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また、もう一度だけ、この場所で…  作者: 雲乃宇宙
chapter 2 ~a Summer Story~
14/30

第2幕 【それぞれの想い、その先に…】 / 第4節

 ――話はあの日の放課後に(さかのぼ)


「歩夢には秘密にしていたんだけど、実は俺さ…、近いうちに愛美ちゃんに告白しようと思ってるんだ!」


「えっ――…」


 あまりにも突然のことで、俺は耳を疑った。不意に生温い風が吹きつけ、近くの木の葉をガサガサと揺らす。その音が俺の耳にはやけに大きく響いていた。


「いや、俺だって初めは、純粋に“仲良くできればいいな~”くらいしか考えてなかったんだよ。だけど、あれから愛美ちゃんといろんなことを話して、彼女のことを知れば知るほど、俺は彼女の魅力に惹かれていってさ。

 んで、気がつけば愛美ちゃんのことを好きになってたんだ。でも、彼女にこの思いを伝えるタイミングがなかなか掴めなくてな…」


 そこで大輔はひと呼吸おき、それから再び話し始めた。


「――だけど、さっきお前から海水浴の話を聞いたとき、このチャンスにかけてみようかなって思ったんだ。このチャンスを逃したら、きっと俺はこの先も思いを伝えられないような気がしてさ。だから、告白の前に愛美ちゃんに少しでも俺のいいとこを見せたくて、それで…」


 そこで大輔は話すのを止め、再び恥ずかしそうに頭を掻いた。大輔の顔が、夕日でさらに赤みを増していた。


 俺はしばらく沈黙し、大輔のセリフを心の中で噛み締める。そして、


「――そういう、ことだったのか。まぁ、お前が愛美のことを好きなのは薄々気づいてはいたけど、まさかそこまで考えていたとはな…」


 困惑した表情を浮かべながら、右手で顔の片側を覆った。


「えっ、マジ? なんだよ、せっかく真剣に打ち明けたっつーのにさ。なんか変に緊張してた俺がバカみたいじゃん…」


「あ、いや、驚いたことには驚いたんだけど、さ…。教室で愛美と話してる時のお前の様子を見てれば、それくらい察しがつくっての。それにしても今の言葉、本気…なのか?」


 俺は先ほどの言葉の真意を再び確かめるため、ゆっくりと大輔に問いかけた。


「あぁ、本気だよ。そうじゃなかったら、お前の目の前で真面目な顔してこんなこと言わねーって」


 大輔は再び俺に真剣な眼差しを向ける。コイツがこの数か月間、どれだけ愛美のことを真剣に思い続けてきたのか、彼の様子や力強い言葉からひしひしと伝わってきた。


「そっ、か…。それじゃ、お前が胸を張って思いを伝えられるように、俺も全力で協力してやるよ」


「えっ、ホントか⁉ サンキュー、やっぱり持つべきものは親友だな。頼りにしてるぜ、歩夢!」


 大輔は嬉しそうに笑顔を見せ、俺の肩へ力強く手を回してきた。


「ちょっ、暑いから近寄んなって。あぁ、任せとけ。そのかわり、どんなに辛くても、テスト勉強を途中で逃げ出すようなマネだけはするなよ? その条件を飲めないようなら、悪いが俺は辞退させてもらうぜ。自分の貴重な時間を無駄にしたくないんでな」


 俺の挑戦的な一言に、大輔は少し躊躇(ためら)いの表情を浮かべつつ、


「うっ――…。わ、分かったよ、約束する」


 と、諦めたように渋々承諾した。


「よし、交渉成立だな。期末テストまでの残り五日間、一緒に頑張ろうぜ!」


「お、おう!」


 そう言って、俺と大輔は意思を確かめ合うように、お互いの拳を重ね合わせた。




 ――それから期末試験までの五日間、俺たちは学校の近くにある大型の公共施設を利用し、平日は放課後から、休日は開館時間から閉館時間ギリギリまでひたすら勉強に没頭した。


 その公共施設は普段、民間のイベント会場として活用されている。そこの一角には誰でも利用することができる広いフリースペースが設けられており、数多くのテーブル席がずらりと並んでいた。

