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3/3

出会いは突然に(3)

 

「えっと……何のことかな?」


 陽介は、瑠凪の手元から目を逸らし、しどろもどろにそう答えた。

 陽介の背中には、ひんやりとした嫌な汗が流れ落ちる。


 瑠凪は、陽介の返答に「ふーん」と軽く頷くと、持っていたDVDの側面をもう一方の手の平でコツコツと叩いた。

 瑠凪の圧迫感ある態度に、陽介は顔が引きつる。


「でもさー、あたし見ちゃったんだよね。あんたと久慶君がゲーム部の部室から出てくるところ。それに……」


 陽介は、嫌な予感がした。瑠凪が次に発する言葉に。


「あの時、部室に入ったのあたしなんだよねー」


 嫌な予感は的中した。もう言い逃れはできない。

 陽介は、失意の淵に立たされたように肩を落とした。


「何? その様子だとやっぱりあんたのだったのね。 マジでキモいんですけど」


 瑠凪からゴミでも見るような冷ややかな視線が陽介に注がれていたのを、彼自身、第六感が認識していた。

 陽介は、俯いたまま話始める。


「そうだよ。でも、このDVDは、俺のじゃない。久慶の物だ」

「へー、平気で友達を売るんだ」

「違う! これは事実だ。だから、久慶の友達としてこれは返してもらうからな!」


 陽介は、そう言うと不意をつくように、瑠凪の右手に勢いよく手を伸ばす。

 しかし、瑠凪は、陽介の伸ばした手を軽く避けると、彼の肘に手刀打ちをお見舞いした。

 陽介は、右腕全体が痺れるような感覚に襲われ、思わずその場にうずくまる。


「仮に久慶君の物だったとしても、あんたも一緒に見てたんでしょ。ムフフってなってたんでしょ」

「いや、それは、俺も男だから……」

「ふーん。”男”だからか。じゃあさー……」


 瑠凪は、もう一方のカーディガンのポケットからスマホを取り出すと、裏側についたカメラを陽介に向けた。

 ”パシャリ”

 陽介が、顔を上げた瞬間、乾いたシャッター音が耳に届く。

 瑠凪は、陽介の顔写真を撮り終えると、再びスマホをいじり始めた。


(何がしたいんだ、この女)


 陽介は、彼女の不可解な行動に疑問を抱いた。だが、その行動が、ろくなモンじゃないことは直感でわかる。

 瑠凪は、スマホを数分いじった後、「よし」と小声で呟いた。そして、彼女は、陽介の方に顔向けると、またしても不敵に笑ってスマホの画面を彼に見せつけた。

 陽介は、スマホの画面に映し出された物に驚愕する。


 そこには、事前に撮ったであろうDVDの写真に、先程撮られた陽介の顔写真が合成されていた。

 陽介の顔写真は、頬に濃いピンクのチークをつけて加工されており、陽介がそのDVDを上目遣いで眺めているような構成になっている。

 そして、極めつけは、陽介の顔の横に書かれていた文字。


「私は、この作品を愛しています。いつもムフフでウフフなの♡」


 悪意の塊のような合成画像に陽介は思わず瑠凪のスマホに手が伸びるが、また瑠凪にするりとかわされ、再び肘に手刀打ちをくらう。まだ痛みが引いていない腕に更なる衝撃が電撃のように走り、陽介は腕を優しく摩りながらうずくまる。


「あんたも懲りないわね。大丈夫、ちゃんと匿名で拡散するわよ」

「うるせえよ! それはお前の問題だろ! こんなもん学校中にばら撒かれたら平穏な俺の学生生活が水の泡になっちまうじゃねえか」

「そうかな? この合成うまいなって褒めてくれる人もいるかもよ」

「いや、何の話だよ! 結局、お前が陰で喜ぶだけじゃねえか!」

「やっぱり?」


 瑠凪は、舌をペロっと出しておどけてみせると、クスクスと笑い始め、ツボに入ったのか最終的にはお腹を抱えて笑っていた。

 陽介にとっては、その笑い声は悪魔の笑い声にしか聞こえなかったわけだが。


「頼むからやめてくれないかな」


 陽介は、仏に願いを込めるが如く両手を合わせて瑠凪に懇願した。


「んー、どうしよっかな」


 瑠凪は、スマホをうちわのようにパタパタとはためかせ、どうしようか考え込んでいた。

 そして、彼女は、何か閃いたのか、「あっ」と呟いて手を止めると、拝んでいた陽介の両手をこじ開けた。


「じゃあさ、あたしの言う事聞いてくれたら、この事黙っといてあげてもいいよ」

「本当に?」

「うん、本当に」


 陽介は、瑠凪から無茶な命令が言い渡されそうで内心怖いものの、これさえ乗り切れば、自分の汚名を隠せる且つ親友のお宝DVDも取り戻せると考えれば、お安いご用であった。

