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第九話

 翌日、朝食の席で身振り手振りを交えてウェインに自分に何かできる仕事がないかと問いかけてみた華火だったが、ウェインからの返答は、頭を撫でられるというものだった。

 お世話になっている身で、何もせずに過ごすことなどダメ人間への道まっしぐらだと感じていた華火は、困った表情で自分の頭を優しく撫でるウェインになんだか誤魔化されたような気がして頬を膨らませてしまっていた。

 華火が頬を膨らませると、ウェインの瞳が一瞬だけ揺れたが、その変化に気が付いた者は、部屋の隅に控えていたマリアだけだった。

 結局、我儘を言って困らせるのも違うと感じた華火は、その場は大人しく引き下がることにした。

 だが、諦めたわけではなかったのだ。

 屋敷の散策の合間に、屋敷で働く者たちを観察することにしたのだ。

 華火はこう考えたのだ。

 何か出来そうな仕事があれば、隙を見てやってしまおうと。

 しかし、道具の場所や、それの使い方が見ているだけではよくわからず、強行手段に出ることは叶わなかった。

 結局、仕事をするにもルールや、道具の使い方が分からないままでは、逆に迷惑をかけることになることに気が付いた華火は、先に言葉を理解することが必要だという結果にたどり着いたのだった。

 しかし、屋敷でお世話になって今まで、何もしていなかったわけではなかった。

 言葉を覚えようとウェインやマリアの言葉に耳を傾けてはいたが、どうしても言葉として聞き取ることが出来なかったのだ。

 何か、ノイズ交じりの音を聞いているかのようで、単語すら聞き取ることが出来ないでいた。

 名前を聞き取れたことが奇跡と思えるほどだった。

 


 それは、午後のお茶の時間のことだった。

 華火がいつものようにウェインの膝の上に乗せられた状態でお茶をしている時に起こった。

 部屋の外が騒がしいと思った次の瞬間、突然部屋の扉が力強く叩かれたのだ。

 ウェインは、額に手をやって、小さく溜息を吐いてから何かを言うのと同時に扉が勢いよく開かれていた。

 

 それは、ウェインの屋敷で世話になってから、初めての来客だった。

 入ってきたのは、いつかマリアが着ていた軍服と同じものを着た背の高い男性だった。

 短く切られた金の髪と翠眼のメガネが印象的な青年だ。

 知的な見た目の青年に視線を向けていると、華火の視線に気が付いたようで、眼鏡の青年は白い歯を見せて華火に笑顔を向けていた。

 知的な印象があった分、急に向けられた人懐っこい表情に華火の表情は自然と笑顔となっていた。

 しかし、眉間に皺を寄せたウェインに何かを言われた青年は表情を真面目なものに変えてから敬礼をしていた。

 

 二人の会話は全く理解できなかったが、自分がこの場にいていいのか分からず、そわそわしていると、ウェインにぎゅっと腰を抱き寄せられてしまって、華火はぎょっとしてしまう。

 そこで、自分がウェインの膝の上に乗っていたことを思い出した華火は、顔を赤くさせてじたばたとし始めたが、何もかもが遅かった。

 この姿を見るのは、ほとんどがマリアだけだったことと、ウェインの膝の上に慣れてしまっていた自分が招いた事態だと、華火は諦めて両手で顔を覆って、この時間が早く終わることを切に祈ったのだ。

 祈りが通じたのか、話はすぐに終わっていた。

 眼鏡の青年は、話が終わるとウェインに敬礼をして部屋を出て行ったのだ。

 すると、ウェインは華火を膝から降ろして眼鏡の青年を追いかけるようにして部屋から出て行ってしまったのだ。

 寂しさを感じていると、ウェインと入れ違いで部屋に入ってきたマリアがすぐ傍で片膝を付いて、華火の頭を撫でて励ますように微笑んでくれたのだ。

 マリアに笑みを返していると、部屋を出て行ったウェインが戻ってきたが、その姿に華火は見とれてしまっていた。

 青を基調とした軍服は、マリアも眼鏡の青年も着ていたはずなのに、ウェインが着るととても格好いい姿に映ったのだ。

 頬を染めて見とれていると、ウェインは照れくさそうな表情を浮かべた後に、華火を優しく抱きしめて言ったのだ。

 

「ウルケッチ」


 ウェインの格好から、これからどこかに出かけるのだということはすぐに理解できた華火は、ぎゅっと抱きしめ返しながらこう答えていた。

 

「いってらっしゃい」


 短い間だったが、二人で別れを惜しむかのようにして抱きしめあっていると、部屋の入口から呆れたような声が聞こえてきて華火は、何を言われてのか分からなかったが急に恥ずかしさが込み上げた。

 

「ウオム……。イアプンエスウェインアクセヅンウレッタィナン。オデクサミラカワホニーアワカグンースオジョ……」

 

 眼鏡の青年の言葉に見向きもしないウェインは、華火の髪をひと房手に取り、そっと口付けてから再び口を開いていた。

 

「ウルケッテアキヌグス」


 そう言って、部屋から出て行ったウェインを見送った華火は、ウェインと離れることに寂しさを感じ、そしてその寂しさが何なのかと首を傾げるのだった。



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