―エピローグ― 【またもう一度、この場所で】
「――みんな~、卒業おめでとう! 今日の日を持って、皆さんはこの星翔高校を卒業し、それぞれの新しい地に旅立っていきます。
でも、これだけは忘れないで。皆さんがこれからどんな道に進んでも、どんなに離れていても、あなたたちは私の自慢の教え子であることに変わりはありません。
だから…、私は、そんな、みんなの、ことを…。うわ~ん!」
話の途中、担任の黒崎が周りの目を気にせず、急に教壇で号泣し始める。
それにつられるように、教室のあちこちで生徒のすすり泣く声が聞こえてきた。
「私、黒崎先生と離れ離れなんて嫌だよ~!」
「私も~!」
中には黒崎のもとに駆け寄り、黒崎との別れを惜しんでいる生徒もいた。
そんな絵にかいたようなクラスの微笑ましい様子に、俺は頬肘をつきながら小さく笑みを溢した。
――三月九日、今日は星翔高校の卒業式。
本日、俺は晴れて星翔高校を卒業し、四月からは県外の四年制の国立大学へと進学する。
地元に未練が無いかと問われれば嘘にはなるが、やはり早いうちに新しい場所でたくさんのものを吸収するのがいいと考えたからだ。
また、前から一人暮らしの環境にも憧れていたため、そういう意味では地元にいるよりもずっと大きな収穫を得ることができるだろう。
卒業後の進路について相談を持ちかけたとき、一人っ子である俺を両親が快く新天地へ送り出してくれるのか、正直不安でいっぱいだった。
しかし、そんな俺の不安をよそに、父さんも母さんも俺の考えを否定することはなく、むしろ行って来いと背中を強く押してくれた。
(ホント、いい両親に恵まれてるよな、俺…)
「――あ~ゆむ、卒業おめ! さっきの卒業生代表の挨拶、いつにも増してカッコ良かったぜ!」
卒業式後の帰り道。俺が正門に向かって歩いている最中、大輔が後ろから駆け寄って勢いよく肩を組んできた。
「あぁ、サンキュー。お前も卒業おめ」
「おう! でも、傍から見てて今日はいつもより表情が硬かったな~。
緊張してんのは分かるけど、もうちょいリラックスしてても良かったんじゃね?」
大輔は両手の人差し指で自分の頬をグイッと押し上げ、笑顔を作った。
「お前な~、簡単に言ってくれるなよ?
あんなに大勢の生徒を前に話すだけでも緊張するのに、まして卒業生代表の挨拶なんて、余計に気を張らないわけにはいかないだろ…。
それとも、もしお願いしたらお前がやってくれたのか?」
「うへぇ、さすがにそれは勘弁だわ。そもそも俺が卒業生代表だなんて、俺はそんな大層な器の人間じゃねーし。
第一、問題児候補生の俺が卒業生代表なんて、それこそ卒業生のみんなに申し訳が立たないっての」
そう言って、大輔はケラケラと楽しそうに話していた。
そういえば、もう大輔とのこんな絡みも今日で最後になるのか…。
不意に胸の内から自然と寂しさが込み上げてきた。
「ん、なんだよ、そんな辛気臭い顔して?」
「いや、あんなに長かったはずの高校生活も、今日でもう終わりなんだなって思ってさ」
俺は後ろを振り返り、堂々とそびえ立つ学び舎を真っ直ぐに見つめた。
「言われてみれば、確かにな~。そう思うと、俺もなんか今さらになって名残惜しさが込み上げてきたぜ。
そういやお前、進学どうすんだっけ?」
「俺は県外の国立大に行くよ。
その先はまだ決めてねーけど、とりあえず何になるにしても、まずは知識や経験値を増やして、できる限り視野は広げといた方がいいかなって思ってさ。
あと、ようやく念願だった一人暮らしもできるしな」
俺は鼻の下を人差し指で軽くこすり、へへっと嬉しそうに呟いた。すると、
「そっか…、相変わらず感心するほど生真面目なやつだな、お前は。
んじゃ、やっぱり地元就職組みの俺とはバラバラか~」
大輔は頭の後ろで腕を組み、俺とは正反対にぎこちない笑みを浮かべた。
――4月から大輔は知人が営む地元の自動車整備工場に勤務する。
もちろん、俺と同じく大学進学という選択肢も十分にあったのだが、本人たっての希望で就職することに決めたらしい。
「まっ、寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだぜ? それまで首をなが~くして待っててやるからさ」
「オッケー。そういうお前も、時間があったらこっちに遊びに来いよな?
