだ。あの子はもう、十分強いから」
「リラ」
冷え切った声が頭上から響き、リーベラは恐る恐る上を見上げる。そこにはいつもの笑みを消し、冷え冷えとした表情のオルクスの顔があった。
「あの彼が、君を置いて? 君を担いででも一緒に行きそうだけど」
「……お前、なんでそんなに怒ってるんだ」
「本当のことを、言ってくれ」
一言一言区切るようなオルクスのセリフに、リーベラの目が揺れる。
しばらく続く、無言の見つめ合い。
「全部、本当のことだ」
先に口を開いたのは、リーベラだった。
「本当のことなんだから、他に説明しようがない。これ以上、どうしろと?」
嘘だった。――けれど、本当のことは決して言えない。
そう思いながら、真っ直ぐオルクスを見返す。彼は無表情でリーベラを見つめた後、溜めた息を吐き出した。
「……分かったよ」
彼の呆れたような口調に、リーベラは深々と頭を下げた。
「……私がこんな状態になって、迷惑をかけて、申し訳ないと思ってる。必ずお礼は」
「もういい。早く行こう、みんなを待たせてる」
リーベラの言葉をぴしゃりと遮って言うなり、オルクスが身を翻して部屋を出て行く。しばし立ち尽くした後、リーベラは何も言わずに後を追った。
(他にも、聞きたいことは、あったけれど)
リーベラはひとまず、ほっと息を吐く。王はどうやら、彼女との約束を守ったらしい。それだけで彼女には十分だった。
リーベラの命をかけた「契約」なのだから、約束を守るしかないのだけれど。
あの日、リーベラがこの世から消えるつもりだった日に届くよう、王へ出した最後の手紙。
そこに彼女は今後のことと、事前にした約束を忘れないよう、王に釘を刺したのだ。
『――1つ。この手紙が届くころ、私は依頼された任務を果たし、跡形もなく消えて死ぬはずだ。このことは誰にも明かさず、筆頭魔女の後任をすぐに立ててほしい』
「誰にも明かさず」というのは、リーベラという『破滅の魔女』の存在で、抑えられている敵対勢力が幾つもあるからだ。「死んだ」と大々的に公表するより、名前が生きていた方が、この国を守るために都合が良い。
『――2つ、私が死んだら屋敷はオルクスへ渡すこと。その際、私が死んだことは伝えないこと』
そして、最後に一番重要なのは。
『――3つ。今後、オルクスの身の、一切の安全を保障すること。
一度魔女とした約束は、破れば相応の罰が下る。私も命を賭して任務を引き受け、約束したのだから。
そのことを、決して忘れるな』
(……それにしても、「憔悴しきった様子」だと?)
リーベラは遠ざかって行くオルクスの背中を追いかけ、階段を駆け降りながら、心の中で呟いた。
(――いつもながら、流石の演技力だな。あの腹黒男は)
◇◇◇◇◇
階段を降り切り、オルクスの後に続いて客間へ行くと、デルトスと彼の妹がソファーに座って待っていた。
「あら、リビティーナさん。おかえりなさい」
デルトスの妹・フローラが、戻ってきたオルクスとリーベラを見て立ち上がる。
『リビティーナ』。彼女がリーベラに対して発したこの名前は、リーベラの素性を隠すためにオルクスが指示した新しい名前だった。
何の事前相談もなくだったが、リーベラとしても名前に拘りは特になく。
(早く、慣れなくては)
そう思いつつ、フローラに対してリーベラは頭を下げる。
「すみません、お待たせし……」
「着替えたのね、その格好もかわいいわ!」
言い終わる前にフローラがリーベラの目の前まで駆け寄ってきて、ぎゅっとリーベラの手を握る。
「あの、か、かわ……?」
リーベラは目を白黒させる。残念なことに、リーベラはこうした時の返し方をよく知らなかった。
何せ、初対面の人物と話すのは久しぶりなのだ。
「まさか、あのオルクス様がこんなとんでもない美少女連れてくるなんて。しかも遠縁の領地に遠征に行った先の屋敷で出会って、虐げられてる姿を見て思わず引き取ってきた、ですって!?
もうそんなの最高じゃない! まさに『公爵騎士様の初恋』よ!」
ものすごい速度で、リーベラの手を握ったままフローラが前のめりに言いつのる。リーベラがカチコチに固まる後ろで、オルクスはそっと、頭を抱える部下に質問を投げかけた。
「……何? 公爵……なんとかって」
「妹が今、ハマりにハマってる恋愛小説のタイトルっす……」
フローラ・ヴィ・シュナイダー、19歳。筆頭騎士オルクスの第一部下の妹は、兄に似て裏表のない底抜けに明るい性格かつ、恋愛小説の大ファンだった。
ブクマ、本当に嬉しいです…っ!ありがとうございます!!!
データ飛んだ痛手は二度と忘れません…一度消えた文と同じ文は、もう二度と書けないものですね…
明日も20時更新目指します。楽しんでいっていただけたら幸いです…!




