第五十三話
恭子には誰にも言えない秘密があった。
それは、恭子がまだピカピカのランドセルを背負っていたころのことだった。
その頃の恭子は、今の恭子からは考えられないほど内気で人見知りの激しい子供だった。
クラスメイトの輪に馴染めないでいた恭子は、いつも一人で楽しそうなクラスメイトたちの姿を目で追っていた。
そんな恭子にとって、一際眩しく見える少女がいたのだ。
自分とは違って、明るくて、可愛くて、友達の輪の中心にいるようなそんな少女だった。
いつか友達なりたいと思っていた恭子にその機会が訪れることがないまま、両親の離婚が決まり、恭子は遠くに引っ越すこととなったのだ。
それから数年後のことだった。
環境の変化から、内気なままではダメだと思った恭子は、憧れの少女を真似て過ごすうちに、明るい少女へと成長を遂げたのだ。
しかし、恭子にとって、幸か不幸か、父親の再婚を機に憧れの少女を模倣して形成した性格が破綻する日が来るなど、誰が予想できただろうか。
新しい母親の連れ子は、恭子と同じ年の暗く鬱々とした少女だった。
人目を気にして、オドオドとする姿が、過去の自分を見ているようで、苛立ちが募る一方だった。
最初は、あまり関わらないようにしていた恭子だった、新しい母親の愚痴を聞いたことで、知りたくもない真実に気が付いてしまったのだ。
母親は、憎らし気に、気味悪げに、苛立たし気に言ったのだ。
「本当に気持ち悪い。あの子は、人の心を見透かす……。あの子がいなければ、あの人も死ななかった。あの子が、あの人の死を招いたのよ……」
そう言って、父親に愚痴る新しい母親は、心から自分の子供を嫌っていることが伝わるほどだった。
「ほら、小さな子供ってさ、親に構って欲しくて、変なこと言ったりするもんだろ?」
「私だって、そう思っていたことだってあったわよ。でも、あの子はどこかおかしいのよ。昔から……。いいえ、昔は違ったような気もするわ。あの人が生きていた時は……。そうね、ちょっとだけ、ちょっとだけ恭子ちゃんみたいに……。いいえ、変なこと言ってごめんなさい」
こっそりと立ち聞きをしていた恭子は、新しい母親の言葉に嫌な寒気がして、どうしても胸に広がったモヤモヤをどうにかしなければという思いに駆られ、気が付けば、新しくできた近寄りたくもない姉の部屋の前まで来ていたのだ。
そして恭子は、ノックもせずにその部屋の扉を開けて、驚くように固まる新しい姉に大股で近づいていく。
そして、いつも俯いて顔をまともに見たことにない新しい姉の顔面をまじまじと見つめたのだ。
小作りな顔のパーツの中でも、丸く大きな榛色の瞳が不安そうに揺れていた。その表情を綺麗だと思うのと同時に、恭子は理解してしまったのだ。
目の前にいる、昔の自分のような新しい姉が、かつて憧れていた少女本人だという事実に、恭子は頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。
(どうして? なんで? だって、違う。認められない。こんなのって……。なんでなのよ……)
恭子の中にあった憧れが憎悪に変わるのは一瞬だった。
その日からだった。恭子が必要以上に新しい姉、華火につらく当たるようになったのは。
しかし、異世界に来て、自分の行動の本当の意味を知った恭子が、その事実を受け入れた時には、全てが遅かったのだ。
恭子は、ただ、華火に自分を見て欲しかったのだ。
自分だけを見て、自分だけを頼って、恭子という人間を認めて欲しかったのだ。
変わってしまった華火を受け入れがたく思う一方、それでも構って欲しくて、意地悪なことばかりしてしまっていたのだと。
そのことに気が付いたのは、華火が水晶の中から出て来た時、感情をむき出しにした瞳を向けられた時だった。
そして、華火がこの世界に来たことで昔の、恭子が憧れてやまない華火に戻っていたこと知ったのだ。
そのことが嬉しくて、そして、今までのことが申し訳なくて、逃げ出したのだ。
それでも、華火がこんな自分の元に来てくれたことが、どうしようもなくうれしくて仕方がなかった。
目の前に華火が音もなく現れた時、都合のいい幻を見たと思った恭子だったが、それでも勝手に体が動いていた。
抱き着いた華火は、幻にしてはいい匂いがして、その細く頼りない首筋に顔を埋め、甘い匂いを堪能した恭子はか細い声で懺悔するように胸の内を零していた。
「ごめん。でも、変わってしまったあんたのことが許せなくて、でも、本当はそんなことどうでもよくて、変わってもあんたにあたしを見て欲しくて、でも、ガキみたいに意地悪なことして気を引こうとしたり……。ううん。そうじゃない。ごめん。今までごめん。あたしの勝手な理想を押し付けて、あんたにつらく当たって、あたしの事情なんてあんたに……、華火には関係ないのに……。ごめん。でも、こっちに来て、あんたを大切に思う人の側で、華火は幸せになって……。さようなら……。あたしの憧れの華火……」
そう言うだけ言った恭子は、幻の華火から身を離して、懐に忍ばせていた石を取り出した。
取り出した石に、自分の魔力を注いでいると、幻だと思っていた華火から声を掛かられたことに目を丸くさせる。
「恭子! わたしは今、とても幸せだよ。だから……」
そこまで言った華火の幻は、一瞬迷うような表情をさせた後に、ただ笑顔で恭子の姿を見つめたのだ。
恭子には、その笑顔だけで何もかもが許されたような気がしていた。
そして、手元の石に魔力を十分に注ぎ終わったその瞬間、恭子の姿はこの世界から完全に消えていたのだった。