地元にないような美味い店とか観光地とか、いろいろ案内してやるよ」
「おう、期待してる! ついでに、大学で仲良くなった可愛い女の子がいたら、ぜひ紹介してくれよな?」
大輔は嬉しそうに勢いよく親指を立てた。
「いやいや、仮に知ってても教えねぇっつーの。
ってか、そもそもお前にはちゃんと彼女がいるってのに、浮気がバレて後でこっぴどく怒られても知らねーぞ?」
俺は目を細め、溜息交じりに呟く。すると、大輔は軽く丸めた拳で口元を押さえ、
「ぷっ、他の女の子と知り合っただけで浮気ってお前…。
まぁ、さすがに冗談だって、そんな真に受けんなよ。
あいつの悲しむ顔は見たくねーし、確かに今の俺には望海がいればそれで十分だからな」
チラッと白い歯を覗かせながら、満面の笑みを浮かべた。
「そっか…。まぁ、日頃からの言動や態度とは裏腹に、意外とお前は恋愛に関しては一途だもんな~。
何やかんやであいつと一年以上付き合ってるし」
すると、大輔は不満げに口を尖らせ、
「おいコラ、“意外と”は余計だっつーの。
まぁ、あいつはお前の知ってる通り、気が強くて頑固な性格だから、意見がぶつかることも多いんだけどな…。
ただ、それがあいつの良いところでもあるし、何よりもあいつといるとスゲー楽しいんだよ」
少し照れた様子で、はにかんだような笑顔をこぼした。
――大輔との望海が付き合い出したキッカケは一昨年の高校二年の夏のこと。
望海の知り合いの陸上部の娘を含めた四人で、たまたま海水浴に行った際、大輔が望海に告白。
一時は望海から返答を保留にされたものの、そのことがキッカケで望海も大輔を少しずつ意識するようになった。
そして、その後の俺の斡旋の甲斐もあり、二人は無事に今の関係に至った。
(あれっ、そういえば一緒に行った望海の陸上部の娘、なんて名前だったっけ…?)
「ん、どうした?」
俺の急な様子の変化に、大輔は不思議そうな顔を浮かべた。
「あっ、いや、何でも…。ってか、今年からはお前らも離れ離れになるだろ?
望海に別れの挨拶は済まさなくていいのかよ?」
「別れの挨拶ってお前、そんな大げさな…。
俺は卒業してもあいつとの関係は変わらず続けてくつもりだし、別に離れ離れっつっても、あいつとは会おうと思えばすぐに会えるからな~」
望海はというと、来月から地元にある美容師の専門学校に進学し、これからは一緒に集まる機会もほとんどなくなってしまうのだろう。
でも、不思議と寂しさはなく、むしろこれから新天地で成長していく大輔や望海の姿を見られることへの期待感の方が大きかった。
“歩夢お兄ちゃん、卒業おめでとう!”
ふと俺は後ろから名前を呼ばれた気がして、とっさに後ろを振り返る。
しかし、俺の単なる聞き違いか、俺のことを呼び止めようとしている人は見当たらなかった。
「んっ、歩夢? 今度は急に後ろなんか振り返って、何かあったのか?」
「えっ…? あっ、いや、別に何でも――」
「いやいや何でもないって、人の話の途中で真剣な顔で考え込むわ、急に後ろを振り返るわ、な~んかさっきからやけに様子が変だぞ…?」
すると、大輔は何か閃いたように、丸めた拳で手のひらをポンと軽く叩き、
「あ~っ‼ さてはお前、この間にテレビでやってた心霊特集に影響されて、“自分の背後に幽霊の気配が~”とか言うんじゃねーだろうな?
晴れ晴れしい卒業式の日に、そんな縁起でもない話はゴメンだぜ?」
「は? んなわけないだろ、そもそも霊感自体持ってないし。
まぁ、俺だって会えるもんなら一度くらい会ってみてーけど?」
俺は両手を小さく広げ、余裕だといわんばかりの表情を浮かべた。
「ほほ~っ、よく言うぜ。去年の夏にやった、生徒会の合宿ん時の肝試し大会で、俺らの中で一番ビビってたくせに~」
すると、大輔はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「合宿の肝試し大会…。ばっ、あ、あれはそういうんじゃないって。
そもそもあの時、お前が俺の横で急に“物陰から女の人の唸り声が聞こえる”とか、人の不安を煽るようなこと言わなきゃ――」
「あ~、はいはい。男の言い訳ほど見苦しいものはないぜ、星翔高校“元生徒会長”様?」
「ぐっ…。少しでも見栄を張ろうとした俺が悪かったよ、“元副会長”」
(にしても生徒会長、か…。自分の手には余りすぎた大層な肩書きとも、今日でオサラバなんだな)
俺と大輔、書記の望海、そして会計の橘御子の四人で生徒会室のテーブルを囲んでいた最近までの光景が、懐かしさと共に俺の頭にフラッシュバックした。
「――あっ、いたいた! お~い、歩夢~、大輔~!」
俺は名前の呼ばれた方へ振り返ると、遠くの望海と御子が手を左右に大きく振りながら、校舎の方から駆け寄ってきた。
「んもう、せっかく学園生活最後の日だっていうのに、歩夢たち帰るの早すぎ!
