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また、もう一度だけ、この場所で…  作者: 雲乃宇宙
chapter 2 ~a Summer Story~
13/30

第2幕 【それぞれの想い、その先に…】 / 第3節

 柄にもなく大きなネイビーのアウトドア製リュックを背負い、俺は蜃気楼がゆらゆらと漂うコンクリートの一本道を、ただひたすらに走り続ける。


 しかし、普段全くと言っていいほど運動してないが故に体力が持たず、すぐに足を止めてぐったりと膝に手をつけた。そんなに長い距離を走っていないにもかかわらず、既に膝がガクガクと小さく悲鳴をあげ始めている。


「はぁ、はぁ…。何で、肝心な、日に、限って、目覚まし、鳴らねーんだよ…。しかも、よりに、よって、頼みの綱の、自転車も、パンクしていて、使えないとか―――」


 俺は不満を口にしつつもすぐさま上体を起こし、深呼吸をして乱れている呼吸を整える。ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、約束の時刻である十二時を既にまわっていた。


(あ~ぁ、これは望海から確実に説教を食らうパターンだな…)


 俺は小さく溜息をつく。そして、今にも滴り落ちそうな汗を服の袖で拭い、


「まぁ、過ぎたことをいちいちぼやいてても仕方ねーか…。よしっ!」


 自分の顔を両手で叩いて気合を入れなおし、愛美たちが待つ星川駅へ再び走りだした。


 今日は七月二十日。いわゆる海の日だ。


 って言っても、今日からちょうど夏休みに突入した俺らにとって、あまり関係のない話なのだが…。


 とりあえず、どうして俺がこんなことになっているのか。それは昨日の話に遡る。





 ――その後の愛美たちとの話し合いで、旅先は電車で一時間ほどのところにある“美浜(みはま)海岸(かいがん)”に決まった。

 そこは雪のように白い砂浜と透き通った海が数キロにわたって広がっており、地元で有名な海水浴場として知られている。


 実は俺がまだ幼稚園児だった頃、父さんの提案で一度だけ家族旅行でそこに行ったことがあり、家族みんなで遊んだことを覚えている。


 まぁ、そのときは行き帰りで見事に渋滞につかまり、当初の予定が大幅にずれて散々な結果で終わってしまったのだけど…。


 期間は望海と愛美の希望で一泊二日。望海の親戚が海岸近くに住んでいるらしく二人暮らしのため、あらかじめ相談すれば泊めてくれる可能性が高いとのこと。

 しかし、その段階ではまだ愛美や望海の部活の予定が分からず、明確な日程は決まっていなかった。



 ――そして、その知らせは前触れもなく突然やってきた。


 七月十九日の夜のこと。いつものように部屋で冷房を効かせ、快適な環境下でネットゲームに勤しんでいる俺の横で、急にスマートフォンが慌ただしく振動していた。

 普段は沈黙を保っているだけに、俺は動揺を隠せぬままスマホを手に取った。そしてディスプレイを確認すると、それは望海からの着信だった。


(あいつ、こんな時間に何の用だ? 俺は今、ネトゲで手が放せないってのに…)


 初めはシカトしようかとも考えたが、いつまでたっても鳴り止む気配がないので、俺は渋々電話に出た。


『――あっ、もしもし~、歩夢? 夜遅くにゴメンね。急遽、旅行の件で相談したいことがあってさ』


「旅行の件で? あぁ、別に構わないが手短に頼むぜ。今、いろいろと立て込んでいるんでな」


 そう言って、俺は目の前にあるデスクトップパソコンのディスプレイの電源を落とした。


『あら、それは奇遇ね。ちょうどウチもこれから用事があって、手短に済まそうかと思ってたんだ。それじゃあ、さっそく本題に入らせてもらうんだけど、旅行は明日から一泊二日でいい?』


