終幕 【遠き日の願い、そして…】 / 第4節
あれだけ長い時間をかけて築き上げてきた、愛美との関係。しかし、外側からは強固に見えた関係も、内側から崩れ去るのはドミノ倒しのようにいとも容易かった。
俺がほんの小さな亀裂に指を触れてしまったことで、そこから瞬く間に傷口が広がり、気づけば自分自身でも取り返しのつかないことになってしまっていた。
あの時におとなしく亀裂から目を背けていれば、きっと今まで通りの関係でいられたはずなのに…。
――あの日を境に、俺は愛美から急激に距離を置くようになった。
「あっ、歩夢君、おはよ――」
「――…」
決して自分から彼女に声をかけることはなく、また、向こうから声をかけられても基本的にシカト。時折、前の席にいる彼女が視界に入ることすら煩わしく感じるようになった。
そんな俺の露骨な態度に、愛美は次第に声をかけてくることもなくなり、代わりに彼女の欠席の回数が日に日に増えていった。
(俺を裏切った当然の報いだ。むしろ、このぐらいのお灸をすえるのがちょうどいいだろ)
「歩夢、ちょっといい?」
――それからしばらく時の流れた、十一月二日の昼休み。突然、俺は望海に屋上へ呼び出された。
「何か用かよ? わざわざこんなところに呼び出して」
「――…。じ、実は愛美のことなんだけど…。歩夢、愛美と何かあったの? 最近、愛美に対してやけに冷たくない?」
「いや、別に何も…」
俺は望海から目を反らし、そっけない態度で言葉を返す。すると、
「――嘘よ…、何もないわけないじゃない⁉ 愛美がこの頃体調を崩して学校を休みがちになっているのも、どうせあんたが原因なんでしょ?
愛美がズル休みをするような子じゃないくらい、ウチは知ってるんだから!」
望海は突然、眉間にしわを寄せて声を張り上げた。
(はぁ…、こいつにはなんでもお見通しってわけか。前々から、そういう見透かしたような態度が気に食わねーんだよ!)
俺はギリッと強く歯ぎしりをし、拳を目一杯握りしめる。
望海の態度に俺の中でここ数日間ため込んでいた怒りが急激に込み上げ、それはもはや自分では抑制が効かないほど大きなものだった。
「はっ、だったら何だってんだよ? これは俺とアイツの問題だ。別に第三者のお前には関係ないだろ?」
「――っ! ウチにも関係があるから、こうしてわざわざ首を突っ込んでるんでしょ‼ なのに、アンタはそんなことも分からないわけ⁉」
突然、望海に力強く胸倉をつかまれ、バランスを崩した俺は近くのフェンスへ背中を強く打ちつける。ガチャリという金網の音が、物静かな屋上に大きく響き渡った。
「痛ってぇな、何すんだよ⁉ 何でお前は愛美のことになると、そうやっていちいち口を――」
「どうして…、どうしてこうなるまで、ウチに一言も相談してくれなかったのよ。あんたにとって、ウチはその程度の存在だったっていうの…」
さっきとはうって変わり、望海はうつむいたまま、肩を小刻みに震わせていた。
「望海…」
「ウチさ、ホントは前から好きだったんだ。あんたのこと」
「――えっ?」
望海からの思わぬ告白に、
(こいつは突然、何を言い出すんだ…?)
俺は一瞬にして怒りの感情が消え失せ、同時に頭が真っ白になる。
「だから、あとで歩夢が愛美と付き合っていたことを知った時、ウチはすごく胸が苦しくて。二人を素直に祝福したい反面で、幸せそうな愛美を妬んでいるウチがいた。
もしもあの海水浴の日の夜、勇気を出して歩夢に告白をしていたら、歩夢の隣にいたのは愛美じゃなくてウチだったのかなって。
そんなことを今でも思っている自分が心の片隅にいて…」
望海は俺の胸倉からそっと手を解き、だらりと力なく手をおろす。
「――でも、ウチは愛美のことを陰ながら応援しようと思った。だって、愛美はあんたと付き合ってから、心底から嬉しそうに笑顔を見せるようになったんだもん。
あの娘、部内でのイジメが原因で、ここ最近は無理して笑顔を作っていることの方が多かったから…」
(愛美が…、部活でイジメられていた?)
