第三十三話
指輪を見ながらにやにやしだしたランジヤのことは、放っておくことにしたウェインは、技術主任に聞いていたのだ。
「その指輪の何が瘴気対策になっているのか詳しく聞いてもいいか?」
技術主任は、ハッとした様子で姿勢を正してから、一気に説明をしたのだ。
「ごほん。先ほど説明したものは、理想値の話でして、実際にはそんな効果はないんですけどね。あはは~」
そう言って、のほほんとした表情で笑っていた技術主任は、ウェインからの冷たい眼差しに気が付いて、咳払いをした後に表情を改めて話を続けたのだ。
「すみません。話がそれましたね。ごほん……。まぁ、ここからが本題なのですが、キサラギ殿の症状が軽かった理由を改めて説明しますと、指輪の材料に使われている空石には、とある成分に反応して、その成分を吸収する魔法式が刻まれているんですよ。その成分と言うのが、月光虫を真空爆発させた際に生成される、ゴーフェルという成分ですね」
「月光虫?」
聞きなれない虫の名前にウェインが首を傾げていると、技術主任がぽんっと手を叩いて言うのだ。
「ああ、月光虫はその名前よりも、【妖精の甘露】だとか、【天使の溜息】という名前の方が知られていますね~」
技術主任の口から飛び出た二つの名称にウェインは、危なく噴き出すところだった。
その二つは、媚薬として有名な薬の名前だったのだ。
「それでですね。キサラギ殿が持っていた指輪なんですけど……。気が高まった時に、ゴーフェルを感知すると、意識が集中している場所に激痛が走るという魔法が組まれていたんです。設計者の意図は、恐らくですが、性的興奮を感知すると男性の象徴に激痛を与えたかったようなのですが、いくつか魔法の組み立てが甘いところがあって、設計者の意図する効果は発揮されていないと思われます……。あっ、すみません。また話がそれてしまいました。あはは~。こほんっ。それでですね、ここからが閣下に聞いていただきない内容なのですが……」
そう言った技術主任は、深呼吸の後に真剣な表情で話を続けたのだ。
「キサラギ殿たちが集めてくれた情報をもとに、今回の瘴気の発生には、月光虫が関係していることが九割ほど確定しています。爆心地付近で、採取された成分サンプルから、ゴーフェルと魔素が魔融合したことで瘴気が発生していることが考えられます。魔融合を起こすくらいの大規模な魔法が暴発して、何らかの理由で月光虫がそれに巻き込まれる形で真空爆発を起こし、魔素と魔融合したことで瘴気が生まれたのだと……。そこで、キサラギ殿の持っていた指輪の魔法式を参考にして、それにさらなる改良を加えたものを空石に付与して、瘴気をもとから断つと言うのが瘴気対策本部の考えです。ですが……」
そこまで話を聞いたウェインは、技術主任が何を考えて口ごもったのか察して、口元に手をやって思案する。
「なるほど……。空石の確保か……」
「はい……。採掘量が少ないせいで、魔法具の核になれなかった存在です。もし、十分な採掘量があったのなら、魔法具の価格は下がり、人々の生活にもっと馴染んだことでしょう……」
技術主任の言う通り、現在は大量に採掘できる鉱石に魔法を付与する魔法具が流通している。しかし、付与できる魔法に対して、それを保存できる量が少なく、すぐに魔法式の書き換えや、鉱石の交換が必要となるため、コストパフォーマンスは悪かったのだ。それでも、採掘量が少ない空石を使うよりは、価格を抑えることができた為、今の鉱石が流通していたのだ。
そんな、希少な空石をどうやって確保するのか、それはとても難しいことだったのだ。
眉間に皺を寄せていたウェインは、あることを思い出して馬車に並走していた走っている部下に指示を出していた。
「アレジ、お前は第二部隊と第三部隊を率いてこのまま問題の場所に向かえ。俺は、第一部隊を連れてゾディアス鉱山に向かう!」
第二部隊の部隊長であるショーン・アレジは、信頼するウェインの指示に従い、そのまま二部隊を率いてスピードを上げていた。
ウェインは、馬車から愛馬に飛び移った後、馬車の中の技術主任に力強く言ったのだ。
「勝算はある! ゾディアス鉱山は、現在廃坑となっている。しかし、そうなる前は魔石炭と空石が取れていたという話だ。そして、その当時は、空石の価値は知られていなかったそうだ。だから、手つかずの空石が眠っている可能性が高い!」
「それは本当ですか?」
「ああ。ゾディアス鉱山は、シグルド公爵家のお荷物鉱山だった場所だからな。空石が取れることは俺が保証する。ただし、取れるという保証だけで、数の方は期待しないでくれ。ただ、一時しのぎ位には役立つはずだろう! ランジヤ! すぐに、工夫の手配を!」
「流石先輩!! 大丈夫です、超高速通信魔法で急募呼びかけ完了です!!」
「よくやった! それじゃ、速度を上げる。ランジヤは、技術主任のフォローを頼むな」
「はい!!」
そう言って、部隊を率いたウェインは、速度を上げたのだ。
そのスピードに、馬車の中の技術主任は、情けない悲鳴をあげて、ランジヤにしがみ付くこととなったのだった。




