第三十一話
ウェインが屋敷を出てから、一週間が経っても彼は帰ってこなかった。
時折、手紙らしきものを持った騎士らしき人間が屋敷を出入りしていたが、言葉も文字も分からない華火には、ウェインが現在どういう状況に置かれているのか一切情報が入ってこなかった。
華火に気を使って、屋敷の人間は普段と同じようにしていたが、それが分からない華火ではなかった。
それでも、ウェインと言い争いのようになってしまったことが華火の心を塞いでいた。
こちらに来て、初めてこんなに長い時間をウェインと離れて過ごした華火は、寂しさで心が苦しくてたまらなかった。
マリアもジンも、屋敷で働く人たちが近くに居ても、華火は寂しくて堪らなかった。
向こうにいた時でさえ、亡くなった父親を恋しく思うことはあったが、今の華火が感じる、心にぽっかりと穴が空いてしまったかのような、そんな思いをすることはなかったのだ。
ただウェインに会いたくて、恋しくて、声が聴きたかった。
ウェインと離れてみて、華火は確信したのだ。
この想いが嘘でも幻でもなく、本当の恋心なのだと。
「うぇいんさん。わたし、わかりましたよ。この想いがまやかしなんかじゃないって。この想いはわたしのものです。だから、うぇいんさんにだって、否定なんてさせません。だから……」
口にすることで覚悟を決めようとしていた華火は、一つ深呼吸をしていた。
「だらか、わたしは、わたしのしたいようにします。怖いけど、うぇいんさんと離れてしまうことの方がもっと怖いって、わたしは思うから」
華火は、鏡に映る自分にそう言ってきたせた後、苦笑いを浮かべる。
鏡に映った自分の、なんて不細工なことかと。
毎日泣いてたから仕方ないとしても、赤く腫れた瞳と、充血した瞳。
髪はぼさぼさで、唇もカサカサになってしまっていた。
こんな姿をウェインに見られるのは、恥ずかしいと心から思った華火は、くすりと笑っていた。
「ふふ。見た目を身にする余裕があるだけ、元気が出て来たってことかな? うん。そうだね。まずは、お風呂に入って、身だしなみを整えて……。会いに行こう。うぇいんさんに。それで、わたしの力が何かに役立てるのなら、うぇいんさんのお手伝いをしたい」
ウェインから、この世界の状況を聞いた時、華火には思うところがあったのだ。
恐らく、自分にしか見えていない黒い靄。
きっとあれが結界を超えてきた瘴気の一部なのだと。
今のところ、屋敷周辺にはったバリアは機能していることと、サイコキネシスで瘴気を散らすことは出来たことから、何か出来るはずだと華火は考えていたのだ。
今まで、極力超能力を使わないようにしてきたため、自分がどれほど力を使えるのかは分からないし、体にどの程度のダメージが来るのかもわからないが、何かしたかったのだ。
ウェインの為にという気持ちもあったが、自分の為という思いもあった。
大好きな父親が受け入れてくれた華火の個性だ。
父親が亡くなってから、ずっと疎ましく思う様になっていた力だったが、華火はふと思ったのだ。
もしかすると、この力はこの時のために与えられたのかもしれないと。
都合のいい妄想でもよかった。
ただ、理由が欲しかったのかもしれない。
自分勝手な思いで、ウェインの元に向かおうとする言い訳に、超能力を使おうとしているのだ。
それに気が付いた華火は、そんな事を考えている自分がおかしくて仕方なかった。
だってそうだろう。今まで、散々疎んでいた力を自分の都合のいい言い訳に使おうとしているのだから。
今まで、散々悩んでいたのが馬鹿らしいと思えてきた華火の瞳は、キラキラと星のような輝きを取り戻していた。
それは、父親を失った時に、華火から零れ落ちてしまっていた輝きだった。
華火は、鏡に映る自分に手を伸ばしていた。
「うん。わたし、がんばる。がんばれ、わたし」
自分に気合を入れなおした華火は、こちらに来て初めて一人で入浴をしようとして大失敗をしてしまうのだ。
浴室でマリアが華火の入浴を手伝ってくれる時、蛇口のすぐ上の宝石のような石に手をかざしてから、蛇口を捻ると簡単にお湯が出ていたのだ。
それをいつも見ていた華火は、これなら一人で大丈夫だと軽く考えていたのだ。
だからこその油断だった。
宝石のような石に手をかざしてシャワーの蛇口を捻ってから、華火は悲鳴をあげていたのだ。
「きゃーーーーーーーー!! っぅう……、つめたいぃ!!」
氷のように冷たい冷水を無防備な状態で被った華火の悲鳴を聞いたマリアが、秒で浴室に飛び込んできたのだ。
「アマスオジョハナビ!!」
そう言って、浴室に飛び込んできたマリアは、華火の姿を見て、手に持っていた、武器をとっさに隠した後に、優しい笑顔で言うのだ。
「アラーラ、アヒナマスオジョハナビイラプタユ、エヌセディアチムオユチフオィスチアゲクサデトニサタウ。ウフフフフフ♪」
そう言ったマリアは、それはそれは嬉しそうに華火をお湯で温めた後に、全身をピカピカに磨き上げたのだった。




