Votum stellarum ~お星さまの願いを~
夜空の向こうの、さらに向こう。
地平の果ての、さらに果て。
そこにはむかしから、星の国と呼ばれる場所がありました。
普段はただ透き通るような闇だけが広がる場所。
そこでは数年に一度だけ、世界中のお星さまが集まって、とっても楽しいお祭りが開かれると言われています。
そしてお祭りが終わると、またなにもない寂しい空間に戻るのです。
お祭りの時期が来ると、お星さまたちは我先にとその場所を目指します。
お星さまが急いで夜空を駆け抜けていくその様子を、地上の人々は「流れ星」と呼んでいるのです。
綺麗で眺めの良いその光景は、人々にとってすごく神秘的に見えるようです。
だからでしょうか。
そんな流れ星を見るとみんな、お星さまにお願いごとをします。
そうすれば願いが叶うんだって、むかしから言い伝えられているからです。
でも実際のところ、夜空を駆けるお星さまにはそんな力はありません。
だからお願いごとを受け取ったお星さまは、星の国に到着するとまっさきに星の王さまの住むお城に向かいます。
星の王さまは、どんなお願いごとも簡単に叶えるとてもすごい力を持っているんです。
叶えるに値すると王さまが判断すれば、どんなお願いも必ず叶ってしまいます。
さて。
実はちょうど今夜が、四年ぶりに開かれたお祭りの日なのです。
先ほどから星の国には世界中からお星さまが殺到して、そこかしこで大盛り上がりを見せています。
だけれどもうすでに夜明けの時が近づいていて、あと数分もしないうちにお祭りは終わってしまいます。
お星さまたちは最後の瞬間まで楽しもうと、さらに気分を盛り上げていきます。
地上からは見えませんが、星の国だけ一際と明るく輝いています。
おや?
こんな時間になって、お星さまがひとつ、星の国に駆けこんできたようです。
遅刻でしょうか?
こっそり様子を見てみることにしましょう。
☆☆☆
「ふう、ここが星の国かぁ。初めて来たけど先輩たちの噂に聞いていた通り、美しい場所だなぁ」
辺りをきょろきょろと見渡しながら、お星さまは言いました。
この場所が初めてということは、まだ生まれて二、三年くらいでしょうか。
なので便宜上、このお星さまのことを「若手星」と呼ぶことにします。
「でも随分と出遅れてしまったみたいだぞ。もう地平線の向こうからかすかに朝陽が見えかけているし、夜もお祭りも終わりそうな気配だ。正直お祭りには興味ないけれど、託されたお願い事を星の王さまの元に届けなければいけないな。でもどこへ向かえば王さまに会えるんだろう」
若手星は自分の置かれた状況をつらつらと口に出し始めました。
真面目で責任感が高そうな口ぶりです。
だけれど行先が分からず、あたふたしているご様子。
「おおい、なんだお前。今頃やってきて。もう祭りも終わっちまうぞ」
端から見ていても焦っている若手星を見かねたのか、別のお星さまがわざわざ声をかけてきました。
「どうしたんだ。もしかして王さまのもとに行きたいのか?」
「は、はい。実はそうなんです! せっかくなので、僕を王さまのいる場所まで連れて行ってもらえませんか? 星の国に来るのは初めてなんです!」
「せっかくなので、の使い方がおかしくないか?」
声をかけられた若手星は、流れるように道案内をせがみました。
声をかけた方は若干困惑の色を見せましたが、すぐに気を取り直したようです。
「初めてなら仕方ねえな。いいだろう。連れてってやるよ」
「ありがとうございます、先輩! よろしくお願いします!」
親切なお星さまに連れられて、若手星は王さまの住むお城に向かいました。
とてつもなく広い星の国ですが、流石は流れ星のはしくれ。
二人は颯爽と駆け抜けて、すぐにお城の門に到着しました。
その途中で素敵なお祭りの光景をいくつも見かけましたが、それは別のお話。
もう間もなく夜が完全に明けてしまいそうな空模様の中、若手星はようやく星の王さまのもとに辿り着いたのでした。
どうやら間に合ったようです。
☆☆☆
「ごきげんよう、若き星よ。遠路はるばるわざわざご苦労――」
「こんばんわ、王さま。早速ですが時間も押しているので、僕が託された願いごとを叶えてください!」
若手星は懐から一枚の手紙を取り出して王さまに差し出しました。
地上からのお願いごとは、お手紙に形を変えてお星さまに届くのです。
