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第四話

 華火は、懐かしい日の記憶を夢で見ていた。

 満開の桜の下、大好きだった父親と幼い華火が楽しそうに舞い散る桜の花びらを眺めていた。

 華火は、ひらひらと舞う花びらに向かって、人差し指をくるくると動かして見せた。

 すると、不思議なことに華火の指先の動きに合わせたかのように花びらがくるくると回るのだ。

 

「見て~。パパ。くるくる~」


「あはは。はーちゃんはすごいなぁ。僕のおばあちゃんもそうだったんだよ」


「おばあちゃん?」


「うん。でも、その力は僕とはーちゃんの二人だけの秘密にしようね」


「うん……」


「はーちゃんは、いい子だね。でも、そのうち、その力のこと、分かってくれる人が僕以外にも現れるから大丈夫だよ。おばあちゃんにおじいちゃんが居たみたいにね。だから、それまでは、二人だけの秘密だよ」


「だいじょうぶ! わたし、パパのこと大好きだから。いっしょう、パパとの秘密でいいよ!!」


「ふふ。僕もはーちゃんが大好きだから、それもいいかも」


「ふふふ~」


 そう言って、微笑み合う仲睦まじい様子は、今の華火にはとても眩しく、そして悲しいものだった。

 夢だと分かっていても父親の笑顔が見られる場所を離れたくなかった華火は、その綿菓子のように甘い夢に縋りつく。

 それでも、現実はとても残酷で、夢から覚めたくないと思うほどに意識は浮上していくのだ。

 

 

「ぱ…ぱぁ……」


 夢から覚める瞬間、無意識にそう口にする華火。

 そんな、華火の心細そうな小さな呟きに反応するように、優しい誰かの手が、華火の頭を撫でたのだ。

 昔、父親に撫でられたときのことを思い出すような、そんな優しい手の感覚に華火は、口元を綻ばせていた。

 

 優しい手つきに勇気づけられた華火は、ゆっくりと瞼を開いて周囲を見回していた。

 視界の中には、月を思わせるような美しい銀髪の男がいた。

 見たことのないような、キラキラと輝く宝石のような紫の瞳と視線があった瞬間、華火は胸がドキリとしてしまっていた。

 整った顔の美しい青年も、華火の榛色の瞳を見つめて動きを止めていた。

 どのくらい見つめ合っていたのか、永遠のような、それでいて一瞬のような、そんな感覚を覚えていた二人を現実に引き戻したのは誰かの咳払いだった。

 

 夢から覚めたような感覚から一転、華火は自分が置かれている状況がさらに分からなくなっていることに顔を青ざめさせていた。

 意識を失う前は、よく分からない大広間のような場所にいたはずなのに、今はふかふかのベッドの中なのだ。

 華火は、忙しなく視線を動かし自分の居る場所を確かめる。

 そこまで広くない部屋の中、嗅ぎなれない不思議な匂いがしていた。

 よくわからない瓶が沢山並べられた棚と厚みのある本がぎっしりと並べられた本棚、整頓された机、そよそよと風に揺れる真っ白なカーテン。

 そして、自分が寝ていたベッド。

 防衛本能と呼ぶべきなのか、華火はとっさにベッドから飛び降りて部屋の端に逃げようとしたのだ。

 しかし、ベッドから降りたとたん、へなへなとその場に座り込んでしまっていた。

 

 今まで感じたことがないくらい体が重かった。

 それでも、どこかに逃げたいという気持ちが華火の体を無理やりにでも動かしていたのだ。

 しかし、低く耳に心地いい低音の声が華火の心を穏やかなものにしていた。

 ただし、その内容は全く理解できなかったが。

 

「エクチト。イアニソミナン。アドゥブオジアヅ」


 意味は分からなかったが、どことなく華火を心配していることが伝わってきたことで、華火は落ち着きを取り戻すことが出来ていた。

 ただ、男の言っている意味が微塵も理解できないことには変わりがなかったため、困った表情で首を傾げることしかできなかった。

 しかし、華火が抱く不安を男は理解したようで、美しい目元を柔らかく緩めて目も眩むような微笑みで、華火の頭を優しく撫でたのだ。

 

「あ……ありがとうございます。少し落ち着きました」


「イアナムス。アヒネロ、アヅンイアニケディアキラガボトクリエッチオニミク」


 耳に聞こえる、謎の言葉に華火はガッカリと肩を落とすが、申し訳なさそうな表情をする男を悲しませたくないという思いから、自然と微笑みを浮かべていた。

 ただし、その微笑みはとても弱々しく、儚いものだった。

 男は、華火の健気な微笑みに、ぐっと何かを堪えるような表情を一瞬した後に、自分を指さしてゆっくりと言葉を口に乗せた。

 

「ウェイン」



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