第二十三話
屋敷に帰ってきたウェインを出迎えた華火は、彼がとても疲れているように見えてどうしたのだろうかと首を傾げた。
言葉が分かればいいのにと思いつつも、未だに名前以外の言葉を聞き分けることが出来ないでいる華火は小さく項垂れる。
ウェインを心配していたはずが、逆に彼から心配そうに見つめられてしまった華火は、小さく頭を振って、可愛いと思ってもらえるようにと、にこりと笑顔を浮かべる。
「うぇいんさん、わたしは大丈夫です。でも、大好きなうぇいんさんがとても疲れているみたいに見えて心配です」
そう言って、自分からウェインに抱き着いて見せたのだ。
いつもは、自分の体の重さを吹っ飛ばしてくれるウェインへのお礼もかねてのハグだった。
そんな可愛らしい華火の行動に、疲れも吹き飛んだとばかりに笑顔を見せるウェイン。
「アア、イーアワカフハナビオネロ。アミエチソス、アチサギカテラウィオタディクシアヅ。アィ、ウザヒアナジエソニク……。アア、イアテアツトウィトミコネロインハナビエチサキヌオヅ……」
お互いに思いを募らせていた華火とウェインは、マリアや他の使用人たちからニヨニヨとした視線で見つめられていたことを知らない。
いや、ウェインは気が付いていたが、それどころではなかったと言える。
いつものように華火に夕食を食べさせた後、ウェインは自分の部屋に華火を連れてきていた。
普段は、華火に与えている部屋に入り浸っているウェインだったが、今日は自分の部屋で華火と過ごしたかったのだ。
それはもちろん、華火と両思いなのか確かめたかったのもあったが、ウェインの部屋にはマリアを含む使用人たちは近づかないのが暗黙の了解となっていたのだ。
華火を自分の部屋に連れ込んでおいて、健全な男としてやましい気持ちが微塵も無いとは言えなかったが。
そんなウェインの心のうちを知らない華火は、滅多に入室出来ないウェインの私室に入れたことに胸をときめかせていた。
(どうしよう……。ウェインさんのお部屋。ウェインさんの匂いがする……。って、わたしは変態さんみたいなことを?!)
動揺しつつも、離れたくはない華火は、いつものようにウェインの足の間にちょこんと座っていた。
ウェインの広い胸に後ろから抱きしめられると、嬉しいような、緊張するような、それでいてドキドキする心は、もっと彼の体温を感じたいと思ってしまうのだ。
大人しくウェインの腕の中におさまっていた華火は、無性に彼の顔を見たくなっていた。
くるりと背後のウェインを振り向くと、彼の優しい紫の瞳と視線があっていた。
昨日の唇が触れ合ってもおかしくない距離を思い出してしまった華火は、胸がぎゅーっと締め付けられるよう気がした。
触れたい、触れて欲しい。
そんな思いが華火の未熟な恋心から溢れて止まらなくなっていた時、ウェインの瞳の色が濃くなったような気がして、よく見ようと華火が顔を寄せる。
すると、ウェインが小さく「アヘロアナドコトイウルズ……」と呟いた後、華火の体を持ち上げてその体の向きを変えさせたのだ。
ウェインの足を跨ぐように華火を座らせたウェインは、顔を赤くさせる華火の指先に触れて、その桜色の爪に口づける。
ちゅっ。
触れるだけの口づけに、華火は心臓が口から飛び出してしまいそうになったが、今日のウェインはいつもよりも積極的だった。
何度も華火の指にキスを繰り返すウェインは、唇で指に触れながら、熱い眼差しで華火を見つめる。
その瞳を見た華火は、まるで好きだと言われたような気がして、胸が甘く疼く。
気が付けば、骨ばっていて硬いウェインの大きな手に頬を撫でられていた。
その手が優しくて、華火の胸はきゅんと締め付けられる。
気が付けば、お互いの睫毛が触れるほどの距離に近づいていた。
「アディクサギミク。ウリエチシア。アラッタダィ、イーソヘテギナラケロ。エツンアン、イノニアニエチズーツ、オヤドコトイウルジヌオツンーハヘロ」
何を言われたのか分からないが、何かとても大切なことを言われた気がした華火は、無意識にぎゅっとウェインの上着を握っていた。
「言葉が分かればいいのに……。どうしてわたしは言葉が理解できないの? こんなにうぇいんさんが好きなのに、それを伝えられない……。すきぃ、すきです……」
華火が切なそうにそう言葉を紡いだ時、ウェインの指先が華火の小さな唇に触れていた。
何かを確かめるように、唇に触れるウェインの意図が分かってしまった華火は、ドキドキとする胸に触れた後に、きゅっとその瞳を閉じていた。
顔を真っ赤にさせた華火がぎゅっと目を瞑った時、ウェインはその細い体を抱きしめてから、華火の小さな唇を塞いでいた。
華火の唇に触れるウェインの形のいい薄い唇は、何度も啄むように優しいキスを繰り返す。
初めてのキスにどうしたらいいのか分からず、息を止める華火。
そんな、初々しい華火を可愛いと思うウェインは、彼女が息継ぎしやすいように唇を少しだけ離す。
唇が離れた瞬間、ようやく息が出来たかのように早い呼吸を繰り返す華火だったが、激しい呼吸が治まったのを待ち構えていたように、再びウェインに唇を奪われてしまっていた。
今度は、触れるだけではない、激しく奪うような口づけに、華火は翻弄される。
苦しいけれど、離れたくない。そんな気持ちに戸惑いながらも、キスに溺れそうになる華火は、必死にウェインのシャツを握る。
激しい口付けに、まるで食べられているみたいだと華火が思った時だった。
口づけの間に声が聞こえてきたのだ。
「アディクス。ウレチシア。ハナビオネロ……」
ただ、激しすぎる口付けに溺れてしまいそうな華火は、その変化に気が付けない。
それでも、溢れて止まらない気持ちをどうしても言葉にしたかったのだ。
「すきぃ~。うぇいんさんがすきです……。離れたくない、傍に居たい。ぎゅーってしてほしい。わたしを好きになってください……」
「イアヌカテラナホメロ。イアヌカチサナフ。イアチーナボス。イーソヘチーナボス。ウレチシア……、オチヒーソーチオネロ」