王さまはざっと数秒ほど目を通すと、手紙を若手星に返してよこしました。
若手星はその反応を不安に思ったのか、おそるおそる口を開きます。
「ちゃんと全部読んでくれましたか? 適当に斜め読みしてませんか?」
「そのようなことはない。しかと一字一句全て目を通しておる」
「本当ですかぁ?」
疑わしそうな視線を送る若手星を見て、王さまはやれやれと溜息をつきました。
「お前さ、王さまに対してちょっと態度悪くねえか?」
「おや、道案内してくれた親切な先輩。まだいたんですか? もう帰っていいですよ」
「……お前がどういうやつなのか、分かりかけてきたぞ」
道案内してくれた親切な先輩のお星さまは、呆れたように頭を抱えました。
迷える若手星に話しかけた数分前の自分を後悔しているのかもしれません。
ところで、道案内してくれた親切な先輩のお星さまという表現は流石に長ったらしいので、次からは「先輩星」と表記することにしますね。
「無礼なやつを連れてきちまって、なんだかすみませんねぇ。王さま」
先輩星は王さまに謝りました。
割とフランクな口調ですが、これは無礼に当たらないのでしょうか。
「良い良い。とりあえず、その手紙に書かれた願いごとを今から暗誦してやろう。そうすれば私がちゃんと手紙を読んだと納得するのだろう?」
「是非とも、お願いしますよ」
若手星がそう言うと、王さまはおもむろに目を閉じました。
「うむ、その手紙にはこう書いてあったはずだ。――『お星さまお願い! となりのクラスの花江トシ君と付き合えますように! 具体的には、お互いを名前呼びしたり放課後にデートしたいです! もしも願いが叶ったら、手術を受ける勇気がもらえると思います! 生きる希望が湧きます! どうかなにとぞ! 願いを叶えてくれたら、お星さまの伝説は本物だってSNSで宣伝します! よろしくお願いします! 五年三組 綾瀬夜美より』……とな」
「す、すごい! 一字一句合ってる! さすがは王さまだぁ!」
無邪気にはしゃぐ若手星の様子をみて、王さまも満足そうです。
「要するに子供の恋愛祈願だ。なかなか趣きのある初々しい願いではないか」
「星が流れる一瞬の間によくここまで言葉を詰め込んだな、この子」
「僕としては、まず最初に手術の成功を願えばいいのにって思いますけど」
お願いごとの内容については、三者三様の感想のようでした。
「まあなんでもいいですけど、この願いは叶いますか?」
「馬鹿だなぁお前は。恋愛成就なんて定番すぎる願いだ。王さまにかかれば簡単に叶えてもらえるに決まってんだろう。ですよね、王さま?」
若手星と先輩星は期待を込めた視線を王さまに送りました。
ところが、王さまはなんと首を横に振るではありませんか。
「これは叶わぬ願いだ」
その言葉に、若手星は反射的に声を荒げました。
「な、なんでですか!? 僕が舐めた口の利き方をしたからですか!? だったら謝りますから、どうか五年三組の綾瀬夜美ちゃんの願いを叶えてあげてください!」
「舐めた口の自覚はあるのか……」
「無理なものは無理なのだ。諦めるがよい」
懇願する若手星に、王さまはなおも冷たく拒否の意志をつきつけます。
これには先輩星も納得いかないようでした。
「どういうことっすか、王さま。子供の色恋沙汰くらい王さまだったらちょちょいのちょいで運命操作できるはずじゃないんすか?」
「そうですよ! そんなんで王さまが務まるんですか!? 夜美ちゃんが手術を受けられなくなってもいいんですか!?」
若手星は王さまに食い下がります。
お願いごとを引き受けた流れ星としての矜持がそうさせたのでしょう。
少しの沈黙が流れたあと、王さまはようやく事情を話し出しました。
「――すでにその願いは、別の者によって叶えられている」
若手星は首をひねります。
言っていることが理解できなかったようです。
その言葉の意味を理解して口を開いたのは先輩星でした。
「ああ、なるほど。そういうことすか。王さま」
「うむ、まあ巡り合わせのようなものだな」
「一体なんなんですか? 僕にも教えてくださいよ!」
息巻く若手星をなだめるように、王さまは優しい声で説明を始めました。
「実は夜美ちゃんが恋をしている相手――花江トシ君は、すでに他の女の子と付き合っているのだ」
「……な、なんですか。そんなことですか。だったら王さまの力でそっちを別れさせればいいじゃないですか」