「―――…、は? あ、明日? いやいや、いきなりそんなこと言われても、まだ何も準備してねーんだけど…。何で急に?」


 俺は平然と話す望海に困惑しながら尋ねる。すると、


『え、え~っとね…。実は今日、部活で夏休みの活動予定表を渡されたんだけどさ。中身を見ると合宿やら遠征やらで既に予定が埋まっちゃってて、お恥ずかしながらウチらは明日と明後日の二日間しか、まともに時間が取れそうにないんだよね~。あはは…』


 と、望海は少し戸惑い気味に答えた。


「ふ~ん、陸上部は夏休みも相変わらず忙しいのな。にしても、別にこんなに急じゃなくても、違う日でよかったんじゃねーの? 第一お前、このあいだ“無理にでも言い訳を作って、休みをとるから大丈夫~!”的なこと誇らしげに俺の前で言ってなかったっけ?」


『――うっ…。ウ、ウチだって、できることならそうしたかったんだけどさ…。他のみんなが大会に向けて頑張っている姿を見てたら、とてもじゃないけどそんなこと言えなくて―――』


 普段は強気な望海が珍しく弱々しい声になった。電話の向こうで肩を落とし、膝を抱えて小さく丸まっている望海の様子が自然と俺の脳裏に浮かぶ。


『でも、急に明日って言われても、既に歩夢には歩夢の予定があるだろうし、やっぱりそんなことは現実的じゃないよね? だから、申し訳ないんだけど、今回の海水浴の件は―――』


「はぁ…、結局お前って人前であんなこと言い張ってても、根は意外と真面目なのな」


「ちょっ、い、意外とって何よ⁉ 歩夢に言われなくても、ウチはいつだって―――」


「わかった、しょうがないから一万歩譲って、今回は特別にお前に従ってやるよ」


 そう口走ってから、俺の口から衝動的にその言葉がでてきたことに、自分自身が一番驚いた。


 最初はあれだけ面倒くさがっていたはずなのに、今は中止になることの嬉しさよりも、愛美や望海に中止の責任を負わせることの方が何倍も嫌だったからなのかもしれない。


 あ~ぁ、自分のお人好しな性格にもつくづく困ったもんだな…。


『――えっ、ほんとに⁉ いいの? 歩夢、迷惑じゃない?』


 途端に望海の嬉しそうな声が耳元に響いた。


「いいっつってんだろ。何度も言わすな」


『うん…。ゴメンね、わざわざウチらの都合に合わせてもらう形になっちゃって。せめてもの償いとして、宿泊の件はこれからウチが親戚に頼んで何とかしてもらうからさ。とりあえず、明日の十二時に高校近くの星川駅集合でいい?』


「おっけ、りょーかい。大輔の方はこれから俺がなんとか説得しとくよ」


『ありがと。愛美にはウチから伝えておくから。それじゃあ、また明日! ちなみに遅刻は厳禁だからね?』


「はいはい、分かってますよ。それじゃあな」


 ピッ――――…。



 望海との会話がひと段落した後、俺はすぐさま大輔に電話をかける。


『――もしもし、歩夢か? お前から電話をかけてくるなんて珍しいな。急にどうした、こんな時間に?』


「おう、夜遅くにスマンな。お前に大至急伝えなきゃならないことがあってさ―――」


 そして、俺は先ほど望海と電話で話し合った海水浴の件について端的に説明した。


 それを聞いた大輔も初めは困惑していたようだったが、快く了解してくれた。


『オッケー、明日の十二時に星川駅な。わざわざ連絡サンキュー。それじゃあ、またな』


「あぁ、また明日」


 そう言って、俺は通話ボタンを切った。


 俺はスマートフォンを机の元の位置に戻し、ふぅと小さく溜息を洩らす。不意に壁に立てかけてあるアナログの壁時計へ目を移すと、時間はもうすぐ九時を迎えようとしていた。


(もう九時か…。これから準備するのもだるいな。まぁ、どうせ集合時間は昼だし、明日の朝に早起きして準備すれば全然余裕だろ――)