 陽介は、「いいよ」と瑠凪に告げた。


「それじゃあ。あたし、今日、紗季さきとスムージー行く約束してたじゃん?」


「してたじゃん?」と聞かれても反応に困る陽介であったが、確かに教室に入ってきた時、友達であろう女子とスムージーを飲みに行く約束をしていたのは聞こえていた。その友達の名前は、紗季というらしい。

 瑠凪は、陽介が頷いたのを確認してから、話を続ける。


「でも、今日、日直だったから紗季と行けなかったわけ。だから、代わりにあんたが付き合いなさいよ」


(そんな事かよ)と陽介は、拍子抜けしたものの、容易い命令に内心ホッとした。

 そして、彼は、「OK」と気持ちのこもってない返事をし、日誌の日直コメント欄を適当に片付けると、二人は教室を後にした。


 日誌を提出する為、職員室に向かっていたが、瑠凪は、「先に玄関前にいるから」と言って職員室を素通りし、結局、陽介に全ての日直の仕事を押し付けた。

 陽介は、イラっときたものの、弱みを握られている以上今日は彼女を逆撫でしてはいけないと気持ちを切り替えて、明日香に日誌を手渡した。


 日誌の提出が遅かったので、明日香は、瑠凪と何をやってたのか興味津々な様子で陽介に質問攻めをくらった。

 あんなやり取りがあったなんて、口が裂けても言えない陽介は、日誌を書くのに手間取っただけという返事を何度も繰り返し、根負けした明日香から解放された。

 10分程明日香に拘束された陽介は、駆け足で玄関に向かうと、瑠凪が腕を組んで到着した陽介を見ていた。

 それに、ローファーのかかとで”コツコツ”と玄関床を小刻みに踏む音が聞こえる。

 相当ご立腹な様子であるのは間違いなかった。


「遅い! 何やってたのよ!」

「いや、木南先生に捕まってたんだよ。日誌の提出が遅かったから、俺達が何してたか根掘り葉掘り聞かれたってわけ」

「あっそ。で、HなDVDを取り返す為に日向さんに抗ってましたってあいつに言ったわけ?」

「んな事言えるわけねえだろうが!」

「何マジになってんの? ウケるんだけど」


 瑠凪は、鼻で笑うと、「行くよ」と言って玄関から出ていった。


(とことん人を苛立たせる奴だな)


 陽介は、苛立ちを握りしめた拳にグッと押さえ込み、ローファーに履き替え、瑠凪の後をおった。

 瑠凪に追いついた陽介は、自転車を取ってくると言って、一人正面玄関付近の自転車置き場へと向かう。

 彼は、自転車のロックを解錠し、自転車を押して、瑠凪の待つ正門へと向かおうとしたが、すでに彼女は彼の背後にいたのだ。


「えっ? 正門で待ってるんじゃ……」

「だって、あんた、私を追い抜いて、自転車で逃げ出す可能性があったからね」

「する訳ないだろ! そんな事したら確実に俺の汚名をばらまくだろ」

「まあね〜♪」


 そう言うと瑠凪は、何も言わず陽介の荷台に横座りした。陽介は、思わず面食らう。

「文句でもあんの」と言わんばかりに陽介を見る瑠凪に、陽介はため息を漏らし、渋々自転車にまたがった。


 陽介と瑠凪は、青桐高校の最寄駅である中小路駅へと向かっていた。

 その駅前に、瑠凪のお目てのスムージー屋さんがある。

 そのスムージー店は、メディアでも取り上げられる程有名な店で、老若男女問わず大人気のお店であった。

 実際、妹の亜希葉もそのお店によく行くようで、今度優奈も誘って三人で行こうと話していたばかりだった。


 しかし、一足先にこんな不甲斐ない形でスムージーを飲むはめになるとは……。


 会話の無いまま自転車を漕ぎ続ける陽介に痺れを切らした瑠凪は、陽介の背中を数度叩き、「何か話してよ」と伝える。


「そう言われると逆に話しづらくなるだよ」

「何なのそれ。つまんない。ほら、早く捻り出しなさいよ」


 陽介は、めんどくさいと思いながらも、何かないか頭の中で考えたが何も思いつかず、結局、瑠凪に提案したのは”しりとり”という誰もが暇つぶしの最終手段に使う遊びであった。