 それ故、試験期間中はそのフリースペースを利用し、飲み物や軽食を片手に勉強に勤しむ星翔生の姿が、ある種の風物詩となっている。


「あ~っ、くそっ! マジでわっけわかんねー‼」


 公共施設内に大輔の悲痛の叫びがこだまする。


 テスト対策を始めた最初の二日間は内容が全く理解できず、今にも死にそうな表情を浮かべていた大輔。


「あ~、早く遊びて~よ~。部活して~よ~。神様~、目の前にある訳の分からないこの活字地獄から俺を救って――」


「分かったから、まずは口より頭を動かせ! いいか、ここの問題はな――」


 ――が、彼の才能はやはり目を見張るものがあった。


 三日目から日を重ねるごとに試験範囲の内容を次々と理解していき、試験前日には見違えるほど問題を解けるようになっていた。


 とはいえ、俺が教えられるのはあくまで文系や共通科目の範囲までなので、専門外の物理や化学は同じクラスの秀才な生徒に無理を言って、空き時間にレクチャーを受けていたとのこと。


 こんなに必死になって何かに打ち込んでいる大輔を見るのは、高校受験以来だな…。



「――歩夢、絶対二人揃って星翔高校に入ろうな! 約束だぜ!」


「あ、あぁ!」


 ふと、目の前の大輔が高校受験前の姿と重なり、俺は思わず微笑ましくなった。



 その後、俺らは四日間にわたる期末試験を無事に終え、運命の結果発表当日を迎えた。


 昼休み、各学年の廊下にある掲示板に、学年ごとの上位二十人の名前がリストアップされた用紙が貼りだされた。

 掲示板の前には今回のテストの結果を心待ちにしていた生徒がわらわらと集まり、俺と大輔が来た時にはすでに多くの人だかりができていた。


 二人はその人込みをかき分け、用紙が見える位置まで移動した。移動中に大輔を横目で確認すると、よほど緊張しているのか、表情がいつもより強張り、終始拳を強く握りしめていた。

 掲示板を前にすると、大輔は不安げな面持ちのままリストを見つめ、上から慎重に空を指でなぞる。


――そして、


「あ、あぁ…、あった~‼」


(ほっ…、良かった)


 大輔は総合平均九〇点という驚異の数値を叩き出し、無事に学年十五位という高成績を納めた。


 大輔のこの結果に教師のほとんどが目を丸くし、職員室では大輔のクラスの担任を筆頭に、彼の話題で持ちきりになっていたらしい。



「大輔くん、今回のテスト、学年二十位以内に入ったんだってね! すごいな~、おめでとう!」


 もちろん、この結果は愛美の目にもちゃんと留まっていて、当初の目的は問題なくクリアできた。



 ――そんなドラマのような経緯を経て、大輔は今日、海水浴で愛美に告白する決意を固めたのであった。




「う~っ、着いたー‼」


 電車から真っ先に駆け降りた愛美は、天を仰ぐように両手をいっぱいに広げ、それから大きく息を吸い込んだ。


 ――あれから電車に揺られて一時間。俺たちはようやく目的地である美浜海岸に到着した。


「澄み渡る青空~、どこまでも広がる海~、鼻の奥をツンとするこの独特な潮の―――」


「こらこら、愛美! に・も・つ、置き忘れてるよ!」


 愛美より少し遅れて電車を降りた望海は、愛美の元へと歩み寄り、肩に掛けていた大きめのベージュのショルダーバッグと紙袋を手渡す。


「あっ、そういえば…。あははっ、ゴメンゴメン」


 愛美は軽く舌を出し、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「まったくもう…。楽しみなのは分かるけど、そういうときこそ自己管理はちゃんとしないとダメだよ? あとから“〇〇無くした~”とか“○○忘れた~”とかなったら、せっかくの楽しい旅行が台無しになっちゃうよ?」


「えへへ、は~い。今度から気をつけま~す、望海お母さん!」


「ちょっ、お母さん言うな~!」


 駅のホームからは一面に広がった海と真っ白な砂浜を望むことができ、ほのかに漂う潮の香りが嗅覚を刺激する。海が太陽の光を受け、まるで宝石を散りばめたかのようにキラキラと輝いていた。


