第四十話 〃
混乱するウェインに順を追って説明するために、救護テントから、ウェインが使用している天幕に移動していた。簡易ベッドと書き物をするための机と椅子だけが置かれた天幕の中でウェインは、ベッドに腰を下ろしていた。
もちろん、華火はウェインの膝の上だ。
マリアはというと、椅子をベッドの側に移動させて、そこに座って華火の右手をぎゅっと握りしめていたのだ。
ウェインは、華火からマリアと手を繋いでいる理由も順を追って説明すると言われてしまったため、マリアを華火から引き離すことは断念せざるを得なかった。
そして、華火は今から一週間ほど前、華火が決意した日からあった出来事をウェインに話して聞かせたのだ。
ウェインへの想いを自覚し、この世界でウェインの側で生きることを決めた華火だったが、そのための大きな障害がいくつもあったのだ。
まずは言葉だ。ただ、だれかれ構わずキスをして言葉を理解することはしたくなかった。
キスをするのもされるのもウェインだけと心から思っている華火は、最後の手も使うことも覚悟していたのだ。
次に、この世界で生きるための耐性についてだが、徐々にではあるが、改善しているようなのでそこまで問題ではなかった。
そして、この世界で生きるためにこの世界のことを知ることが必要だった。
ウェインと話せるようにはなかったが、それでも情報が足りなかった。
一日ほど悩んだ結果、華火は最終手段を行使することにしたのだ。
それは、華火がもっとも忌み嫌っている、テレパシー能力だ。
過去に、この力の所為で心が砕けかけたことがあったのだ。
それでも、ウェインの置かれている状況を誰かに確かめなければならなかったが、今の華火にはもうこの方法しかなかった。
そして、華火が真っ先に思い浮かべたのはマリアだった。
いつも優しく華火を気遣ってくれた、マリアの纏う空気はとても優しい色をしていたのだ。
だから、マリアなら受け止めてくれると華火は信じて行動を起こすことにしたのだ。
華火が冷水を浴びてしまった日から、再びマリアの甲斐甲斐しいお世話が再開していた。
華火は、部屋にお茶とお菓子を持ってやってきたマリアに身振り手振りで自分の座るソファーに座ってもらうことに成功していた。
ひとつ、深呼吸をした華火は、ニコニコと隣に座るマリアの瞳を見つめて心の声をマリアに送ったのだ。
―――マリア、わたしの声が聞こえる?
そう華火が呼びかけると、マリアは目を丸くさせた後に、瞳を潤ませて何度も首を縦に振ったのだ。
―――わたしには、テレパシーという、心の声でお話をする力があります……。マリアが不快な気持ちに……。ありがとう、マリアはこんな不気味な力を持っているわたしを受け入れてくれるんだね……。
華火が不快な気持ちと言った瞬間、マリアは高速で首を横に振って、不快ではないと全身で示していたのだ。それが嬉しく思えた華火は、瞳を潤ませながら微笑みを浮かべる。
マリアが受け入れてくれたことが嬉しかった華火は、心を守るために常に張っていた精神障壁とも呼べるバリアを弱めていた。
その瞬間、世界に溢れる大小さまざまな声なき声が華火の心を侵食していったのだ。
力の加減が上手くできない華火は、ぐちゃぐちゃと心が掻き乱されるような苦しさに悲鳴をあげていた。
「うっ……。くっぅぅ……」
そんな華火の手をしっかりと握りしめたマリアは、必死に華火の心に呼びかけていた。
―――ハナビお嬢様?! 分かります。お嬢様の感じている苦しみが、ほんの少しですが……。どうか、私の声だけを聞いてください。他の不要な音は全て心の中から追い出してしまうのです! 大丈夫です。私の手を握って、深呼吸をしてください。
マリアの心の声にそう励まされた華火は、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、混乱する心を落ち着かせていった。
そして、力を制御するため、自分の中でテレパシーについての使用条件を明確化してから、再び心のバリアを張りなおすのだ。
―――マリア、ありがとう……。
―――いえいえ、ふふふ。ハナビお嬢様と心が繋がっていると思うとテンション爆上げです!
―――ふえ? ば……爆上げ?
心を繋げている今、マリアが正直に心に思い描いた言葉がストレートに華火に届いていた。
その言葉が、想像のはるか上をいっていたことに華火は驚くものの、心の声はとても優しい音をしていたため、「やっぱりまりあは、まりあなんだね。ふふ」とマリアから感じられる優しさに笑みを浮かべるのだった。
こうして華火は、自分の設けた条件下でのみ、マリアとだけテレパシーで話をすることができるようになったのだ。
テレパシーをする条件とは、マリアと触れ合っていることだ。
それは、条件付けをする際に、マリアが華火の手を握って励ましてくれたことが大きく影響していた。




