第五十二話 〃
意識を失った後、どれほどの時間が経ったのか分からなかった。それでも、少しずつ感覚を取り戻していった華火が、初めに感じたことは、冷たい水の中にいるよう感覚だった。
それが変わったのはいつだったのかは分からないが、ふと気が付くと、優しい何かに包み込まれたかのような安心感を覚えるようになっていたのだ。
誰かに守ってもらっているような、そんな安心感だったと華火には思えてならなかった。
ゆらゆらと揺れる感覚に、赤ん坊が母親のおなかの中にいるような感じは、きっとこんな感じなのだろうとも思ったが、それよりも華火には自分の中でしっくりくる感覚に覚えがあった。
それは、ウェインの腕の中で感じた、この人は自分のことを本当に大切に思ってくれているのだという確信めいた思い。
その感覚だけで、華火はウェインの元に戻ってこられたのだと直感していた。
それからだった。この場所から外に出たいと強く思うようになったのは。
そして、安心感を覚えるようになった後から感じていた、淡く微かな光。その光は、華火が外に出たいと強く願うほどに、輝きを増していったのだ。そして、眩しいと思えるほどの強い光をつかみ取った次の瞬間、華火はついに水晶の中から外に抜け出すことに成功したのだ。
自部分の身に起きたことを話した華火は、最後に自分の中の推測も口に出していた。
「わたしの外皮? が出来ていたのは、恐らくなんですけど、液状化した空石の中にいたからだと……思います」
その言葉を聞いたウェインは、小さく頷いた後に、華火の頭を優しく撫でて言うのだ。
「アクオス。アヘチウチニシアラク、アナドゥオシラーゴトキアナリサギタテロアダム」
そう言って、今回の事象について、ウェインの方でも調べてみると約束したのだ。
その後の研究結果で明らかになるが、華火の推測は正しいものだった。
今回魔法式が空石の中心に刻まれた偶然がもたらした結果と言えた。研究の結果、空石の中心部を物理的に振動させることで、その組織を液状化させることが可能だと分かったのだ。
さらに、液状化した空石は、吸収の効果の他に別の効果を得ていたのだ。
それは、空石の内部に保存していたものを外敵から守ろうとする効果だ。
今回の場合、内部に保存していたものとは、華火のことで、外敵とは、華火を害する魔素のことだった。
その効果から、空石から外に出た瞬間、華火の体を守るように外皮が形成されたのだった。
この効果を発見した研究者たちは思ったのだ。
今後、第二第三のオニラノツ王国が現れないとも言い切れない。そして、瘴気に脅かされる日がまた来ないとも言い切れないと。
だから、今回発見した効果を研究し、瘴気への切り札を作ることを考えたのだ。
結果から言うと、研究に十数年ほど掛かりはしたが、瘴気を浄化する方法は確立された。
ただし、研究結果が実際に瘴気対策として利用されるような事態が起こることはなかった。
しかし、今回の研究は国の防衛面で絶大な効果を発揮することとなるのだ。
流行り病への対策もちろん、瘴気以外のあらゆる災厄から人々を守るための手段として確立していくのだった。
それと同時に、空石を人工的に作るという発想を持った人間が現れてから、この世界の技術はますます発展してった。
華火が水晶から解放されて幾日も経たないある日のことだった。
恭子が王城から忽然と姿を消したという知らせがウェインの元に届いたのだ。
そして、送還魔法の構築理論が書かれた全ての資料も同時に消えていたのだというのだ。
恭子が忽然と姿を消したという情報を華火に伝えるかどうかを迷った結果、正直に伝えることに決めたウェインから話を聞いた華火は、思い悩んだ後はっきりとした声で言うのだ。
「ごめんなさい。これは、わたしが付けないといけないけじめなんです。だから、行かせてください」
真っすぐにウェインを見つめる華火の榛色の瞳に何の迷いも恐れもなく、ただそこにあったのは、何かを決意した強い意志だけがあったのだ。
何度か迷うような素振りを見せたウェインだったが、華火の意思を尊重したいという思いから、重々しく頷くのだった。
普段あまり見せない、ウェインのしょんぼりとしたその姿に、愛おしさが胸の底から湧き上がるのを抑えられなかった華火は、頬を染めながらではあったが、肩を落としたウェインを自分から抱きしめて、少しだけ早口になりながらこう言うのだ。
「うぇいんさんを悲しませることはもうしたくないです。でも、それでも……。わたしを信じてくれてありがとう。うぇいんさん、大好きです」
そう言って、ウェインをぎゅっと抱きしめた華火は、愛おしい人に見守られながら、恭子の元にテレポートするのだった。
そして、恭子の元にテレポートした華火は、今まで知ることのなかった、恭子の心のうちを知らされることとなるのだ。