「おい、ちょっと待て! それはどういう事だ⁉」
その自分の言葉と同時に、俺はとっさに詰め寄って望海の両肩を強く掴んでいた。
「ちょっ…、痛いって」
「――あっ…、悪い」
俺はふと我に返り、両手を望海の肩から放して、再び距離を置いた。
俺の慌てたリアクションに、望海は信じられないというように目を丸くし、
「あんた…、彼氏なのにまさかそんなことも知らなかったの?
まぁ、愛美の性格を考えれば、あんたを心配させないために黙っていたのも頷けるわ」
顔をしかめ、大きな溜息を吐いた。
「そ、そんなわけないだろ? だって、教室じゃ、他の部員のやつとも普段通り話していたのを何度か見かけてたし、身体に痣とかも見あたらなかったし…」
「馬鹿ね、あんなの建前に決まってるじゃない? イジメを露骨に表に晒して楽しんでいるのは男子ぐらいなものよ。
女子のイジメは思っている以上に陰湿なの。それも、あんたたち男子には到底見当もつかないほどにね…。
ホント、あんたたち男子って思考回路が単純な生き物で羨ましいわ」
望海は呆れ果てたようにそう吐き捨て、やれやれと肩をすくめた。
「そんな…。にしたって、あいつがどうしてイジメに合わなきゃいけないんだよ⁉
あいつは…、無責任に他人を傷つけるようなことをするようなやつじゃないはずだろ?」
俺の言葉に、望海は急に口を噤む。そして、
「――そう。あんたの言う通り、直接愛美が女子部員の誰かに手を下したわけじゃない。あくまで愛美は一方的な被害者なのよ。
ただ、愛美の周囲で起きた、一つの不幸な事件がイジメの引き金だった…」
ゆっくりと囁くように小さな声で言った。
「不幸な…事件?」
俺は望海の言っていることが理解できず、困惑した表情を浮かべる。
「えぇ…。事の発端は、あの娘が陸上部のとある先輩を振ったことから始まったの」
そう言うと、望海は俺から目を反らし、重々しく口を開いた。
――望海の話によると、愛美がイジメを受けるようになった事の発端は、遡ることちょうど三か月前、八月二日の出来事。
陸上部にひときわ異彩を放つ、三年の男子の先輩がいたらしい。
彼の名前を工藤翔馬といい、成績優秀、スポーツ万能、おまけに俳優のような容姿という、才色兼備の持ち主。
まるで絵に描いたような彼の周りには、彼をアイドルのように崇拝している女子たちがいつも付きまとい、部内では彼氏にしたい男子ナンバーワンだったとか。
しかし、彼自身は恋愛というものにあまり関心が無かったようで、女子とは数多くの交友関係があったものの、三年生に上がっても彼女を作ることもなく学園生活を送っていたらしい。
――だが、そんな彼が大きく変わることになってしまったキッカケ。それは今年になって愛美が陸上部に入部してきたことだった。
工藤は入部してきた愛美を見るや否や、人が変わったように愛美へ猛アピール。そのせいで、彼に好意を寄せていた女子部員が少しずつ愛美から距離を置き始めたという。
しかし、そのときはまだ部内でイジメらしいイジメはなく、ごく一部の女子から煙たがられる程度だった。
それから時が経ち、インターハイを終えた運命の八月二日。
工藤は部活引退を目前に控え、そのタイミングを見計らって愛美に告白をしたらしいのだが、
「先輩、お気持ちは非常にありがたいのですが…、ごめんなさい。私、先輩とは付き合えません」
愛美からあえなくフラれ、その後も諦めずに何度かしつこく告白を繰り返したそうだが、結局は最後まで愛美に取り合ってもらえなかった。
そして、その日を境に数日間、工藤は部活の無断欠席を繰り返していたらしい。
――それからしばらく経ったある日の事。
久しぶりに部活へ姿を見せた工藤からは、かつての面影が消失し、まるで同じ皮をかぶった別人と言っても過言ではなかった。
仲の良い男子部員、そして男子生徒とのやり取りは相変わらずだったものの、
