第2幕 【それぞれの想い、その先に…】 / 第6節
「ただいま~…」
「お、お邪魔しま~す…」
俺らが重い足取りで家に着くと、玄関で由美子おばさんが笑顔で迎え入れてくれた。
「あらっ、お帰りなさい。みんな、お疲れモードみたいね~。ちょうどこれから夕飯の支度をするつもりだったから、支度が終わるまでのしばらく間、お部屋でゆっくり休んでていいわよ」
由美子おばさんは衰弱した俺らの姿を見て、クスっと笑みを溢す。
「あなた~、望海ちゃんたちが帰ってきたわよ」
由美子おばさんが奥の方へ呼びかけると、慎也おじさんがゆっくりと奥の階段から姿を現した。
「やぁ、みんなお帰り~…って、ちょっとちょっと! ぐったりして今にも倒れそうだけど、ホントに大丈夫かい⁉」
由美子おばさんとは対照的に、慎也おじさんは思わず目を丸くしていた。リアクションから察するに、傍から今の俺らの姿を見たら、数多の死線をくぐり抜け、やっとの思いで祖国に帰還した兵士のようなのかもしれない。
実際、海岸で酷使しすぎた足は既にガクガクと悲鳴を上げており、少しでも気を抜くと膝からいとも簡単に崩れ落ちそうだ。
「あは、あはは――…」
慎也おじさんの言葉に、俺はぎこちない笑みを返すだけで精一杯だった。
――その後、俺らは慎也おじさんに誘導されて三階の寝室へ。部屋の割り当ては俺と大輔、愛美と望海の二組に分けられ、それぞれの部屋に案内された。
寝室の広さは七畳ほどで、室内には大きなベッドに加え、個別のトイレやシャワールーム、テレビまでも完備。そして、いつでも寝られるように、既にベッドメイキングまで施されている。
それの光景はまるで、ビジネスホテルの一室を彷彿とさせた。
俺と大輔は残りの力を振り絞り、応接間の荷物をやっとの思いで部屋に運びこむ。それから、目の前のベッドへ一目散にうつ伏せの状態でダイブした。
よほど高価なベッドらしく、ダイブの衝撃をいともたやすく吸収し、静かに沈み込んでゆく。その何とも言えない感触が疲労の溜まった身体全体に染みわたり、とても心地よかった。
「大輔、いよいよ…だな」
俺は枕に顔を埋めたまま、そっと大輔に呟いた。
「――…。あぁ…、分かってるよ」
大輔は俺の言葉の意味を察したようで、仰向けになって静かに返事を返す。
「ちなみに、どのタイミングで告白するんだ? まずは、どうにかして愛美と二人っきりにならないことには、告白も何もないだろ?」
すると、
「ふっ、そのへんは心配せずともちゃんと考えてるぜ。そして、そのために俺が用意してきた、とっておきの秘密兵器もな。歩夢、知りたいか? 知りたいだろ~?」
大輔は俺の方へ視線を移し、妙にウキウキした様子で話しかけてきた。
――が、海水浴で疲れ果てていた俺は、大輔のテンションに合わせる余裕はもはや無かった。
「あ~、んじゃあ遠慮しとくわ。お前が話す気がないんなら、別に無理には聞か―――」
「ゴメンゴメン、調子に乗った俺が悪かった。歩夢さん、そんな冷たいこと言わないでぜひ聞いてください!」
大輔は勢いよく上体を起こし、俺の方に身体を向けてからパチンと勢いよく手を合わせた。
「やれやれ、初めから素直にそう言えばいいのに…。んで、お前が言うその秘密兵器ってのは?」
「うむ、よくぞ聞いてくれました! う~んと、それはだな~…」
そう言うと、大輔はゆっくりとベッドから立ち上がり、自分のバッグの方へ。そして、自分のバッグの中をガサゴソとあさり始めた。
「おっ、あったあった。よいしょっと」
かけ声とともに、大輔がバッグの中から秘密兵器と呼ばれる“あるもの”を強引に引っ張り出した。
「それって…、“花火”だよな? 一泊二日にしてはやけにデカい荷物だな~とは思ってたけど、わざわざそんなものを…」
よく見ると線香花火を含むいくつかの手持ち花火セットに加え、
「え~っと、これが打ち上げ花火で、こっちがロケット花火、それから―――」
多様な種類の花火を数多く持ってきており、実質、花火だけでバックのスペースの半分近くを占めていた。
