第三十六話
工夫たちと技術者たちの頑張りのお陰で小型の荷馬車一台分ほど用意されていた空石だったが、陽が暮れるころには三分の一の量が無くなっていた。
その分の成果は十分なほど出ていたが、一度脆くなった結界は、連鎖的に消滅と再構築を繰り返していたのだ。
ただし、結界と瘴気の境界線上に空石を設置した場所は今のところ安定していた。
目に見えない瘴気の存在を確認するためにアイラナクという鳥が使われていた。
長い棒の先に付けた鳥籠に入れられたアイラナクは、瘴気を感じると激しく鳴き叫び、瘴気の存在を人々に教えたのだ。
そのアイラナクが、結界の外側に出されても鳴かないことから、ゴーフェルを空石が吸収することで瘴気がなくなっている事を証明していた。
結界の崩壊の連鎖を何とか食い止めるため、ウェインたちは奔走していたのだ。
ある時から、結界の崩壊が一時的にだと思われるが落ち着いたタイミングで、騎士たちを順番で休ませていたウェインは、これからのことを考えていた。
空石の有用性をオニラノツ王国と接する他の国に知らせて、各国で防衛ラインの維持と拡大をするために、魔法式の公開と空石の確保が急務となっていた。
ただ、空石の確保はどの国も非常に困難なことだろうとウェインは思うのだ。
今回、たまたま廃坑に眠っていた空石が大量に確保できただけで、こんな偶然はなかなか起こるものではないだろう。
無茶をした自覚のあるウェインは、左手の感覚が鈍くなってきていることに苦笑いをする。
左手を失うことになっても、この局面を乗り切り華火の元にいち早く戻りたかったのだ。
華火の体のことも心配だったが、ただ彼女に会って、声を聴いて、抱きしめたかった。
そんなことを考える自分を知り、ウェインは乾いた笑いを漏らすのだ。
「くくっ……。二週間ほどでこれでは、もしハナビが元の世界に帰る選択をしたとき、俺はどうやって残りの人生を生きるつもりなのだろうな……。ああ、俺はなんて自分勝手で酷い人間なんだ……。ハナビに俺を選んで欲しいと、心から思ってしまう……。元の世界を捨てて俺を選べと……。ああ、なんて傲慢な考えなんだ。本当に反吐が出る……」
そんなことを考えながらも、空石の設置を続けるウェインは、瘴気に触れた影響が出始めたのか、めまいを覚えていた。
歪む世界の中で、愛おしい少女の声が遠くで聞こえた気がしたのだ。
華火が恋しくて幻聴が聞こえてくるなど、相当だなと自分を笑っていたが、幻聴のはずの声が徐々にはっきりと聞こえてきて、ウェインは目頭を指先で揉み解すような仕草をした後に、首をぐるりと回してから天を仰いでいた。
「動きっぱなしだったしな……。皆に悪いが俺も少し休憩を……」
途中で言葉を止めたウェインは、陽が落ちて暗くなった空から何かがこちらに近づいてくる影が見えた気がして、目を凝らす。
それは気のせいではなく、確実に地上に近づいてきていたのだ。
瘴気の所為で、とうとう星でも落ちてきたのかと表情を硬くしたウェインは、声を張り上げて周囲に命令していた。
「総員退避!! 魔法の使える者は頭上に障壁を展開。他の者は、障壁の下に走れ!!」
突然のウェインの言葉だったが、その場にいた者たちはすぐに行動を起こしていた。
各々魔法障壁を張り、魔法が使えない者は、障壁の下に滑り込むように走り出していた。
ウェインも特大の障壁を展開させながら、近づいてくる影に目を凝らす。
すると、上空から何かが聞こえてきた気がしたウェインは、耳に意識を集中させていた。
「ーーーーーーゃーーーーー!!」
微かにか細い悲鳴が聞こえた気がしたウェインは、目を凝らすのと同時に耳を澄ます。
そして聞こえてきた声にウェインは、頭上に展開させていた障壁を解いて両手を大きく広げていた。
『きゃーーーーーーーーーー!! まりあ落ちてます落ちてますーーーーーーー!』
間違えるはずもない、愛おしい少女の声に、ウェインは声を張り上げていた。
「ハナビ!! 大丈夫だ! 俺が必ず受け止める!!」
両手を大きく広げて、自身に身体強化魔法と両手の間に風魔法で空気のクッションを作ったウェインは、空から落ちてくる影を受け止めるべく動いたのだ。
ドゴゴゴゴォォォーーーーン!!!!!
しかし、空から落ちてきた影は……、ウェインを避けるかのように、一歩ほどウェインの横にずれた位置に轟音を響かせ、土煙をあげて着地したのだった。