「あ? ブスが俺に何の用? 目障りだわ、とっとと俺の前から消え失せろっての」
あの日の失恋を機に、工藤は女子への態度が一気に豹変。
彼は自分に近づいてくる女子に対して軽蔑の目と失言を浴びせるような、そんなどうしようもない人間に成り下がり、それは周りの男子部員やコーチも手がつけられないほど。
それから日を待たずして、彼は何も言わぬまま陸上部、そして学園から忽然と姿を消してしまったという。
その一連の事件が原因で、彼を慕い、敬っていた一部の女子部員たちの妬みや憎悪が爆発。
彼女たちは工藤が豹変した責任を全て愛美一人に押しつけ、愛美は彼女らに為す術もなくイジメの標的になってしまったとのことだった。
「――ウチもあの事件が起こるまで、工藤先輩のことを少なからず気にかけていたのは事実よ。
でも、だからって先輩を振った愛美が周りからイジメを受けるのは、さすがに納得がいかなかった。
先輩が誰を好きになろうと、それは先輩の自由で、第三者のウチらは先輩のその気持ちに干渉しちゃいけない。
たとえその先で先輩がどんな結末を迎えようとも、ウチらはその事実を素直に受け止めるべきじゃないの⁉」
望海は訴えかけるような表情で強く言った後、
「なのに、あいつらはいつまでも過去の先輩の幻想に囚われて、“アンタが入部しなきゃ、先輩はこんなことにならなかったんだ”って、寄ってたかって愛美のせいにして…」
再び目を伏せ、グッと歯を食いしばる。
「何とかして…あげられなかったのか? お前、いつもあいつの一番傍にいたんだろ?」
「そりゃ、ウチだって最初はなんとかしようと努力はしたんだ! だけど、ウチ一人じゃどうしようもなかったのよ…。
あいつらはすぐさま周囲に愛美のあることないことを吹き込んで、関係のない周りの人たちまで次々と自分たち側に引き込んで。そして、気がついたときには…、もう――」
彼女からは女子部員たちへの怒り、そして何もできない自分への無力さがひしひしと伝わってきた。
「だからね…、あんたとのデートのこと、ウチと二人きりの時に楽しそうに話す愛美を見て、きっとこれが正解だったんだろうなって。今のあの娘を救ってあげられるのは、世界中で歩夢しかいないんだろうなって、不意に確信したの。
愛美の笑顔を取り戻すためだったら、ウチはあの娘のために喜んで犠牲になろう。そう、思ってたのに…」
望海は目を伏せたまま、再び小刻みに肩を震わせる。
「――だからこそ、今のアンタが許せない。どんな事情があったかウチには分からないけど、愛美を平気で傷つけ、それでいて平然としている今のアンタが!」
望海はうつむいていた顔をあげ、俺の目をキッと力強く見つめる。彼女は瞳を充血させ、頬には涙腺の跡がうっすらと残っていた。
俺はそんな望海に返す言葉が見つからず、
「――…。悪い」
望海から気まずそうに視線を反らし、ただ一言ボソッと小さく呟く。
「ウチが言いたいのは、ただそれだけ。これから愛美とどう接していくのか、それは歩夢自身が決めることだし、本当はこうしてウチが余計な口出しをしちゃいけないのは分かってる。
だけど、最近のあんたを見てると、どうしても言わなきゃ気が済まなかったのよ。その点、ウチもきっとあいつらと何も変わらないわね…」
そう言って、やれやれと望海は深く溜息をつく。それから、放心したように立ち尽くしている俺に踵を返すと、
「――ウチが好きだった歩夢は、いったいどこに行ってしまったの?」
ぽつりと寂しそうにそう言い残し、さっさと屋上を去っていった。
――その日の帰り道。俺は昼休みに望海から告げられたことが、しこりのように俺の頭から離れようとしなかった。
(ちっ、なんだよ、望海のやつ。結局、俺が全部悪いってのかよ。そもそも元はといえば、あいつが…)
すると、