「さてと…。それじゃあ急ぎの用も済んだことだし、そろそろネトゲの続きでも再開しますかね~」


 そう呟いて、俺はディスプレイの電源を起動させ、いったんストップさせていたネトゲに再びとりかかる。そしていつも通り、時間を忘れて没頭した。


 ――しかしこのことが仇となり、目覚まし時計のタイマーをセットし忘れて盛大に寝坊はするわ、海水浴の準備は間に合わないわで慌ただしい午前中を経て、現在にいたる。





 ――俺は汗だくになりながら、やっとの思いで星川駅に到着した。


「はぁ、はぁ…。暑すぎて、意識が、飛びそうだ…。よくぞここまで頑張った、偉いぞ、俺…」


 朦朧とした意識の中、重い足取りで駅の中に入ると、改札前にはすでに涼しげな表情をした愛美、望海、大輔の三人の姿があった。


「歩夢、十五分も遅刻だよ! さっきから電話しても全然出ないし、遅れるのならちゃんと前もって連絡してよね‼」


 俺が三人の元に歩み寄ると、俺の予想通り、すぐさま鬼の形相を浮かべた望海の説教が飛んだ。


「わ、悪い…。朝から、目覚ましは、故障するわ、準備は、間に合わないわで、午前中から、いろいろと、大変だっ――」


「男の子ならグダグダ言い訳しない! そういうことも想定して、前の日に少しでも余裕を持って準備しとくべきでしょ⁉」


 望海は俺の言葉を遮り、ビシッと人差し指を俺に突きつける。


「うっ…。そ、それはそうなんだけど…」


 望海の核心をついた指摘に、俺はぐうの音も出なかった。


(つーか、“余裕を持って”ってお前、直前になって旅行の日付の相談を持ちかけたヤツが、人のことをどうこう言える立場じゃなくね?)


 そんな不満をぶつけたかったのだが、ネトゲに没頭して準備を(おろそ)かにしていた自分にも明らかに非があったため、グッと思いとどまった。


 それから、望海はあきれ顔になりながら額に手を当て、


「はぁ…、そんなに時間にルーズなままじゃ、社会に出たら通用しないよ? 大体、歩夢はいつもそんなんだから―――」


「まぁまぁ、望海ちゃん。歩夢君も反省してるみたいだし、そのぐらいにしてあげようよ~」


 憔悴しきっている俺を気遣ってくれたのか、立て続けに説教を浴びせようとする望海に愛美がフォローを入れてくれた。


「う~ん、まぁ、愛美がそういうんなら…。今回は愛美に免じて許してあげるけど、次からはちゃんと集合時間を守りなさいよ? 時間厳守は社会人のキ・ホ・ン、なんだからね?」


 俺はモヤモヤした気持ちを必死にこらえ、


「は、はい…。すみませんでした」


 渋々、望海に頭を下げた。


「うむ、分かればよろしい。以後、気をつけるように!」


 そう言って、望海は腰に手を当てて満足げな顔をしていた。


(ってか社会人の基本って、そもそもお前、まだ社会人じゃないだろ!)