これにはさすがの俺も予想外で、こいつはもはや海水浴云々よりも、花火をするためだけにここに来たんじゃないかと疑いたくなるほどだった。
――大輔によると、夕食後に密かに持参してきた秘密兵器(花火)のことを打ち明け、愛美たちを海岸まで誘導。それから花火をみんなで楽しんだ後、俺が望海と一足先に家へ戻り、大輔と愛美の二人きりのシチュエーションを作る。
そして、最後は二人きりになった海岸で、大輔が愛美に告白するっていうのが、大輔が昨晩に徹夜で考えてきた一連の流れらしい。
「――って感じなんだけど、どうよ? 俺にしては素晴らしいアイディアだと思わね?」
そう言って、大輔はふっと鼻息を漏らし、自慢げにドヤ顔。
「なるほどね~、お前にしてはよく考えたな。いいんじゃないか?」
――なんて言ってはみたものの、俺は本当はその計画に不安要素を見つけてしまった。
でも、それは可能性としてはほんの些細なものだし、何よりも今は大輔の自信を喪失させないよう、否定的な意見は口をつぐんでおこう…。
「へへっ、だろだろ~? それじゃ、お前からも無事に了解を得られたことだし、あとは実行に移すのみだな」
まさか自分の計画に不安要素を抱えているとはつゆ知らず、大輔は意気揚々としていた。
「あぁ、健闘を祈るぜ。告白の時にまたテンパってヘマするなよ?」
「おう、分かってるって。さすがに同じ轍は二度も踏まねーよ。この背中に刻み込まれた、お前の手形にかけてな!」
そう言って、大輔は着ていたシャツを脱ぎ、まだ背中にくっきりと残っている手形の跡を見せつけてきた。
「ふっ、ならいいけど。とりあえず、夕食もまだ見たみたいだし、仮眠でもとって身体を少しでも休ませようぜ」
そう言って、俺は再びうつ伏せになり、ふかふかの枕に顔を埋めた。
「だな~。んじゃあ、お休み」
――それからしばらくして、室内に取り付けられている電話が鳴り、由美子おばさんから夕食のコールがかかってきた。仮眠をとっていた俺らは重い足取りで螺旋階段を下り、長い廊下を歩く。
そして、一階の突き当りにあるダイニングのゆっくりと扉を開けた。
するとそこには、きらびやかな料理がテーブル一面に所狭しと並んでいた。
色とりどりの刺身が敷き詰められた船盛り、アワビのステーキ、クルマエビの味噌汁、キンメダイの煮つけ等々。沿岸地域ならではの新鮮な海の幸をふんだんに使った料理の数々に、俺は思わずよだれが滴り落ちそうになった。
「うわーっ、すっごーい! こんなに美味しそうな料理、生まれて初めてかも‼」
「スゲーうまそう! まさかこんな贅沢な料理が食べられるなんて、夢にも思ってなかったぜ‼」
無論、それは俺だけでなく、愛美や大輔も料理を前にキラキラと目を輝かせている。
「おばさん…、こ、これっ、どうしたんですか⁉」
望海もこれには予想外だったらしく、呆気にとられていた。
「せっかく遠路はるばる来てくれたんだから、ここでしか味わえない料理をぜひ食べて帰ってもらおうと思って。みんなが海水浴を楽しんでいる間、知り合いの漁師さんから海産物をたくさんいただいてきたのよ。
でも、ちょっと気合を入れすぎちゃったかしらね~」
由美子おばさんは口元に軽く手を添えて、フフッと笑みを浮かべた。
――後から聞いた望海によると、由美子おばさんは元々とある老舗旅館で、一時期料理長として働いていたらしい。
それ故に、そこで鍛え上げられた料理の腕は、あのミシュ○ンの審査員の舌を唸らせるほどだとか…。
「みんな、いっぱい遊んできてお腹がペコペコでしょ? ささっ、遠慮えずにたくさん食べてね?」
「「「「はい、いっただきまーす!」」」」
それから、俺ら四人は由美子おばさんの手料理を夢中で頬張った。どの料理も言葉にならないくらい美味で、そのせいか、ほんの十分足らずでほとんどの皿が空っぽに。
慎也おじさんや由美子おばさんは、そんな俺らを微笑ましい表情で見つめていた。