「――あれっ、歩夢じゃん! お~い!」
聞き覚えのある声が俺の耳に飛び込んできた。顔を上げると、偶然にも大輔が校門の前で数人の男子生徒と談笑している最中だった。
そして俺の存在に気づいた彼は、友達との会話を中断してこちらに駆け寄ってきた。
「――大輔…」
今、こいつに愛美のことを打ち明けるべきか。いや、でもまだ…。何を言おうか、俺が次の言葉を言い出しあぐねていると、
「ん、今日は珍しくお前ひとりなのか? いつもだったら、愛美ちゃんと一緒に帰ってたような…。
あ~っ、さてはお前、愛美ちゃんと喧嘩でもしたんだろ~?」
大輔は俺の真横に立ち、ニコニコしながら肘で俺の腕を軽く小突いてきた。
(――ぐっ。的確に痛いとこついてくるな、こいつ…)
「そ、そんなんじゃねーって。俺だって、たまには一人で帰りたい日もあるさ…。にしてもお前、部活はどうしたんだよ?」
俺は気まずさからとっさに話の腰を折ってしまい、自ら打ち明けるタイミングを潰してしまった。
「あー、今日はたまたま休み。なんでも、放課後から体育館の照明機材点検があるみたいで、基本的に生徒は立ち入り禁止なんだとさ。
んで、やることもないから仕方なく今から帰ろうと思ってたとこ。
なぁ、ここで会ったのも何かの縁だし、久しぶりに一緒に帰らないか?」
「あぁ、分かったよ。別に断るような理由もないしな」
――それから、俺たちは蒼みかかった夕暮れの道を、二人並んで歩く。
「そういや最近、学校で愛美ちゃんの姿をあまり見かけなくなったような気がするんだけど、お前知らない?」
大輔が唐突に質問を投げかける。
「さ、さぁな…。部活のしすぎで、風邪でもこじらせたんじゃないのか?」
俺は二人きりになっても未だに打ち明ける決心がつかず、相変わらず言葉を濁し続けていた。
「さぁな、ってお前…。彼女に何かあったら、ちゃんと心配してあげろよな~。一応、彼氏なんだからさ」
そんな俺の冷めた態度に、大輔は半ばあきれ顔のまま苦笑い。
「彼氏、か…。彼氏っていったい何なんだろうな?」
「おいおい、急にどうしたんだよ? そんな感傷的になって」
「いや、別に…。ただ、都合よく慣れ合うだけの存在なら、別に友達と何も変わらないんじゃないかなって思っただけ…」
俺の言葉を聞いた大輔は、驚いたように一瞬目を大きく見開き、
「んっ、それの何がいけないんだ? 彼氏彼女の関係なんて、普通そんなもんなんじゃないのか?」
困り果てたように首を傾げる。
「俺的にはなんか、こう…。上手くは言えないんだけど、親友以上に二人だけの特別なものをいつも共有し合ってて、普段からお互いに一切の隠し事をしないような深い信頼を築けてる関係っつーか、なんつーか…」
すると、大輔はつまらなそうに頭の後ろに手を組み、
「ふ~ん。なんかそれ、スゲー息苦しい。俺がもし愛美ちゃんの立場だったら、そんな関係はまっぴらごめんだね」
吐き捨てるようにそう呟いた。
「――えっ? それはどういう…」
「だってさ~、お前の思い描いている理想の関係って、言い換えれば自分のリュックの中身を全て並べて、いつもお互いの目の届くところに保管しておくようなもんじゃん?」
「それの何がいけないんだ? 長く付き合っていく上で、恋人同士なら相手のことをできるだけ多く知っておきたいっていうのは当たり前なんじゃないのか?」
「う~ん、まぁ、歩夢の考えも分からなくはないんだけどさ…。でも、そういう凝り固まった考えだから、お前は頭が固いって言われるんだよ」
「なっ、そんなこと――」
すると突然、大輔は俺の言葉を制すように、立てた人差し指を俺の顔の前に突き出し、
「いいか、歩夢? 俺らは人生の中で、日々の思い出や出来事を自分のリュックの中に仕舞って生きているわけだけど、それら全てが必ずしも綺麗なものだけとは限らないだろ?