「それはならぬ。なぜならばその二人の縁を繋いだのは、この私だからだ」
「そ、それって……」
このあたりでようやく若手星も事情を察したようでした。
「お主がここに来る前に、すでに他の流れ星がやってきていたのだ。『同じクラスでずっと憧れていた花江トシ君とお付き合いしたいです。そしてとなりのクラスでお友だちの綾瀬夜美さんの手術が無事成功しますように。五年二組 天音ロキより』という願いごとを携えてな。それを先ほど私がすでに叶えてしまったのだ」
なんということでしょう。
一足遅かったようです。
遅れた到着がここにきて仇となりました。
「トシ君めちゃくちゃモテるじゃん」
「天音ロキの願いは全て叶えた。すなわち、綾瀬夜美の手術も成功するということだ。これでなにも問題なかろう?」
たしかに、夜美ちゃんの恋路以外は全てが丸く収まっています。
ですが若手星にとっては、到底受け入れられないようでした。
「そんなの認められませんよ! 夜美ちゃんの恋はどうなるんですか!? 願いが先着順なんて聞いてないですよ! 天音ロキの願いは叶えるのに夜美ちゃんの願いは叶えないなんて、そんなの片手落ちじゃないですか!」
「もとより全ての願いごとが叶うわけではない。お主も分かっておろう」
これは王さまの言う通りなのですが、若手星は納得しません。
王さま相手だというのに、その言葉はどんどん熱を帯びていきました。
「お願いです、王さま。トシ君と夜美ちゃんを恋人同士にしてください!」
「ならぬ。それでは二股になってしまう」
「だったら二股がダメとかいう概念を日本から消し去ればいいじゃないですか!」
「そんなことをしたら社会に混乱をきたすやもしれぬ。却下だ」
「女の子の恋と社会秩序、どっちが大事なんですか!? あなたはもしかして流れ星の王さまじゃなくて、事なかれの星の王さまなんじゃないですか!?」
「意味が分からぬ」
若手星も次々に提案をしますが、ことごとく断られてしまいます。
「だったらどこかの学校にいる同姓同名同学年の花江トシ君を夜美ちゃんのとなりのクラスに転校させて、それから二人をカップルにしてください!」
「できるが、それは本当に幸せな結末になるのか? お主はそれでいいのか?」
王さまの指摘に、若手星は言い淀みました。
そしてついには悔しさのあまり地団太を踏み始めます。
もはや夜美ちゃんのお願いなのか、若手星のお願いなのか。どうも感情移入しすぎています。
「落ち着こうぜ、後輩。星の国に来るのは今回が初めてだって言ってたよな? だから張りきってるのかもしれねえが、別に焦る必要なんてないんだぜ」
見かねた先輩星が二人の間に割って入りました。
「俺だって今までに七回くらい祭りの夜を経験してるがよ。託された地上の願いごとを王さまに叶えてもらったことなんて一回しかないんだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そうとも。そもそも誰にも見つけてもらえず願いを託されない流れ星だってたくさんいるんだ。お前はまだ若いんだし、また次回頑張ればいいじゃねえか」
先輩星の言葉に、若手星から少しばかり緊張と興奮が抜けていきました。
初めて託された願いごとをなんとしてでも叶えなければという責任感に縛られていた自分を、ようやく客観的に見ることができたようです。
「そうか、どうやら僕は少しばかり空回りしていたみたいですね」
「少しばかりじゃない気もするが、まあ分かればいいよ」
「はい。非常に残念ですが今回は大人しく諦めます。そして何年後かは分かりませんが、次のお祭りの夜には必ずや託された願いごとを叶えてみせます!」
「叶えるのはお前じゃないけど、まあその意気だぜ」
若手星は落ち着きを取り戻し、決意を新たにしたようです。
王さまと先輩星はそれを微笑ましそうに見ていました。
とりあえずはひと段落したみたいですね。
「そうだ、王さま」
若手星が思いついたように声をあげました。
まだなにか言うつもりなのかと王さまは身構えます。
「諦める代わりといってはぶしつけかもしれませんが、一つだけお願いを叶えてもらえませんでしょうか? 大したことではないんですけども」
「――それは、綾瀬夜美のではなく、お主の願いということかな?」
王さまが確認すると、若手星は頷きました。
