第五十話
水の中にいるような、ゆらゆらと揺れる感覚と、耳に心地よく響く低音。
優しい感情、悲しい感情、苦悩、後悔、恋慕、様々な感情が華火の心を揺らしていた。
早く目を覚まさなければと思うのに、出口のない夢の中で必死に手を伸ばす。
遠くに見える小さな星のような微かな輝きに必死に手を伸ばしていると、突如として空間が嫌な音をたてた。
耳を覆いたくなるような音に交じって、愛しい人の微かな声が聞こえてきた気がした華火は、苦痛に耐えながらも必死に聞こえてくる音を聞き取ろうとしたのだ。
「……んで……。…ねよ。すぐにし……」
「…………、オレラナフ……」
苦しそうな……、大切な……人。
（ウェインさん！！ 苦しんでる……、言葉は分からないけど、ウェインさんが苦しんでる……。行かなきゃ！！）
今すぐに苦しんでいるウェインの元に行かなければならないという思いに駆られた華火は、さらに必死に手を伸ばしていた。
小さな星に手を伸ばしていると、その星が一瞬だが、強く光り輝いたのだ。
その強い光を手繰り寄せるように手を伸ばす。すると、ぐっと体が前に進み、小さな星をつかみ取ることができたのだ。
華火は、手に掴んだ小さな星を胸にぐっと抱きしめて、ウェインのことを強く思い浮かべた。
すると次の瞬間、ガラスが割れるような音がしたのと同時に体が軽くなっていくのが分かった。
それと同時に、目の前で膝を付くウェインの瞳を突こうとする恭子がいたことに、華火は動揺するよりも前に、体が動き、言葉が飛び出していた。
「だめーーー！！」
そう叫びながら、ウェインの前にテレポートした華火は、ウェインを背に庇う様に両手を広げていた。
肩に鋭い爪が食い込んでいく痛みを感じながら、ウェインの瞳が無事なことが嬉しくて、ほっと息をつく。
「うぇいんさん……。よかった……」
そう口にした華火は、まっすぐに前を向いた。その瞳は、強い意志と怒りの色を浮かべていた。
そんな華火に睨まれた恭子は、場違いなほど嬉しそうな笑みを浮かべたのだ。
「恭子……。うぇいんさんに酷いことしないで」
「あは。あたしは酷いことなんてしてないよ。悪いのはあいつでしょ？」
「うぇいんさんは、何も悪くない。何も知らない恭子がうぇいんさんのこと悪く言うのも、うぇいんさんに暴力を振るうのもわたしが許さない」
「ふーん」
華火に何を言われても平然と笑っていた恭子だったが、突然興味を失ったように何かを呟いた後に踵を返していた。
「戻ってきた……。あたしの……」
その呟きはとても小さく華火には聞き取ることが出来なかった。
ただ、恭子が何をしたくて、何を思って行動をしたのかを理解できる者は誰一人いなかった。