「さてと…。とりあえず駅に着いたはいいものの、これからどうすんの? そういえばその辺のこと、ちゃんと聞いてなかったんだけど」


 そう言って、俺は隣にいた望海に指示を仰いだ。


「あ、そういえばあの時、歩夢のお説教に夢中で説明するのをすっかり忘れてた…。まずはウチの親戚の家に荷物を置いて、それから海水浴場に行くってかんじかな~。さすがにこんな重い荷物を抱えたまま遊ぶのも大変でしょ?」


 改めて一人一人の荷物に目をやると、俺を含めていかにも中身がぎっしり詰まってそうなバックやリュックが目立つ。それ故に望海の言う通り、とてもではないがこれらを長時間持ち歩くには負担が大きすぎた。


「まぁ、確かにそれもそうだな。ちなみに、お前の親戚の家ってどのあたりにあんの?」


「う~んとね、駅の近くにあるよ。ここから歩いて、だいたい十分ちょっとくらいかな。ちなみに、親戚の家のバルコニーから見える眺めが最高なんだよね~。ウチの親戚の家を見たら、みんなきっと驚くと思うよ!」


 望海は目を輝かせながら、珍しく生き生きとした口調で話す。


「ふ~ん、バルコニー、ね…。確かにバルコニー付きの家なんて中々お目にかかれねーから、それは楽しみだな。でも、いくらバルコニーが付いてるって言っても、そんなにハードル上げて大丈夫なのかよ? これで期待外れだったら、後で何かおごってもらうぜ?」


 そんな俺の挑戦的な態度にも望海は一切怯むことなく、


「えへん、まっかせなさいって! なんなら、大船に乗ったつもりでいてもらってもかまわないわよ?」


 誇らしげにトンッと軽く胸を叩いた。



 ――それから駅を出てひたすらに海岸沿いの道路を歩く。容赦なく照りつける強い日差しと荷物の重みに、汗がとめどなく噴き出てきた。


(にしても今日、バカみたいに暑すぎだろ…。あぁ、今からでも電車の中、あわよくば家に戻ってエアコンのガッツリ効いた部屋で涼みてぇ…)


 しかしそんな俺とは対照的に、俺の横をウミネコが気持ちよさそうに風を切りながら大空を飛行していった。


 俺にもコイツみたいに翼があったら、移動でこんなに辛い思いをする必要なんてないのに…。


「望海~、あとどれくらいだ? 駅から十分って聞いてたんだが未だに着く気配ねーし、まして明らかに町の方から離れてってねーか?」


「えっと、とりあえず半分くらいは来たかな。大丈夫、この道で間違いないよ。ってゆーか、この程度でへばってたら、この先なんて到底楽しめないよ? 第一、ウチらはまだ若いんだから、口を動かす暇があったらつべこべ言わずにキビキビ歩く! はい、復唱!」


「キビキビ歩く~♪」


 俺とは対照的に、前を歩く望海と愛美は見かけによらず、まだまだ体力・気力ともに余裕が感じられた。愛美に至っては鼻歌を歌うほどの余裕っぷりだ。


「ちっ、俺はお前らと違って体育会系じゃねーから、元から体力ねーんだっての!」


 横を見ると、俺と足並みをそろえている大輔も多少汗はかいているものの、日々部活で鍛えているだけに表情には明らかに余裕があった。



 それからしばらく歩いたが相変わらず着きそうな気配がないため、文句の一つでも言ってやろうと再び望海に視線を移した。


 その時、望海は急に歩みを止め、俺らの方をくるりと振り返った。


「は~い、皆さん注目! あそこがウチの親戚の家で~す! どう? すごいでしょ?」


 そう言って、望海は少し離れた小高い丘の上にある家を、ビシッと力強く指差した。


「えっ…、す、すっごーい‼ 今日、ほんとにあそこに泊まっていいの⁉」


 親戚の家を見た瞬間、愛美はまるで宝物を見つけたかのごとく目を輝かせ、子供のようにはしゃいでいる。しかし、


「は? これが…お前の親戚の家?」


「嘘、だろ…?」


 そんな愛美をよそに、俺と大輔は望海の言葉に絶句していた。なぜなら、望海が指差した方にあるのは西洋風の白レンガ造りで三階建ての、まるで一流芸能人が住んでいる別荘のような立派な豪邸だったからだ。