そりゃ、当然生きてりゃ楽しいことだけじゃなく悲しいこともあるし、中にはいじめやトラウマみたいに本人が二度と思い出したくないような、そんな辛い記憶を奥底に仕舞っていることだってあるかもしれない。
お前だって、少なからず思い当たることはあるだろ?」
「――…。愛美の、こととか…」
俺は視線を落とし、拳を強く握る。
「な? そのことをこうして口に出すだけでも、本人には相当な覚悟が必要なんだ。だから、相手に見せる中身を決めるのはあくまで自分自身で、それを誰かが強制しちゃいけない。
もし自分のエゴで、相手にとって触れられたくない物にまで無理矢理に手を伸ばしてしまったことが、知らないうちに相手を深く傷つけてしまうことだってあるんだぜ?」
そこで大輔は一呼吸を置く。そして、
「――だからこそ、お互いを大切に想うのなら隠し事の一つや二つ、別に持っていたっていいと思う。それをどう扱うかは本人の自由だし、そんなのは大した問題じゃない。
ただ、恋人として本当に必要なのはどんな時も、どんなことがあっても、ひたむきに目の前の相手を信じ続けることなんじゃねぇのかな?」
「――目の前の相手を…、信じ続けること」
俺は茜色に染まる空を仰ぎ、心の中で再び同じ言葉を繰り返す。
“どんなことがあっても、私は歩夢君を信じるよ。だから、歩夢君も私を信じて…”
(そういえば、前に愛美に同じようなことを言われてたっけ…)
そして、クスッと小さく笑みを溢した。
「大輔、ありがとな。お前のおかげで、ようやく心が救われたよ。今日、こうしてお前と話せて良かった」
「えっ? あ、あぁ…。まぁ、よくわからないけど、今のお前が少しでも元気になってくれたなら、結果オーライってことで…いいのか?」
大輔はあまり腑に落ちない様子で、再び首をかしげていた。
――俺は今日まで大きな勘違いをしていたのかもしれない。
愛美が以前俺に言った、“あなたの心の闇は私も一緒に背負っていく”という言葉。
俺はあの言葉を自分の都合のいいように解釈し、一方的に彼女へ自分の闇を押し付けていたのではなかろうか。
そして、今回はその代償に彼女が望んでもいない闇の部分にまで無断で足を突っ込んで、それを無理矢理にでも背負おうと躍起になって…。
お互いに全てをさらけ出し、共有し合える関係こそが恋人として何よりも正しいのだと、信じて疑わなかった自分がいた。
だからこそ、その部分を本人の口から直接打ち明けられずにいたことが、自分への裏切りだと勝手に思い込んでいたんだ。
――でも、もしかしたらそれは違うのかもしれない。相手を信用できないから打ち明けられないんじゃない。
むしろ大輔の言うように、自分を大切に想うからこそ、自分の胸に仕舞っておきたいことだってあるんじゃないか?
かつての俺が抱いていた、“自分自身を傷つけたくない”という防衛本能。いや、そんな単純なものじゃない。
きっと彼女は、何か大きなものを背負っているのだろう。それこそ、恋人の俺にすら打ち明けられないような計り知れない何かを…。
まぁ、それは俺の考え過ぎで、もしかしたらあいつは俺が思っている以上に、端に本音を打ち明けるのが不器用だったっていう単純な話なのかもしれないけど。
――なんにせよ、俺は彼女を深く傷つけてしまったことは事実で、もしかしたら以前のような関係にはもう戻れないのかもしれない。
だけど、俺はもう一度ちゃんと愛美と話がしたい。いや、話をしなければならないんだ。
今のうやむやな関係に終止符を打つため、そして、何よりもここ数日間ずっと路頭に迷っていた俺に正しい道を指し示してくれた、望海や大輔のために…。
終幕 【遠き日の願い、そして…】 / 第5節は次週、2020年9月23日(水)の投稿予定となります。
次回の投稿までに読者の皆様には、再度お時間を頂戴させていただく形となってしまいますが、引き続き本作品をご愛読いただけると幸いです。