 ――とまぁ、望海の説教がひと段落したところで、俺はみんなに遅れて券売機で美浜海岸行きの切符を購入し、みんなと一緒に改札をくぐった。


「そういえば、今回の海水浴のメンバーってこの四人だけなのか?」


 列車のホームへ向かう最中、俺は赤いキャリーバックを軽快に引きずる望海にさりげなく尋ねた。


「ん、まぁね~。あの後、仲のいい友達数人に当たってみたんだけど、なんせ日程が急だったってこともあったからさ。結局集まれるのがウチら四人だけだったんだよ」


「そっか、なら仕方ねーな。とはいえ、このメンツの方が変に気を張る必要がないから、俺的には大助かりなんだけどな」


「ふふっ、確かにそうかもね。大人数だと楽しいけど移動が大変だし、かえってこのくらいの方がちょうどいいのかも。男女のバランスもいい感じに均等だし?」


「だな」


 しかし、そんな話をしている俺らをよそに、愛美はなぜか少し不満そうな表情を浮かべていた。


「あれっ? 愛美、どうしたの?」


 そんな愛美を見兼ねたのか、望海は不思議そうな面持ちで声をかける。すると、愛美はムスッとした表情を浮かべ、


「いや、私的にはもう少し人数が多い方が良かったかな~って。そうすれば、みんなで大きくて立派な砂のお城を作れたのに…」


 残念そうに小さく口を尖らせた。


「愛美、贅沢言わないの。本来は中止になってたかもしれないんだから、海水浴に行けるってだけまだマシでしょ? ってかアンタ、この歳になって砂のお城って…」


 望海はあきれ顔を浮かべた。


「――ええっ、望海ちゃんたちは海に行ったら、砂のお城作らないの⁉ 海って言ったら砂のお城でしょ? スイカ割りに並ぶ一大イベントでしょ?」


 望海の発言を聞いた愛美が、意外そうな面持ちのまま一歩後ずさりをする。


「う~ん、まぁ子供のころは家族や友達と何度か作ったことあるけど、さ…。さすがにもうこの歳じゃあ…ね?」


「ってことは、も、もしかして歩夢君も?」


 そう言って、愛美は不安げな表情で俺に視線を移した。


「ゴメン、俺も望海に同感…。つーか、そもそも海なんて幼稚園以来行ってねーから、砂遊び自体も全然やってないし」


「あれっ、そうなんだ…。せっかくこの紙袋に、みんなの分のシャベルとバケツ、じょうろを用意してきたのにな~」


 愛美は自分の手に持っている大きな紙袋を見つめながら、少し寂しそうな表情を浮かべた。


「えっ、わざわざウチらのぶんまで準備してくれたの⁉ う~ん、そしたらせっかくの機会だし、夏の思い出にみんなで作りましょっか?」


 すると、愛美は目をふわっと大きく見開き、


「えっ、いいの⁉ やった~。望海ちゃん、ありがとう!」


 心底嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。


(――こいつ、見た目に寄らず、意外と子供っぽいところあるんだな)



『まもなく四番線ホームに美浜海岸行き列車が到着します。ご乗車のお客様は、黄色い線の内側まで下がってお待ちください』


 そんな話をしていると、列車の到着を知らせるアナウンスが、ホーム全体に響きわたった。


「あっ、そろそろ列車がくるみたいだね。念のため確認するけど、みんなは忘れ物ないよね?」


「俺はさっき確認してきたから、たぶん問題ないと思う」


「私もダイジョーブ!」


「―――…」


 しかし、三人の中でなぜか大輔だけ反応がない。


「おーい、大輔君? 聞こえてる?」


 そう言って、望海はぼんやりとしている大輔の顔をぐいっと覗き込んだ。


「えっ? あ、あぁ…、ゴメンゴメン。で、何の話だっけ?」


「んもう、しっかりしてよ! 忘れ物はないか、持ち物の最終確認をしてたとこだったの。そこんとこ、大輔君は大丈夫なの?」


「あ、うん。昨日の夜に念入りに確認したから、俺も心配ないよ」


「そっか、それなら安心だね。それじゃあ、期末テストのストレス発散も兼ねて、今日は思いっきり楽しもう!」


「「「「おーっ!」」」」


それから間もなくして美浜海岸行きの列車が到着し、俺たちはその列車に乗り込んだ。



――車内はレトロな雰囲気に包まれ、向かい合わせのシートが複数設置されていた。俺らはそのうちの一組を選び、四人で向かい合わせになって座る。

 車中では望海が用意していたトランプを使い、みんなでババ抜きをしたり、他愛もない話を駄弁(だべ)ったりして楽しい時間を過ごしていた。


 しかし、そんな中で大輔の様子が明らかに不自然だった。いつもより圧倒的に口数が少なく、話題を振られても上の空になっていることがしばしば。


 本人曰く、“今日が楽しみで、昨日はあまり眠れなかったんだよね~”なんて小学生じみたことを言っていたが、俺にはそれが嘘であることは薄々勘づいていた。


(――まぁ、今日は大輔にとって重要な日だから、緊張してるのも無理はないか…)


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