「――あ、あのさ…。実は俺、みんなに内緒で花火持ってきたんだけど、これからみんなで海岸に行って花火でもやらない? 外は相変わらず天気もいいし、やっぱ夏の醍醐味っていったら花火は外せないかな~って思ってさ!」
夕食後、待っていましたと言わんばかりに、大輔が愛美たちに提案を持ちかけた。
しかし、
「う~ん…。私、さっき思いっきり遊んだから、今日はもうくたくたでさ…。大輔君、せっかくのお誘いはありがたいだけど、ゴメンね~」
「ウチも愛美に同感かな~。なんなら、大輔君と歩夢の二人で楽しんで来れば?」
愛美と望海は眠気眼を擦りながら、気だるそうに言葉を返した。
「――えっ、そ、そうなんだ…。炎天下の中あれだけ動いてたら、やっぱりみんな疲れてるよね~、あははっ―――…」
愛美たちの予想外の反応に、大輔は戸惑っていた。それから、助けてくれと言わんばかりに涙目で俺へ視線を送り、ヘルプを求めてきた。
――俺の一番恐れていたことが、現実になってしまった…。大輔の計画における不安要素。それは、今の俺らに花火をする余裕が体力的にも精神的にもほとんど残っていないってこと。
まぁ、ノリの良い愛美や望海なら快く大輔の提案に乗るだろうと思って、ほとんど心配はしていなかったのだが、二人とも日中の移動や海水浴で想像以上に体力を消費していたらしい。
(はぁ…、しゃーねーな)
「わり。愛美、ちょっといいか?」
そう言って、俺は渋々椅子から重い腰を上げ、愛美に声をかける。
「ん? いいけど、どうしたの~?」
椅子に座っていた愛美はゆっくりと俺の顔を見上げ、不思議そうに見つめていた。
「大輔、望海。二人とも、ここでちょっと待っていてくれ。すぐに戻ってくるから」
――それから、俺と愛美の二人はダイニングから席を外し、二階のバルコニーへと場所を移した。雲の切れ間からは木漏れ日のような月明かりが差し込み、バルコニー全体をうっすらと照らしている。
移動中、俺が愛美の方へさりげなく視線を移すと、愛美は無言のまま、まるで親鳥の背を追うヒヨコのように、俺の後ろをトコトコとついてきている。しかし、その表情には不安が見え隠れしており、彼女の微々たる緊張が伝わってきた。
「わざわざ呼び出してゴメンな。別にお前を取って食おうとか、そういうわけじゃないんだ。ただ、お前にちょっと相談事があってさ…」
「――相談…事?」
俺の言葉に、愛美はキョトンとした表情を浮かべた。
「あぁ。用件だけ手短に話すと、これから大輔が海岸でお前に大事な話をしたいらしいんだよ。さっきあいつが急に花火のことを持ち出したもの、実はそのためだったんだ。
別にこれから大輔と花火をしろとは言わない。ただ、せめてあいつと一緒に海岸までついて行ってやってくれないか?」
俺はバルコニーの手すりに両肘をかけてもたれかかり、真摯な表情でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そうなんだ、大輔君が、私に…。でも、わざわざまた海岸まで行かなくても、みんながいるダイニングで話してくれてもいいのにね?」
愛美は人差し指を下顎に押し当て、軽く首を傾げた。
「まぁまぁ、そう言うなって。お前と二人きりじゃないと話せないこともあるんだよ、きっと…。だから、頼む!」
俺は愛美に手を合わせ、深々と頭を下げる。愛美はそんな俺の珍しく必死な姿に驚いたのか目を一瞬大きく見開き、腕を組んで少し考え込んだ。
そして、
「うん、わかった。いいよ」
と、穏やかな笑顔で一言。
「えっ、ホントか! スマンな、それは助かる。このお礼はいつか必ず返すよ」
「いやいや、お礼だなんてそんな…。私も前に一度、歩夢君に無理なお願いしちゃってたから、実は私も歩夢君に何かお返しできないかなって考えてたんだよね。だから、歩夢君の頼みなら喜んで引き受けさせてもらうよ」
愛美は人差し指で頬を掻きながら、えへへっと笑みを溢した。
「そっか…。なら、今回の件で貸し借りはチャラな?」
「うん!」