生徒会室にも部室にもいないし、さっきまで御子ちゃんと校内中を走り回って探したんだからね?」
今の望海の言葉が事実であることは、御子の様子を見れば明らかだった。
気温が温かいにも関わらず御子は赤ぶちの眼鏡を若干白く曇らせており、両膝に手をつけてゼーゼーと荒い息をあげている。
「望海、あんた、走るペース、早すぎ…。
気持ちが、はやってんのも、分かるけど…、もう少し、私の、ことも、考えなさいよ、バカ…」
(さすがにザ・文化部の御子が体力バカの望海に振り回されてたら、そりゃヘトヘトにもなるよな…)
俺は気の毒そうな顔を浮かべ、目の前の御子を一瞥した。
「そうだったのか、悪い悪い。んで、俺らを探したって、これから何かすんの?」
「う~んとね、さっきたまたま生徒会室に立ち寄ったら、生徒会の後輩のみんなから“記念に写真撮影しませんか~”って誘われちゃってさ。
だから、それでこれから生徒会室に行ってみんなで――。きゃあ!」
――突然に一陣の強い風が吹き、地面に横たわっていた多くの桜の花びらが上空に勢いよく舞い上がる。
そして、俺らの頭上へ花びらがシャワーのようにヒラヒラと降り注いできた。
「わぁ~、綺麗! 卒業式にフラワーシャワーって、なんかロマンチック!」
突然の出来事に感嘆の声をもらす望海、そして頭上を瞬き一つせずに見惚れている御子と大輔。
俺は不意に右手を目の前へ差し出す。すると、舞い上がった花弁のうちの一枚が手のひらにひらりと優しく乗った。
“何年後も、何十年後も…、そんな人をお兄ちゃんって呼べる――が誇らしくなるような、そんな人で居続けて下さい”
もう約束した相手の名前も顔も覚えてはいない。
あの時のことをどんなに思い出そうとしても、記憶に頑丈なフィルターがかかっているかのように、断片的な記憶すら蘇ってはこない。
でも、唯一交わしたこの約束とその時の情景だけは、不思議と鮮明に覚えている。
あれは確か、俺がまだ高校二年生だった時の秋頃。
夕暮れ時の、名前も知らぬ夕日に照らされたその娘と二人だけの静かな河原で…。
――あの日以来、右手の手のひらを見つめるたび、胸を熱くするそんな言葉がいつも脳裏をよぎる。
どうしてその娘とそんな約束を結んだのか、そもそも一人っ子の俺がその娘からお兄ちゃんと呼ばれたのか、今でも悩みの種が尽きない。
ただ、俺はこの言葉を胸にこれからも頑張ろうと思う。この先、どんな苦難が待ち受けていようとも。
名も知らぬ君に誇れるような、そんな自分でこれからも居続けるために――。
(この言葉を信じていれば、君といつか巡り合えるのかな…。また、もう一度だけ、この場所で…)
俺は静かに目を閉じ、手のひらに残る花弁をゆっくりと握りしめた。
―― Fin ――
改めまして、この度は本小説“また、もう一度だけ、この場所で…”を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
余談ではありますが本小説は私が大学生の頃より書き溜め続けていた作品で、読者の皆様に見守られながら、まずはこうして無事に完結させることができたことを私自身心より嬉しく感じています。
キッカケはほんの自己満足のために、ド素人の私が勢いだけで本小説を書き始めたが故、他作品に比べて内容や表現が拙く、読んでて物足りなさの残る作品であったかとは思います。
ですが、読み終えた読者の皆様のうちの誰か一人でも“本作を読んでよかった”と感じていただけた方がいたのであれば、私としても幸いです。
次回作については現時点でまだ検討段階ではありますが、もし今後に次回作を投稿する機会があれば、そのときはまたお付き合いいただけると嬉しいです。
最後に私事ではありますが、本作品に関しての感想やご評価をいただけると私の今後の執筆活動の励みになりますので、もしよろしければお願いします。
それでは、“また、もう一度、この場所で”皆様とお会いする日まで!




