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【本編完結済】恋を忘れた『破滅の魔女』へ  作者: 伊瀬千尋
【第一章.元『破滅の魔女』と幼馴染の騎士】
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1-11. 騎士オルクスの後悔と、魔女との昔

初回投稿時の19時代に読んでくださった方、すみません。展開に自分でも納得がいかない部分があったので、少し改稿いたしました。。

 オルクスは、目の前の部下・デルトスに心底感心しながら、彼の言葉を聞いていた。

 ――まさか、これほどとは。

 

 オルクスは元から、デルトスを大いに買っていた。

 体術にも剣術にも、目を見張るものがある実力者だという事実だけでも素晴らしいが、何より群を抜いているのはその観察力と人の心にするりと入りこむ上手さだ。


 適当なように見えて実は誰よりも本質を見抜く力がずば抜けており、しかもそれを自覚なくやってのける。

 おそらく、天性のものだろう。センスがいいのだ。

 頭も実は回るし、口も固い。

 ……正面切って言えば目の前の部下が確実に調子に乗るため、おいそれと口に出しては言えないが。


「……リラがああなった原因は、とある人物にかけられた『魔法』だ」

 この部下になら、言ってもいいだろう。

 16歳の時の、自分達の分岐点について。

「それにかかったのは10年前。魔法の効果で、リラは自分の痛覚や感情に鈍くなったらしい」

「……痛覚と、感情が、鈍くなる……?」

 デルトスが目を見開いて固まる。オルクスは浅く一回、頷いた。


「彼女が『破滅の魔女』と呼ばれるようになったのは、ちょうどその頃からだ」


 16歳。オルクスはそれまで、王の命で宮廷魔法師の一員だったリーベラの護衛をしていた。魔女や魔法使いの中から一握りだけ選ばれる宮廷魔法師の中でも、彼女は群を抜く実力者だった。

 課されるのは、国内外の揉め事の鎮圧。最初は軽い方から始まった依頼は、段々とリーベラの実力が知れ渡るにつれて難易度が高いものとなっていった。

 デルフィーナは気候・治安共に穏やかな恵まれた王国で、その土地から採れる資源も豊富だ。国外から敵国からの侵入や侵略を企てられた案件は数知れず。それを民に知られる前に事前に鎮圧するのが、16歳のリーベラの仕事になった。


『――リラ、こんな任務あり得ねえだろ! まだお前は子供だぞ!』

 リーベラのあの屋敷で、そう言いながら机を叩いたことを、オルクスはよく覚えている。まだあの時、リーベラには分かりにくいながらも表情があって、『ただの少女』だったのだ。

『こんど王直轄の騎士団に入る貴方だって同じじゃない。おめでとう……って、睨まないでくれる?』

『うっさい』

『お前は口の悪さを直した方がいいな、オルクス』

『は? 何お前、その話し方』

『あのねオルクス、今度私、筆頭魔女に任命してもらえることになったの』

 初耳だった当時のオルクスは、その時心底驚いた。


『まだひよっこの女の癖に生意気だぞって陰で言われて腹が立ったからさ、もういっそのこと、とことんデカい態度で威圧しようと思って。ここに口の悪い先生がいて助かった。参考にする』

『……俺に喧嘩売ってんのか?』

『売ってない、売ってない。ま、ということでオルクスの護衛任務ももう少しで終了だから。ごめんだけどもう少し我慢してね』


 護衛任務も、もう少しで終了。初耳だったオルクスにも、その言葉の意味するところは衝撃と共によく分かった。

 リーベラが、王国のトップの実力を持つ魔女の、筆頭魔女。筆頭魔女には護衛はつかない。

 理由は単純。必要ない位、強いからだ。


『……俺も言葉遣い、変えるわ』

『え? なんで?』

『丁寧な言葉遣いにした方が、上からのウケがいい。昇進が早くなる』

――早く、早く一人前になって、上に上り詰めて、リーベラと並べるようになりたい。

 オルクスがそう思って言った言葉に、リーベラは目を細めて笑った。

『……ふうん。楽しみにしてるな』

『だから、その言葉遣いやめろっての!』


 そんな会話をしたのも、遥か彼方の記憶。

 その数ヶ月後、リーベラは筆頭魔女に任命され、出征が多くなり。オルクスも王直轄の騎士団に入団して、あちこちを仕事で飛び回った。

 しばらく会わないうちに、リーベラは王の勅命で敵を顔色一つ変えず薙ぎ倒す『破滅の魔女』として、瞬く間に王城の人間の間で噂になっていった。


「無慈悲」、「無表情」、「自分が傷だらけでも、顔色ひとつ変えない」――リーベラの任務に同行した魔女も魔法使いも、歳上の王宮騎士も、口々にそう言った。

 ただし、彼女は敵を容赦なく叩きのめすだけで、殺しは一切しなかったらしい。それでも『破滅の魔女』のあだ名がついてしまうのだから、その戦いぶりは相当なものだと推察できた。


 一体、どうしているのか。彼女が「傷だらけ」という噂に不安になり、会えない日々にオルクスが歯噛みしていた時だった。

 魔物の殲滅戦から帰ってきたリーベラが、夥しい傷を抱え、返り血を浴びた状態で王城を歩いているのを見つけたのは。


 リラ、と呼びかけて振り向いた彼女の隣には。

 銀色の髪の毛と赤い瞳の、歳の近い美しい少年が立っていた。

『――久しぶりだな、オルクス』

 そう口を開いたリーベラは、『破滅の魔女』の呼び名に相応しく、冷たい空気を纏った、無表情な魔女になっていて。

 