――無事に愛美との交渉を終えた俺は、何事もなかったかのように平然とダイニングに戻った。
ダイニングに入ると、すかさず大輔が俺の肩を組み、愛美と距離をとるようにダイニングの隅へ。
そして、小声で話しかけてきた。
「おい、歩夢! さっきまでお前、愛美ちゃんと二人っきりでコソコソと何を…。はっ、まさか親友の俺を差し置いて抜けがけ―――」
「告白、して来いよ」
大輔の言葉を遮り、おもむろに俺は真剣な眼差しで大輔の目を見る。
「――えっ、告白? だって、さっき花火は中止になったばっかりだし、俺の計画は…」
大輔は俺の言葉の意味が分からず、混乱しているようだった。まぁ、唐突にこんなことを言われたら、困惑するのも無理はないか…。
「はぁ…、計画通り事が進まないと何もできないのかよ、お前は。端的に言うと、お前と愛美の二人きりで海岸に行かせるために、俺がさっきまであいつを説得してたんだよ。あいつ、行ってくれるってさ」
「――…。えっ、マジ…? あ、歩夢、やっぱりお前ってやつは~」
大輔は嬉しさのあまり、右手で目頭を軽く押さえた。そんな大輔の姿に、俺は思わず苦笑い。
「おいおい、泣くのはまだはえーって。涙を流すのは、あいつからちゃんとオッケーの返事を貰った後にしろよな?」
そして、彼の背中を押すように、肩を組んでいた方の手で軽く背中を叩いた。
「痛っ…。あぁ、わかったよ、ホントにサンキューな! お前の苦労、絶対に無駄にはしないぜ!」
――その後、俺らは各自の部屋に戻った。それからすぐに大輔は愛美を連れて、二人きりで夜の海岸へと出かけて行った。
俺がベッドに寄り掛かりながらテレビをなんとなく眺めていると、部屋の扉をコンコンと軽くノックする音が聞こえた。
何事かと俺が不思議そうに扉を開けると、そこにはなぜか望海が神妙な面持ちで立っていた。
「――あのさ、愛美どこに行ったか知らない? さっき、大輔君と二人でどこかに出かけたみたいなんだけど…」
「さぁな。まぁ、心配しなくても、そのうち帰ってくんだろ?」
俺はわざととぼけたフリをして、返事を返す。
(そういや、コイツだけ話の素性を知らないんだっけか…)
「そっか、歩夢も聞かされてないんだ…。最近は物騒だから、ちょっと二人のことが心配になっちゃってさ。愛美から行き先も聞いてないし…」
まるで二人の母親のような望海の口ぶりに、俺は思わずあきれ顔になる。
「お前な~。俺らはもう高校生なんだし、そのへんはちゃんと弁えてるって。第一、親でもない他人のお前がそんなに心配する必要ないだろ?」
「――…。で、でも、もしも二人に何かあったら、ウチ…」
望海は急におどおどした様子になり、そっと目を伏せた。
(コイツって普段は全く物怖じしないくせに、友達のこととなると実はここまで心配性なヤツだったのか…)
今日は望海の意外な一面ばかり見る日だな。俺はクスっと笑みを溢す。
「な、何よ?」
「いやっ、別に。とりあえず、今の俺が言っても説得力に欠けるだろうけど、きっと二人なら大丈夫だって。だから、お前は二人の帰りを信じて待てばいいんだよ」
俺は望海の両肩にそっと手を乗せる。その瞬間、望海は目を一瞬大きく見開き、それからゆっくりと両手を胸の前に置いた。
「――そ、そうだよね。歩夢が、そういうのなら…。分かった、ありがと」
それから、望海は意を固めたように急に真剣な顔つきになり、
「あっ、あのね! 歩夢、ウチ―――」
声を若干震わせながら、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「ん、どうした?」
「―――…。ううん、やっぱり何でもない。お、お休み!」
そう言い残して望海は俺に踵を返し、足早に自分の部屋へと戻って行った。
「あ、あぁ…、お休み」
――望海の件がひと段落した後、俺は部屋のベッドで寝転がりながら、再び気長に二人の帰りを待った。
そろそろ告白を切り出した頃合いだろうか…。まぁ、今のあいつなら大丈夫、きっとうまくいくさ。