「人間たちからの願いは幾度となく叶えてきたが、星から願われたのはお主が初めてだ。叶えるかどうかは別として、聞くだけ聞いてやろうではないか」
そう促されたので、若手星は願いごとを言いました。
王さまは黙って聞いていましたが、ほどなくして頷きました。
「分かった。その程度のことなら特別に叶えてやろう。今回だけだ」
「ありがとうございます、王さま」
承諾をもらった若手星は、ほっとしたように笑います。
そして王さまに頭を下げると、いそいそとお城を後にしました。
外に出ると、すでに朝陽が輝いていました。
たくさんいたお星さまも、ぼちぼち元いた場所に帰っていきます。
「俺ももう帰るわ。お前、次のお祭りには遅刻するなよ」
「分かっていますよ。それでは、ごきげんよう」
お互いに別れの意を示して、若手星と先輩星も星の国を去っていきました。
祭りの夜は終わったのです。
そうして気が付くと、いつの間にか星の国は跡形もなく消えていたのでした。
★★★
そして、数年が経ちました。
ある寒い夜のことです。
「――星が綺麗ね」
透き通るような星空に誘われて女の子が一人、ベランダに出ていました。
かじかむような冷たい空気のなか、顔や手が白くなっています。
「こんな素敵な夜には、あの人にもう一度会いたいなぁ」
そうつぶやくと体に熱が巡ったのか、ほのかに頬に赤みが戻りました。
口から漏れる白い息が、風に乗って夜空に消えていきます。
実はこの日の夕方、女の子は人生で何度目かの恋をしていました。
お相手は放課後に駅で出会った、格好いい男の子。
階段から落ちそうになったところを助けてもらったのです。
名前も知りませんが、着ていた制服はとなりの街の中学校のものでした。
連絡先も分かりませんし、運が良くない限りはもう二度と会えないでしょう。
「そういえば、前にもこんな夜があったなぁ」
五年前のことを思い出して、女の子は溜息をつきました。
あの時もちょうど今日のような満天の星空。
当時はちょっとした手術を控えて入院していた彼女は、窓の外で空を駆ける流れ星を見つけたのです。
すかさず心の中でお願い事をしました。
当時好きだった男の子の恋人になりたい、というお願い。
でも結局、それは叶いませんでした。
手術は無事に成功したので、それで一応満足しています。
ですが叶わなかったお願いのことが、心の中でずっとひっかかっていたのです。
そして今、あの時と同じような星空が真上にあります。
それは恋する女の子にとって、少し縁起が悪い気がするのでした。
「きっと今日出会ったあの人とは、もう会えないんだろうなあ」
あの日に胸に抱いた失恋の味が再び心に戻ってくるのを感じて、ついそんなことを考えてしまいます。
こんな気持ちになるくらいなら、もう部屋に戻ろう。
星なんて見たくない。そもそもなんでベランダに出たんだっけ。
そう女の子が思った、その時でした。
夜空の向こうに、きらりと光る星が流れてゆくのを見つけたのです。
それはあの日と全く同じように、蒼い弧を描いて空を駆けていきました。
あの人に会いたい。
とっさにそんな願いごとをしようとして、女の子は首を振ります。
流れ星に祈ったって、願いは叶わない。
あの日の夜に、それを知ってしまったから。
だけれどその時。
女の子の耳もとに、誰とも分からない声がどこからともなく聞こえてきました。
『大丈夫。今度は間に合いますから』
なにが大丈夫なのか。
間に合うとはどういう意味なのか。
わけが分かりませんでしたが、その声はなんだか温かくて、安心感があって。
気が付けば女の子は自分でも驚くほど素直な気持ちになって、流れ星に向かって願いごとをしていました。
それは流れ星が消えていくまでの一瞬の出来事なのかもしれないし、あるいは彼女の願いごとが終わるまで流れ星が消えず待ってくれていたかのようでもありました。
そうして不思議な時間が終わると、女の子はなんだか気持ちが明るくなって、温かい部屋に戻っていきました。
今度の願いごとはなぜだか叶いそうな、そんな予感があったのです。
☆☆☆
前のお祭りの夜。
若手星は王さまにこうお願いしました。
「あの子が次に恋をした日の夜を、次のお祭りにしてください」
王さまはこの願いを叶えました。
そして今夜、女の子の恋を合図に、再び星の国でお祭りが開かれます。
若手星はあの日からずっと、この瞬間のために女の子を見守り準備してきました。
だから今度は、間に合うと思います。
おしまい。