 周りが(かわら)()き屋根のレトロな民家に囲まれているだけに、ここだけ異質な雰囲気を醸し出していた。


「これ、明らかに一般庶民が住めるレベルの家じゃないよな? お前の親戚って一体…」


「ふふん、だから言ったでしょ? 実はウチの親戚の叔父さん、この近くにとある企業で管理職を担当してるらしいんだよね。え~っと、企業の名前は確か…、“NAXA”とかいったかな」


「な、NAXAだって!」


 俺は驚きで思わず声が裏返ってしまった。


(NAXAって言えば、日本の宇宙開発事業に一役買ってる超有名な大企業じゃねーか。しかも、そこの管理職って…。まさか、こいつの親戚がそんなすごい人だったとは…)



 望海が躊躇いもなくゆっくりとインターホンを押すと、家の扉から出てきたのは黒縁の眼鏡をかけた、優しそうな顔つきの初老の男性だった。


「やぁやぁ、望海ちゃん、久しぶり。しばらく見ないうちに大きくなったね~」


 初老の男性は望海の姿を見ると、嬉しそうに目を細めた。


「お久しぶりです、慎也(しんや)おじさん。お元気そうで何よりです。昨日の夜は突然、無理なお願いをしてごめんなさい。本当はもっと余裕を持って連絡ができれば良かったんですけど…」


 そう言って、望海は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。


「いやいや、とんでもない。私も今日はたまたま仕事が休みだったから、ちょうどよかったよ。それで…、後ろにいるのは望海ちゃんのお友達かい?」


 慎也おじさんと呼ばれる初老の男性は、俺たちの方へ視線を移した。


「はい。右からクラスメイトの歩夢君、その友達の大輔君。そして、クラスメイトであり、同じ陸上部仲間の愛美ちゃんです」


 望海の他己紹介に合わせて、俺らは一人ひとり軽く会釈をした。


「「「こんにちは。今日一日お世話になります」」」


「はい、こんにちは。みんな、礼儀正しくてしっかりしてそうな友達ばかりだね。さぁさぁ、狭い家だけどゆっくりしていってね」


 慎也おじさんは口元を(ほころ)ばせ、愛嬌のある笑顔で微笑んだ。


(狭い、家…? なんか、お金持ちの人って俺たちと感覚が違うのかな?)



 それから、俺たちは慎也おじさんの後に続き、二階の広い応接間へと案内された。そこは天井や壁にオシャレな装飾が施されており、周辺には見るからにいかにも高価そうな家具や骨董品、絵画がずらりと並んでいた。


 また、近くの大きなガラス窓を開けると、目の前には六畳ほどの広さのオーニング付きバルコニーがあり、そのバルコニーからは一面に広がる海を一望できるようになっていた。


「――皆さん、わざわざこんな遠いところまで、はるばるいらっしゃい。冷たい麦茶を持ってきたから、よかったらどうぞ」


 俺らが冷房の効いた応接間でくつろいでいると、三十代前半くらいの綺麗な容姿をした女性が、麦茶の注がれたグラスの乗ったお盆を持って入ってきた。

 その人は艶のある黒色のロングヘアーにカールがかかっていて、その雰囲気や話し方からは品の良さが(うかが)えた。


「あっ、由美子(ゆみこ)おばさん。お久しぶりです。お元気でしたか?」


「あらっ、望海ちゃん、お久しぶりね~。私も夫も相変わらず元気よ。望海ちゃんがここに来たのはいつぶりだったかしら?」


 由美子おばさんは俺たちの前にグラスを並べながら、落ち着いた様子で望海に尋ねた。グラスをテーブルに置いた衝撃で中の氷が左右に揺れ、カランと涼しげな音を奏でる。


「――たぶん、一年ぶりくらいかと。高校に入学してからは部活やら勉強やら、いろいろと忙しかったもので…」


「まぁ、高校生になったら普通そんなもんよね~。望海ちゃん、しばらく顔を合わせないうちにずいぶん立派になったわよ。ところで、皆さんは望海ちゃんとどういうご関係なのかしら?」


