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第七話

 ウェインの低く鋭い声を聴いた女性は、表情をきりっとしたものへと変えて、すっと立ち上がっていた。

 そして、ウェインに向かって敬礼をした後にはっきりとした口調で言うのだ。

 

「アチサミサチーエルチス。アラクセドノミーサリアオミニラマーゲミフ。アクタク、アグセドニアネカウィスオムンエヒアツ、エットモウコキズンエグ、イアサドゥキスルヨーヲトクシゾウコユソニケシザソフオユツンアドゥクフンアディシクチルオ。エチソス、ウセドニアチカダチエテサセアクテチソトジゾニミゲミハガウィキサウル!!」


 華火には女性が何を言ったのかはさっぱり分からなかったが、ウェインの表情からあまりよくない話が女性の口から飛び出たことが察せられた。

 短い沈黙ののちに、ウェインは大き目の溜息を吐きながら何かを口にすると、女性はパッと表情を輝かせたのだ。

 

「アッタカウ。エットモウコキズンエグ、ウコトウンイノニケシズテイル。エチソス、ウレアタオウンイノニエオグンエコジズコズンエソヌオジハナビ」


「ウタフ!!」


 ピンと背筋を伸ばし、敬礼をする女性を見ていた華火は、急にこちらを向いた女性と視線が合い、ドキリとしてしまう。

 改めて見る女性はとても綺麗だった。

 すらりとした長い手足と女性にしては高い身長、身に纏っている青を基調とした軍服は、まるで男装の麗人のようだった。

 そんな、美しい女性の翠眼の瞳に見つめられた華火は、綺麗すぎるその瞳にドキドキとしてしまう。

 しかし、その女性はニコリと微笑みを華火に向けた後に、ウェインに再び敬礼をしてから部屋を出て行ってしまったのだ。

 部屋に二人きりになってしまった華火は、改めてこの状況をどうしたらいいのかと頭を悩ませることとなる。

 今までのことで分かったのは、今いる場所が華火の知っている世界とはまったく別の世界ということ。それだけだった。

 空気すら違っている(・・・・・・・・・)のだから、言葉が分からなくてもここが異世界だと理解できたのだ。

 ただ、空気を吸うたびに体が重くなる感覚は、何故かウェインが傍に居ると軽減された。

 だからこれは仕方ないことなのだと、華火は誰かに言い訳でもするように口の中で呟くのだ。

 

「これは仕方ないことなの。うぇいんさんが傍に居ると苦しくないから。だから、これは必要なことなのよ……」


 そう言いながら、ソファーの上でウェインに抱っこされている状況に言い訳をするのだ。

 軍服の美女が部屋から出て行って少しした後、華火が軽く咳き込んだことが切っ掛けだった。

 華火の咳を聞いたウェインは、あっという間に華火を膝の上に乗せていたのだ。

 ウェインの体温を感じるほど近い距離に最初は逃げ出したいという気持ちでいっぱいだった華火だったが、ウェインが傍に居ると呼吸が楽になっていくことに気が付いてしまったのだ。

 それからは、恥ずかしいという気持ちはありながらも、その腕の中に大人しく納まっていたのだ。

 

 のんびりとした空気が流れ始めた時、部屋の扉をノックする音が響いたのだ。

 ウェインが何かを言った後に開かれた扉から現れたのは、先ほどの美女だった。

 ただし、現在は何故か黒のロングワンピースにフリルの付いたエプロンという、所謂メイド服に変わっていたのだ。

 そして、ティーセットが乗ったワゴンを押しながら部屋に入ってきたのだ。

 華火とウェインの座るソファーのテーブルの上に、慣れた手つきでセッティングをしていく。

 可愛らしい小さな花が描かれたティーカップに甘い香りのお茶を注ぎ、色とりどりのフルーツがたくさんのったケーキを華火の目の前に用意したのだ。

 どうしたらいいのか分からずに、ウェインを振り向くと優しい笑みを向けられる。

 ウェインの様子から、これは華火のために用意されたものなのだとなんとなく理解できたが、口を付けることにためらいがあった。

 華火が迷っている間に、ウェインがティーカップに手を伸ばしていた。

 そして、華火の目の前で、湯気を登らせる甘い匂いのするお茶にふぅっと息を吹きかけたのだ。

 熱いお茶を飲みやすい温度にするように、そうやって息を吹きかけたウェインは、何故か華火を見つめてにこりと微笑むのだ。

 訳が分からずに小さく首を傾げる華火だったが、ウェインがティーカップを華火の口元に近づけたことで彼の行動の意味をようやく理解するのだ。

 

「えっ? えーーー?! ままままま、まさか、これって……。ふーふーしたお茶をわたしに? えっ? えっ?」


 ウェインの腕の中で戸惑いに顔を赤くしている華火だったが、ウェインに引く気配はなく、お茶を飲まないことには後にも先にも進まないということがわかり、覚悟を決める。

 恥ずかしさに自然と瞳を潤ませてしまう華火は、ウェインの大きな手にそっと触れた後、口元に固定されていたティーカップに唇を触れさせた。

 ウェインは、華火が飲みやすいようにティーカップを少しだけ傾けてくれた。

 程よい温度のお茶は、どこかキャラメルを思わせる、甘さとほろ苦さがあった。飲んだことのない不思議なお茶は、とても美味しく、喉が渇いていたこともあり、華火はコクコクと夢中で飲んでしまっていた。

 半分ほど飲んだ後に、ティーカップから唇を離す。

 唇に付いたお茶を舌でペロリと舐めた後に、ハッとしてウェインに視線を向ける。

 ウェインは、眉間に皺を寄せて何か怒ったような表情になっていた。

 華火は、自分の行儀が悪くウェインを不快な思いにさせたと考え、シュンとしてしまう。

 肩を落とす華火だったが、今度は目の前に差し出されたケーキに困惑することとなるのだ。

 小さく食べやすい大きさに切られたケーキがウェインによって差し出されていたのだ。

 今回も引く気配のないウェインに華火の方が折れていた。

 差し出されていたケーキをパクリと口にすると、フルーツの甘みが口いっぱいに広がった後に、カスタードクリームの甘さとふわふわのスポンジケーキの美味しさに瞳を輝かせる。

 あまりの美味しさに、頬を押さえて震えていると、頭上からぷっと噴き出す声が聞こえてきた。

 視線を向けると、ウェインが楽しそうに笑っていたのだ。

 そこでようやく、華火はウェインに子供っぽい行動を笑われてしまってことに気が付くのだ。

 

(恥ずかしい……。うわぁぁ……。めちゃくちゃ恥ずかしい……)


 耳まで真っ赤にさせた華火は両手で顔を覆ってしまっていた。

 華火は、子供っぽい行動でウェインに笑われたと考えていたが、実際には違っていた。

 正確には、腕の中の可愛らしい華火の行動にウェインが悶えていただけだったのだが、意思疎通がままならない華火にはそのことを察することはできなかった。

 ただし、意思疎通ができたとしても華火がこのことを察せられたかは微妙なところではあったが。


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