第三十二話 〃
華火が決意するよりも前に時間は遡る。
ランジヤから結界の一部が消滅したという報告を受けたウェインは、取り急ぎ王城に向かったのは、騎士団を率いるためだった。
急ぎ騎士たちに招集をかけ、必要な物資や武器を馬車に詰め込み、いざ出発しようとした段階で、それを止める者がいたのだ。
「シグルド公爵閣下! お待ちください!!」
そう言いながら、必死な様子で走り寄ってきたのは、瘴気対策本部の技術主任だった。
額に汗をかき、息を切らせた彼の元に、馬から降りたウェインは、駆け寄っていた。
彼の様子から、ウェインは期待してしまっていたのだ。
逸る心を抑えながら、ウェインは技術主任に期待を込めて問いかけていた。
「まさか……。解析が終わったのか?」
「はい! それだけではありません。瘴気をどうにか出来るかもしれません!! これは、世紀の大発見です! ああ、これは危険を顧みず、あの瘴気の嵐の中に飛び込んだ勇気あるキサラギ殿の功績があってこそ―――」
瞳を輝かせ、早口でまくし立てる技術主任の肩を強くつかんだウェインは、技術主任の体をガクガクと揺らして言うのだ。
「その話は後で聞く! 今は、瘴気対策だ!」
ウェインにそう言われた技術主任は、ハッとた表情になった後に、咳払いをして落ち着きを取り戻すのだ。
「ごほんっ。すみません、取り乱しました。改めて、説明をするのですが、それは移動しながらで」
まさか、技術主任が付いてくるとは思っていなかったウェインは、驚きの表情をしたのはほんの一瞬だった。
ウェインは、自分が乗るはずだった馬を部下に任せて、馬車に技術主任と共に乗り込んでいた。
もちろん、ランジヤもその馬車に当然のように乗り込んでいた。
馬車が勢いよく走りだすのと同時に、技術主任は手に持っていた大きな荷物を広げて見せたのだ。
「まずは、これを見てください」
そう言って、ウェインとランジヤに見せたのは、何の変哲もなさそうな鉱石だった。
しかし、よく見ると人工的な加工痕が見られたのだ。
技術主任は、もったいぶることはせずにすぐに本題に入っていた。
「これは、空石と呼ばれる鉱石です。閣下もご存じの通り、魔法を込めるのに適していると言われていますが、発掘量が少なく、量産に向かないことから、屑石とも呼ばれています。今回、キサラギ殿が調査された報告書の解析結果と、キサラギ殿が比較的軽傷だった理由を元に、分かったことなのですが……」
そこまで言った技術主任は、一つ深呼吸をしてから言葉を続けたのだ。
「キサラギ殿が身に着けていた指輪が、瘴気から彼を守っていたことが分かったのです。そして、その指輪の材料は空石でした。ただ、その空石は、特殊な加工がされていたのです。それは……」
そこまで言った技術主任は、もじもじとしながら頬を赤らめたのだ。
五十ほどの少し額の髪が後退しつつある、痩せたおっさんが、乙女のように恥じらう姿にウェインとランジヤは、困惑する。
そんな二人の様子に気が付いた技術主任は、慌てた様子で両手を振って早口で言うのだ。
「ちっ……、違いますから!! 私だって、いい大人なのですから、そういうことにだって理解はあります! ですが、あのキサラギ殿がそう言う性癖を持っているとなると……、どどど、動揺してしまうというか……」
ウェインとランジヤは、技術主任の口から飛び出たジンの性癖というキーワードに顔を合わせていた。
二人の良く知るジンという男は、寡黙でストイック、それでいて可愛いものが好きだったりする、頼れる男だった。
なんとなくだが、そういうことには、興味がなさそうなイメージがあったのだ。
そんな、ジンの性癖というパワーワードに非常事態ではあるが、興味が湧いてしまったのは事実だった。
「ジンの性癖……」
「ジンさんの性癖……」
ウェインとランジヤは、多少前のめりになありつつ、技術主任の次の言葉を待ったのだ。
「空石で作られた指輪には…………、性的に興奮した際にアレに痛みが走るように付与魔法がかかっていました……」
そう言って、技術主任が懐から出して見せた指輪を見たウェインとランジヤの表情はとても凪いだものだった。
特に、ランジヤの虚無そのものの瞳は、技術主任を動揺させたのだ。
「えっ? お二人とも? どうされたのですか? まるで、くだらない悪戯をしたのが子供ではなく、いい年をした大人だったかのようなその虚無感は……」
ウェインとランジヤは、心の中でまさにその通りだと、技術主任に賞賛を贈ったのだ。
技術主任が取り出した指輪に見覚えがあったのだ。
特にランジヤは、その指輪に見覚えどころか、とてもよく知っている物だったのだ。
表情を引きつらせたランジヤは、首に下げていた鎖を服の下から引っ張り出して、恐る恐る鎖の先にある物を見つめたのだ。
そこには、技術主任が持っていたものとよく似た指輪があったのだ。
ただし、ランジヤが持っていた指輪は、技術主任が持っていたものとは違って、ピカピカとしていて白金の輝きを放っていたのだった。
そして、ランジヤは震える声で言ったのだ。
「まさか……、これにもその付与魔法が……」
技術主任は、荷物の中にあった眼鏡を引っ張り出してそれを掛けたのだ。
そして、じっとランジヤの持っていた指輪を見て、残念そうに言うのだ。
「はぁ……。デザインと空石が材料に使われているのは同じですが、こちらは普通の幻影魔法が付与されているだけですね」
残念そうな技術主任とは反対に、ランジヤは、指輪を大事そうに握りしめて小さく呟くのだ。
「あはは、幻影魔法……。一度だけ、死ぬようなダメージを受けても肩代わりしてくれる……。なんですかもう……。やっぱりマリアは、私のこと……。ふへへ」