「え~っとですね、―――…」


 望海は先ほどと同じように他己紹介を始める。由美子おばさんはその場にそっと正座し、望海の他己紹介にこくこくと頷きながら、楽しそうに聞いていた。


 望海の他己紹介が終わると、由美子おばさんは望海に軽くお礼の言葉を伝え、それから姿勢を正して俺らの方へ再び視線を移す。


「――改めまして、うちの望海ちゃんがいつもお世話になっています。母親じゃない私が言うのもなんですけど、これからも望海ちゃんと仲良くしてあげてね。幼い頃から成長を見てきてる私にとっては、望海ちゃんはもう可愛い愛娘みたいなものだから。

 あっ、そうそう、望海ちゃんは昔から他の子よりもちょっと気が強いところがあって、それでもう、小学生の時なんかは同じクラスの男の子に―――」


「ちょ、ちょっと、おばさん! その話は身内以外にはしない約束だったでしょ!」


 隣に座っていた望海が急に顔を赤らめ、すかさず身を乗り出して止めに入る。望海の様子を見る限り、小学生の頃によっぽど恥ずかしいエピソードでもあったらしい。


「あらやだ、私ったら…。そうだったわね、ごめんなさい。だけど、根はとても友達思いの優しい娘なの。だから、望海ちゃんをこれからもよろしくね?」


 そう言って、由美子おばさんは穏やかな笑みを浮かべた。すると、


「おばさん、心配しなくても大丈夫ですよ! だって、望海ちゃんはもう、私たちにとってかけがえのない大切な友達なんですから!」


 愛美は曇りのない満面の笑顔でそう答えた。愛美の様子からは、その言葉に嘘偽りがないことがひしひしと伝わってくる。


「――愛美…」


 望海はあわあわと声を軽く震わせ、口元を両手で押さえる。愛美の言葉がよほど嬉しかったようだ。


 まぁ、友達の口から直接そう言ってもらえたら、そりゃ誰だって嬉しいよな。


 ――それじゃ、俺もここで何かフォローを入れとこうかな…。


「そ、そうですよ。望海さんはおっしゃる通り、確かに気は強いし、学校では手のつけられないくらい自己主張が激しいですけど―――」


(ドスッ!)


「うっ…‼」


 鈍い音とともに、急に俺の横腹に激痛が走る。何事かと視線を移すと、望海の肘が俺の脇腹にめり込んでいた。


「アンタ、少しはオブラートに包みなさいよね! せっかくいい雰囲気だったのに、逆におばさんを心配させてどうすんのよ?」


 望海は笑顔のまま眉毛を上下にピクピクと動かし、俺にしか聞こえないような小声で呟いた。


「は、はい…、すみませんでした」



「あらっ、東雲さん? どうかなさったの?」


 由美子おばさんは俺の異変を悟ったらしく、心配そうな顔を浮かべた。


「い、いえ、何でも…。とにかく、多少なりともそういう面はありますけど! 望海さんはいつもしっかりしていて、周りからの信頼も厚くて、それはもう僕にとってはクラスの鏡的な存在で―――」


(あっ、しまった…)


 いくらさっきの汚名を返上するためとはいえ、オブラートに包むどころか、逆に今度は余計に尾ヒレをつけすぎてしまい、俺は口に出してから後悔してしまった。

 横目で望海の様子を確認すると、望海は無表情のまま、瞬きもせずに俺の顔をじーっと見つめていた。


 望海のまっすぐな視線が痛い…。


「えっ、そうなの! 望海ちゃん、学校でとても頑張ってるのね。おばさん、すごく感心しちゃうわ~」


 そんなこととは知るよしもなく、由美子おばさんは何の疑いもなく、俺の言葉を鵜呑みしていた。


(ヤバい、これはあとで望海に殴られる…)


 エアコンが効いている快適な空間にも関わらず、俺の身体からは気味が悪いほど脂汗がじんわりとにじみ出ていた。しかし、


「――え、えっ、いやいや、それほどでもないですよ~。ウチはいたって当たり前のことをしているだけですし? 人から特段褒められるようなことはそんな…」


 俺のそんな心配をよそに、望海は頬を軽く掻きながら、えへへっと嬉しそうに笑みをこぼした。


(あれっ、コイツって実は意外と扱いやすいのかも…)


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