第十九話 〃
ウェインへの恋心を自覚した日の夜、華火は熱を出して寝込んでしまっていた。
夕食をいつものようにウェインの手で食べさせてもらい、食後のお茶はウェインの膝の上で、彼に甘やかされるようにして過ごしていた華火は、自覚した恋心とどう向き合えばいいのか分からなかったのだ。
その結果、ウェインへのドキドキが最高潮に達したその時、華火は熱を出して倒れてしまったのだ。
そんな華火を心配し、手を握ってくれるウェインに、さらに好きという気持ちが募り、さらに熱が上がるという羽目に陥っていた。
華火の主治医認定されている、医師は夜遅い時間にもかかわらず、公爵邸まで飛んできたのだ。
華火を診断した医師は、熱は高いが異常はないとウェインに説明するも、ウェインはそれを聞き入れなかったのだ。
医師の診断の通り、ただの知恵熱なのだが、華火が心配で堪らないウェインは、一晩中華火の手を握り、傍で看病をしたのだ。
熱で頭が回らない華火は、一晩中自分の手を握って看病をしてくれるウェインに心の中で何度も謝っていた。
(ウェインさん、ごめんなさい。貴方が好きすぎて、どうしていいのか分からなくて……。そんな理由で熱を出したわたしが、貴方に看病してもらうなんて……。ごめんなさい……。でも、貴方が好きなんです)
華火の熱は翌日には良くなっていたが、心配性のウェインによって、ベッドから出ることを禁じられた華火だったが、その表情はとても嬉しそうなものだった。
何故かというと、いつもは仕事に出かけてしまうウェインが、華火を心配して傍に居てくれることが申し訳なくもある一方で、とてもうれしいと感じていたからだ。
ウェインは、華火の傍に椅子とテーブルを運んで、仕事をしながらも華火の様子を見てくれていたのだ。
邪魔をしないようにと、ベッドの中からこっそりと書類仕事をしているウェインを見つめながら、華火は思うのだ。
(好きって自覚したからなのか、前よりももっと素敵に見える。ウェインさん、格好いい……。すき……、きゃ~)
そんな、熱い視線に気が付かないウェインではなかったが、熱の籠った潤んだ瞳で見つめられていることを意識してしまうと、仕事どころではなくなってしまうことは理解していたので、書類を捲りなが、自分に冷静になれと言い聞かせるのだ。
しかし、実際には書類は捲られているだけで、その内容は全く持って頭に入ってきていなかった。
すぐ傍にいる華火が気になってしょうがなかったのだ。
そして気が付けば、数分に一度のペースで華火の頭を撫でたり、赤みを帯びる柔らかい頬に触れるついでにタオルを変えたりと、ほとんど仕事になっていなかったのだ。
軽めの昼食を食べた後、華火は眠ってしまったが、傍を離れることがなかったウェインだったが、とうとう予想していた来客があったため、しばし華火の傍から離れることになった。
ウェインを訪ねてきたのは、ランジヤだった。
応接室でウェインを待っていたランジヤは、ウェインが顔を見せたとたんに大きなため息をこれ見よがしに吐いたのだ。
「はあーーーーあぁ。事情は分かりますけど、少しは私のこと労ってほしいんですけど~」
ランジヤに仕事を押し付けている自覚のあるウェインは、素直にそのことを詫びるのだ。
「すまない。いつか、この借りは返す。だが、ハナビ嬢の傍を今は離れられない」
「分かってますよ~。というか、屋敷の模様替えでもしましたか?」
「ん? していないが?」
「あれ? う~ん、前に伺った時と何か違うような?」
そう言って首を傾げるランジヤに対して、ウェインは思い当たることがあったが、それを口にしてしまうのを躊躇っていると、お茶を運んできたマリアの発言に表情を固まらせたのだ。
「ハナビお嬢様がいるので、屋敷の空気が美味しいです。閣下もきっと私と同じことを思っているはずです」
そう言って、ニヤリとした表情でウェインを見たのだ。
しかし、ウェインよりも先にランジヤが反応を見せたのだ。
「マリア!! うお!! 本当にメイド服着てる?!」
そう言って、勢い良く立ち上がったランジヤを一瞥だけしたマリアは、ウェインに向かって表情を真面目なものにして問いかけたのだ。
「冗談はさておき、最近屋敷内の空気が変わったのは確かだと思います。今まで不調を訴えていた者たちの調子が良くなりつつあります」
「ああ、俺もそのことが気になっていた。体調が回復した者たちから聞き取り調査をしたが、特に何かを変えた覚えはないと。数日前から急に良くなったと」
「はい。それと、師匠なんですが、瘴気当たりの後遺症が軽くなっていると……」
「本当か? ジンの瘴気当たりの後遺症はこの先軽くなることは絶対にないと聞いていたのだが……」
真剣な表情のまま口元を覆って考え込んでいたウェインだったが、ぽつりと考え突いたことを口にしていた。
「ハナビ嬢……。だが、彼女は何の力もないと……」
「閣下、私もハナビお嬢様が関係しているように思います……。確信はないですけど、女の勘がそう告げるのです。以前ご報告しましたが、ハナビお嬢様がジグレットに微笑みかけると、萎れていた花弁が元気になったこと……。やはり、私の思い違いではなかったようです」
「…………。悪いが、もう少し様子を見てから陛下に報告をする。だから、まだこのことは……」
「承知しております。私たちの世界の問題をハナビお嬢様に背負わせる訳にはいきませんからね」
「ああ」
ウェインとマリアの間で話し合いが終わったところで、ランジヤが情けない声を上げたのだ。
「いーやーーーー!! 二人とも私を無視しないでください!! 特にマリア! どうして、今まで私が屋敷を訪ねるたびに身を隠していたんですか!! 酷いですー!!」
そう言って頬を膨らませるランジヤは、普段の黙っていれば知的に見える顔をかなぐり捨てていたのだ。
そんなランジヤを面倒そうに一瞥したマリアは、一言だけ言うのだ。
「黙れ、駄犬」
そう言われたランジヤは、黙って口を噤むのだった。
部下たちのいつものやり取りに苦笑いを浮かべるウェインだったが、その頭の中はすぐに華火のことで埋め尽くされていた。
(ハナビ……。君には、どんな重荷も背負わせることはしない。君に降りかかる不幸も苦しみも俺が全てこの手で振り払う。だから、俺に君を守らせてくれ……)