「――これが僕らの、16歳の時の出来事だ……って、何拝んでるの、君」

「いやもう俺、リーベラ様に感謝の気持ちで一杯です」

「なんで?」

 オルクスに向けて両手を合わせていたデルトスが、恐る恐る顔を上げる。

「つまり、オルクス様が言葉遣いを今のものに変えたきっかけは、リーベラ様ってことですよね? 元は今のリーベラ様並みの口調だったとか……今のオルクス様がその言葉遣いだったら怖さが増します」

「殴るぞ」

 オルクスが真顔でポツリと言う。その背後に冷え冷えとした巨大な氷山の幻が見えて、デルトスは縮み上がった。

(この人の本性、こっちか!)

 まだ目の笑わない笑顔で微笑まれる方が何倍もマシだ。デルトスは心から、かつてのリーベラに感謝した。


「で、リーベラ様に魔法をかけた人って、王様ですか? 文脈的に」

 あっけらかんと真っ直ぐ一直線に結論を言う部下に、オルクスは苦笑する。

「……今の王じゃなくて、先代の王らしい。八年前に崩御した、今の王の父君。なんでも理由は、リラの能力を最大限に引き出すためだったとか……らしい、けど」

 感情や痛覚が鈍くなれば、迷いも少なくなる。その分、敵を薙ぎ倒しやすくなる――そういうことだろう。デルトスはそう察し、上官の曇った顔に目を止めた。 


「……なんでそんなに歯切れが悪いんですか、オルクス様」

「これ以上は確証がないから、今はやめておこう」

 オルクスが目を細めて微笑む。その顔で、デルトスはそれ以上その話題を追求しないことに決めた。こほんと咳ばらいをし、話題転換を図る。


「あの、気になったついでに別の事聞いてもいいですか」

「どうぞ?」

 オルクスが片眉を上げる。

「リーベラ様との会話は、ずっとあの調子で行くおつもりで?」

「……」

 オルクスが無言でデルトスを見遣ると、彼は恐る恐ると言ったように「いや、側から見ててもヒヤヒヤするので……」と呟いた。

 オルクスはため息を吐き、ぼんやりと窓の外を見る。窓の外には、夕暮れが広がりかけていた。


「……仕方ないだろう。無視されるより、怒られる方がまだマシだ」

 ぼそりと呟いた言葉は、オルクス自身にも分かるくらいに掠れていて。


(……10年前から、もうずっとこうだ)

 10年前の分岐点を境に、彼女は何故か、こちらが嫌味な態度や怒りや呆れの態度を見せた時くらいしか、反応してくれなくなった。

 そうして、こうしたやりとりしか出来なくなって。

 けれど話せなくなることは、彼女と関わりが消えてしまうのは絶対に嫌で。喧嘩腰に話しかけては、彼女が感情を覗かせたことに安心して。


 そこから少しでも感情を取り戻せないかと、足掻きをひたすら繰り返して。

 いつの間にやら、『犬猿の仲』と噂されるまでになってしまった。

 我ながらねじ曲がったループだと、オルクスの心は苦い気持ちに沈んだ。


 彼女の感情がまだかろうじて欠片でも自分に対して動くことを確認したくて、話しかけたくて、でもこんな話し方しかできない自分が――辛くて、不甲斐なくて堪らない。

 だけど、とオルクスは身を起こす。


「――仕方ないんだ。今は、まだ」

「はい?」

「いいや、こっちの話。それより……君には本当に、感謝してるよ」

「いやそれ、本気でなんでかよく分からないんですけど。俺何かしましたっけ?」

「ああ、したさ」

 オルクスは夕暮れの中でゆっくりと目を閉じる。


『ほら、オルクス様帰りましょう! すみませんでしたリーベラ様、また今度!』

『……あ、ああ、じゃあまた』

――デルトス。君は、僕が彼女から引き出せなかった「また」の言葉を、彼女本人から引き出してくれた。


 もし人の記憶に、思い出すのに必要な順番が、あるとするのなら。

 オルクスのこの記憶は、記憶の引き出しの一番取り出しやすいところに、ずっと大事に置いてある記憶だ。


『――ねえ、オルクス。あなたの別れ際の挨拶、私、結構好きだな』

『は? 何で?』

『「じゃあまたな」って、次〝当たり前にまた会おう〟って、会うことを前提にした感じがする。すっごくいい言葉』

『……なんだそれ。もう使うのやめようかな』

『あらそう、じゃあこれからは私が代わりに使おうか。「じゃあまたね」って』

 銀髪の、夕暮れの光のような金色の目を持つ、幼馴染の少女が目の前で微笑する。遠い日の、思い出のお話だ。


 君はもう、覚えてないかもしれないけれど。

 僕も、君が別れ際の挨拶に毎回言う、『じゃあまた』の響きが好きだったんだ。

 なのに、あの時は。

 あの日、君の姿が小さくなってしまう前の、会話の最後に。

 ――いつもと違って、『またね』がなかった。


「……本当に、酷い奴だ」

 オルクスのひどく小さな呟きは、淡い赤と金の夕日の光に溶け込んでいった。

すみません、だいぶ長くなりました……。読んでくださってありがとうございます!

(そしてさらにすみません、投稿の設定をミスって1時間早めに投稿してしまいました。。)

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