第十一話 〃
王城に着いたウェインは、その足で王の執務室へと向かった。
執務室には、イスカニア王国の国王、フェデル・ジラルド・イスカニアと宰相のセルジオ・フォン・エニスの姿があった。
入室を許されたウェインは、挨拶をする。
「ウェイン・フォン・シグルド。お呼びに応じ参上いたしました」
そう言ったウェインに対して、フェデルが疲れた様子で手をあげると、セルジオが苦笑いをしながらソファーに座るようにと声を掛ける。
ウェインはソファーに座り、供に入室したランジヤは、その背後で両手を後ろだ組んだ姿勢で待機をする。
ウェインが座ったのを確認したセルジオが口を開く。
「シグルド公爵閣下、まずは先日までの長期遠征ご苦労様でした。愚息から報告は受けています」
そう言いながら、ランジヤに視線を向けた。視線を向けられたランジヤは、ちらっとウェインを見ただけで、何も言うことはなかった。
「いいえ、俺がもう少し早く討伐を終えていれば、王太子殿下を止めることができたかもと……」
拳を握りそう口にしたウェインに対して、フェデルは申し訳なさそうに口を開いていた。
「いいや。すべては、私の責任だ。ロイドが君に変な対抗心を抱いていることは気づいていた。しかし、それを放置して今回の事態を引き起こす原因を作ったのは誰でもない、この私だ……。被害者の少女たちになんと詫びればいいものか……」
そう言って、肩を落とすフェデルの言葉にウェインは、眉を少しだけ上げてから首を傾げていた。
「少女……たち? ですか……?」
ウェインの反応にその場にいた他の三人はまさかと表情を硬くさせた。
そして、全員が言いにくそうな表情で視線だけで言い争った結果、ランジヤが代表して口を開くこととなったのだ。
「えーっと……。ウェイン先輩? ハナビ嬢以外にも、もう一人いたんですけど……。もしかして、目に入って……」
恐る恐るといった様子でそう口にしたランジヤだったが、ウェインの驚きの表情で全てを察するのだ。
まさかの事態にフェデルは目を何度も瞬き、セルジオは口をあんぐりと開けてしまっていた。
先ほど見た華火とウェインを思い出してランジヤは、場違いなほどあっけらかんと事実を口にしたのだ。
「あはは! 先輩って、ハナビ嬢ラブですね! もしかして一目ぼれってやつですか~」
多少揶揄うようなランジヤの言葉に、ウェインは、開き直ったかのように言い切るのだ。
「ふん。そうだ。俺は、ハナビ嬢が好きだ。それが何か?」
まさか、堂々と公言されるとは思っていなかった三人は、顔を合わせる。
そんな三人を気にもせずにウェインは、疑問を口にした。
「それで、もう一人の被害者は? 現在はどのように治療を?」
ウェインのもっともな疑問にセルジオが困惑したように答える。
「それがですね。もう一人の被害者の少女ですが、キョーコ・ヤマダ嬢なのですが……。内膜も外皮も正常で……。現在は王城で問題なくお過ごしです」
「な……。それは本当ですか?」
「はい……。加護もお持ちのようで、ヤマダ嬢曰く、我らを救ってくださる聖なる乙女だと……」
セルジオの言葉にウェインは、おかしそうにそれを鼻で笑っていた。
「まさか、ありえないな。俺たちの状況は最悪なものだ。隣国は消し飛び、さらには、瘴気がすぐそこまで押し寄せてきている。現状は、国境沿いで押しとめることに成功しているが……。あの瘴気をすぐにどうこうなんて無理な話だ。長い年月をかけて、浄化する以外に方法などないと思うがな?」
「私もそう思っています。ですが、ヤマダ嬢が嘘を吐く理由がわかりません。それと、彼女たちがこちらに連れ去られた当初のことです。ヤマダ嬢は、ハナビ嬢のことを……」
「ハナビ嬢がどうしたというのですか?」
「その場にいた者から聞いただけなのですが、【バケモノ】と。それと、ここから追い出すようにとも……」
セルジオの話を聞いたウェインは、拳をきつく握り紫の瞳を怒りに染めた。
それを見たセルジオは、慌てて言葉を続けた。
「お二人の間で何かあることは明白です。現状、ハナビ嬢の言葉を私どもが知ることができない以上、お二人から平等に話を聞くことができません。今は、現状維持以外にないと思います。それと、お二人を合わせるのもあまりよくない気がしますので……」
「ああ、そうですね。ただ、ハナビ嬢と数日共にいて俺が感じたのは、愛おしいという思いだけです」
ウェインの発した、まっすぐな感情にその場にいた三人は何とも言えないむず痒さに口を噤むのだった。
部屋に漂う何とも言えない甘酸っぱい空気を換えようとしたわけではないが、セルジオが両手を合わせながら話題を変えていた。
「そうそう、事件後閣下からは、書簡にて経過報告をいただいていましたが、ハナビ嬢のご様子はその後いかがでしょうか?」
セルジオの話題転換に、フェデルは興味深そうに身を乗り出し、ランジヤはにやにやとした表情になる。
一瞬、セルジオは話題選びを失敗したかもと思いつつも、自身も聞きたいと思っていたことだったので話題を変える気はさらさらなかった。
三人からの視線を受けつつ、ウェインはマイペースに用意されていたお茶を優雅に口にしていた。
お茶を口にして、甘さの中にある爽やかな香りに、「帰りに銘柄を聞いて、買って帰ろう。ハナビ嬢が好きそうな茶だ」などと考えていた。
少し間を開けて、ウェインは短く言葉を発した。
「問題ありません」
その短い言葉に対して、全員が「何が?」と思わなくもなかったが、敢えて突っ込みを入れることはなかったのだ。
そして、フェデルはウェインの背後に立っているランジヤに視線を送って、にっこりと含みのある笑顔を見せるのだ。
それを見たランジヤは、視線を泳がせたのは一瞬で、諦めたようにぽつぽつと言葉を選びながら発言をしていった。
「えっと……、私から見て、ハナビ嬢はとても……、とてもせんぱ……閣下に大切にされていました。銀糸の刺繍が施された淡いブルーの可愛らしいワンピースをお召しになっていて、閣下の膝の上で、閣下の手からクッキーを食べさせられておりました。なんとなくですが、普段からあのように過ごされているのだと、私には感じられましたが、ハナビ嬢は私にその姿を見られたことに遅れて気が付かれて、とても慌てふためいておりましたが、閣下が独占欲丸出して腰を抱いて放さないため、最後には両手で顔を覆っていて、とてもかわいら―――」
ランジヤが「可愛らしい」と最後まで言う前に言葉を詰まらせたのは、ウェインからの心臓を突き刺すような冷たい冷気を感じ取ったからだった。
ランジヤが、「まずい……、しゃべりすぎた!」と思った時にはすでに遅く、背中から伝わる怒気に無意識に足が震えた。
そして、ウェインの前に座っているフェデルとセルジオは、表情一つ変えずに背後のランジヤを黙らせたその姿に、自然と表情を引きつらせることとなったのだ。
そんな、全員を黙らせたウェインが放った言葉は、三人を真顔にさせていた。
「ランジヤ……、見すぎだ」
―――え? 怒ってるのはそこなの?
まさかの怒りポイントに三人は真顔になり、ウェインの本気の恋心にいろいろな意味で恐怖を覚えたのだ。




