第二十六話 〃
ウェインがその日の仕事を終え、そろそろ屋敷に帰ろうかと執務室を出ようとした時だった。
珍しく、ノックを忘れたランジヤが、慌てた様子で中年くらいの男をお姫様抱っこして現れたのだ。
何とも形容しがたい絵面にウェインが真顔になっていたが、ランジヤはそれどころではないとおっさんをお姫様抱っこしたまま、ウェインに詰め寄ったのだ。
「先輩! ウェイン先輩、大変なんです!!」
内心、お前の方が大変そうなのだがと思ったが、咳払いをするだけで、不要な突っ込みを耐えたウェインは、なんでもない風を装って返していた。
「あ……ああ、大変そうだな……。それで、何が大変なんだ?」
ウェインにさらに身を寄せたランジヤは、腕の中のおっさんを持ち上げたのだ。
そして、そのおっさんをウェインに付きつけるようにしてこう言ったのだ。
「見つかったんです! 送還方法が!!」
ランジヤの言葉にウェインの思考は完全に停止していた。
頭の中で、ゆっくりと送還という言葉を繰り返して、ようやくその意味を飲み込む。
声を擦れさせたウェインは、確かめるようにランジヤに聞くのだ。
「それは……本当なのか?」
「はい! あっ……、でも、方法が見つかっただけで、それが実行可能かは……」
そう言って、腕の中のおっさんに視線を向けるのだ。
視線を向けられたことが分かったおっさんは、か細くとぎれとぎれの声だったが、ランジヤの言葉の後を継いだ。
「だ……大丈夫です……。ただ……じ、時間が必要ですけど……送還魔法の術式を組むことは……か…可能です……」
ランジヤの腕の中で縮こまるようにしてそう言ったおっさんの言葉に、ウェインは足元がグラグラと揺れて立っていられないような、そんな感覚を味わう。
それでも、なんとか言葉を吐き出す。
「そう……か。ご苦労だった」
「ウェイン先輩? 大丈夫ですか?」
顔を青くさせるウェインを気遣う様にそう言ったランジヤだったが、そう言うのが精一杯だった。
華火のことを心から愛しているからそ、彼女の選択に従うウェインの姿が容易に想像ができたのだ。
たとえそれが、ウェインの望むような答えではなかったとしてもだ。
それでもランジヤは、時間があると思っていたのだ。
言葉を理解しない華火に、この事実を伝えることが困難だとランジヤは思っていたのだ。
二人が、キスという方法で言葉を理解し合うという事実を知らなかったから。
ランジヤの心配をひしひしと感じたウェインは、自分の情けなさに項垂れそうになるのをぐっとこらえて、苦笑いの表情を作る。
そして、ランジヤに言うのだ。
「俺は大丈夫だ。それよりも、そろそろ彼を降ろしてやったらどうだ?」
そう言われて、ようやく腕の中のおっさんの存在を思い出したランジヤは、申し訳なさそうに腕の中のおっさんに詫びながら、そっと地面に降ろしたのだ。
「すまない! 慌てていたもので!! 本当に申し訳ない!!」
「いっ……いえ……大丈夫です……。あはは……」
慌てたようにそう言ったおっさんは、地面に降りると一瞬よろめいた後に、その場から逃げるようにして立ち去ってしまっていた。
その場に残されたウェインは、迷惑をかけてしまっただろうおっさんに後ほど正式に謝罪に行こうと思う一方で、華火に送還魔法について話した時、彼女がどんな反応をするのか考えるのが怖くて仕方なかった。
元の世界には家族も、友人もいるだろう。
きっと、帰りたいと思うだろうと。
華火のことは好きだが、彼女に何もかもを捨てさせるような、そんな選択をさせたくはなかった。
それなら、自分がこの世界を捨ててとも考えたが、自分の立場がそれを許さないだろう。
それでも、華火に元の世界に帰れる方法があることを黙っていることなどできなかった。
ウェインは、華火がどんな選択をしようともそれを受け入れると……、そう心に言い聞かせるのだった。
その後、迷惑をかけてしまったおっさんと、そのおっさんが所属する魔法研究部署にランジヤを伴って謝罪をした後、ウェインは華火の元へ帰るのだった。
しかし、自分の放つ言葉で華火を泣かせてしまうことになるなど、この時のウェインは、想像すらしていなかったのだ。