 瑠凪は、大きくため息をついたが、何も話さないよりかはマシだと言い、嫌々しりとりを始めた。


 何の生産性のないしりとりを続けているうちに、駅前のスムージー屋に着いた。

 ちょうど学校や仕事帰りの時間帯のせいなのか、店前は若い女の人達で行列ができていた。


「やっぱ人気なんだな。この店」

「そうね。時間的にもちょうどピークってとこかな。じゃあ、あたしグリーンスムージーね。よろしく」

「おい、まさか俺がお前の分も買えと」

「そうだけど。じゃあ、あたし、あそこで服とか見に行ってくるから。買い終わったら連絡して」


 瑠凪は、自転車の荷台から降りて、前籠に置いていたカバンからスマホを取り出スト、誰もが使っている無料の通話・トークアプリのIDを陽介に見せた。

 陽介も渋々スマホを取り出し、ID検索をして、瑠凪を友達追加した。

 そして、瑠凪は、中小路駅前にある総合ショッピングモールへと向かっていった。


 陽介は、恥ずかしさを噛み殺し、多くの女子が並ぶ行列に一人紛れ込んだ。

 陽介の前後にいる女子やスムージーを買い終え通りすぎる女子からは、クスっと小さな笑い声が聞こえる。

 自分のことで笑っていることは、容易に予想がついた。

 陽介は、屈辱に耐えながら、お目当てのスムージーを買い終えると、そそくさとスムージー屋を離れ、ショッピングモールへと向かった。


 そして、ショッピングモールに着くと、スマホを取り出し瑠凪に連絡をとった。

 するとすぐさま瑠凪から返事が来て、3階のアクセサリーショップに来るように言われた。

 言われた通り瑠奈の元へと向かうと、何やらあるアクセサリーをじっと眺めている。

 陽介も瑠奈の視線の先を見ると、ピンクゴールドの可愛らしいハート形のピアスであった。


「これ可愛くない?」

「あっ、うん、いいんじゃない」

「何その適当な返事」

「そんなの分かるわけねえじゃん。俺、女子じゃねえんだから」


「チッ」と瑠凪は舌打ちし、そのピアスを手に取ると、陽介の手を引きレジへと向かった。

 若者向けのアクセサリーショップなので、それほど高くはないものの、お小遣いの半分は無くなるような金額であった。

 レジにいる店員が金額を告げるが、瑠凪は、カバンから財布を取り出す素ぶりが無い。

 すると、急に瑠凪は、急に陽介の方を向いた。


「今日、プレゼントしてくれるって言ってたよね。瑠凪とっても嬉しいな」

「ちょっと待て。俺そんな事……」

「えー、一緒にお昼食べてる時に言ってくれたじゃん。もう忘れたのー?」


(こいつ仕組みやがった)


 レジにいる店員も「彼氏さんカッコいいですね」と言って、プレゼント用の包装を勝手に始め、もう陽介が払わざるを得ない状況となってしまっている。

 ここで払わないという選択肢をしてしまうと、近いうちに破滅ロードへと突入する事になるだろうと踏んだ陽介は、彼氏のフリをして、ピアスの代金を支払う事にしたのであった。


 その後も瑠凪は、陽介を連れてウインドウショッピングを満喫し、ショッピングモールを出た時には辺りは真っ暗になっていた。


「じゃあ、私電車だから」


 そう言って瑠奈は駅へと向かおうとするが、陽介は彼女の腕を咄嗟に掴んだ。


「ちょっと、何よ」

「お前の言うことを聞いたんだ。そろそろDVDを返してもらおうか」

「そうね。久慶君にも悪いし、これは返すわ」


 そう言うとカバンの中にしまっていたDVDを陽介に手渡した。

 陽介は、周りに見られないようDVDを素早くカバンの中へとしまう。


「後もう1つ。俺の合成写真も消してくれ」

「はいはい、分かったわ」


 瑠凪は、スマホの画面を陽介に見せ、悪意のある合成写真をフォルダーから削除した。

 あんなに脅迫じみた事をしていたのに、最後は意外とあっさりしてるんだなと陽介は少し驚く。


「それじゃあ、また明日」と瑠凪はそう言い残し、中小路駅へと歩いて行ったのであった。


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