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出会いは突然に(2)

 

 高校2年の始まりを告げる朝のチャイムが鳴ると共に、教室の前のドアが開いた。

 教室に入ってきたのは、赤色の上下のジャージと白のスニーカーを身につけ、焦茶の長い髪を耳の高さ程でくくった至ってシンプルな姿の女性であった。

 だが、彼女の姿を見た瞬間、教室内の一部の生徒は、うんざりした顔つきをしていた。

 その一部の内には、陽介達も含まれている。


 彼女は、少しうつむき気味で教卓へとゆっくり歩みを進め、教卓の前に着いた途端、出席簿を教卓に強く叩きつけた。

 教室内に緊張が走る。

 そして、数秒の静寂の後、彼女が口を開いた。


「……ごめん、やっぱり限界……」


 彼女は、口元を両手で抑えると、先程とは違い、足早に教室を去っていった。

 大半の生徒は、彼女の身に何か起きたのではと口々に心配の声が上がっていた。一方の陽介達は、呆れた様子で、誰も示し合わせていないのに、同じタイミングでため息が漏れていた。


 5分後、彼女は、何事もなかったかのように颯爽と教室へと戻ってきた。


「いやいや、いきなり飛び出してごめんね。忘れ物をしてしまってね」


 彼女は、頭を掻きながら、苦笑いを浮かべていた。

「いつもの二日酔いだろ」と陽介は、誰にも聞こえないよう声でボソッと呟いたのだが、どうやら彼女の耳は相当良いらしく、「余計な事を言うな」と言わんばかりに彼女は、陽介に対して睨みをきかせた。

 彼は、まるで人型のロボットのように、一定速度で彼女の視線から顔を背ける。

 彼女は、陽介の物分かりの早さに「よしよし」と軽く頷くと、再び生徒達に笑顔を向けた。


「紹介が遅れました。今日からこのクラスを担任する事になりました、木南明日香きなみあすかです。担当は、体育で、去年は、1年3組を担任していました。みんな、これからよろしくね」


 教室にいる大半の生徒は、「よろしくお願いします」と声を揃えたが、元3組の生徒の陽介達にとっては、先が思いやられるばかりであった。

 明日香の挨拶の後、続けてホームルームが始まり、今日のスケジュール等の連絡事項が説明された。


「これで連絡事項も終了ですが、最後に今日の日直を決めたいと思います。私のクラスだった子は、よく知っていると思うけど、私は、基本ランダムでその日の日直を決めます! って事で……」


 明日香は、生徒達を一通り見た後、ある生徒を今日の日直に指名した。


「日向さん、日直お願いね」


 その生徒は、一番後ろの窓際の席に座っている女子、日向瑠凪(ひなたるな)であった。

 彼女は、明日香の指名を無視して、窓から見える正門の桜を呆然と眺めている。

 明日香が、もう一度伝えるが、瑠凪は、窓の外を眺めながら「パスで」と無気力な返事をした。


「ダメよ、日向さん。日向さん、私が入ってきてからずっと外ばかり見てて元気なさそうだったから。2年のスタートの景気づけに日直、やってもらうわよ」

「シンプルに嫌なんですけど」

「そう言わずに。それに日直はもう一人いるんだから。そうよね、夏川くん」


 いきなりの名指しに戸惑う陽介だが、明日香の強烈な視圧の前に何も抵抗する事ができず、彼は、「はい」と小さく頷く。

 陽介への日直指名は、先程の彼の小さな呟きが原因である事を、彼自身悟っていた。


 しかし、陽介としては、今日だけは日直を避けたかった。

 なぜなら、日直のパートナーが、人見知りの陽介にとって最も苦手とするタイプの女子だからだ。それに、彼女が教室に入ってきた時のクラスメイトの反応が気がかりでもあった。

 一方の瑠凪は、その後、明日香に抵抗する事はなく、ホームルームは終わった。


 ホームルーム後は、全校生徒で始業式が行われる為、体育館へ移動する事になっている。

 本来なら学級委員が先導するのだが、当然学級委員は決まっていない訳で、代わりに日直が行う事となった。


 陽介と瑠凪が、並んでクラスの先頭を歩く。

 瑠凪のデジタルパーマがかかったミルクティー色の長い髪が、歩く度にふわりと揺れる。

 メイクでアイラインが少し吊り上っているせいか、性格がキツそうな雰囲気ではあるものの、目は二重で瞳も大きく、鼻筋は通っていて美人である事に間違いはなかった。


(こんな美人が、何でクラスメイトに敬遠されているのだろうか。まあ、優奈の方が美人なのだが)


 陽介は、瑠凪を横目で見ていると、その視線に気づいた瑠凪が「なに」と冷たい目で陽介を睨みあげた。

「いえ、何でもないです……」と陽介は、萎縮しながら彼女から視線を外す。


 それからは、特に何も事は起きず、始業式は終わり、再び教室に戻ると、各教科45分間の抜き打ちテストが実施された。

 数学から始まり、残すところ英語と社会の2教科のみとなったところで昼休みに入った。


「抜き打ちとかマジでやめて欲しいよな。これで大学推薦の内申に響いたらどうしよう」


 久慶は、カレーパンを口に咥えながら、項垂れていた。そんな久慶を、陽介と美雪が肩を軽く叩いて慰める。

 美雪曰く、このテストの目的は、高校1年の学習内容が把握できているかの確認がメインらしく、内申にはあまり響かないとの事。

 それを聞いた久慶の表情は、先程とは打って変わり、とても晴々しいものになっていた。

 そして、久慶は、自分のカバンを上から2回叩き、陽介に教室に出るよう目配せをする。陽介もそれに応じるようにすんなり席を立つと、二人は、美雪を置いて教室から出ていった。

 美雪も毎度の事なので、彼らを気にかける事はなく、スマホでBL本の情報をチェックしながら昼食をとっていた。


「陽介、誰もいないな」


 一方の陽介と久慶は、ゲーム部の部室の前にいた。

 久慶は、ゲーム部のキャプテンと仲が良く、お気に入りのDVDを貸す条件で部室のスペアキーを借りている。

 陽介は、ドアの窓をチラリと覗き、部室内に誰もいない事を確認すると、久慶にOKサインを出した。

 OKサインと同時に久慶は、借りているスペアキーで部室の鍵を開け、二人とも足早に部室の中へ入っていった。


 ゲーム部には、最新のゲーム機はもちろんレトロゲーム機やボードゲーム等、様々なゲーム類が備わっているが、彼らの目的はそれではない。

 彼らの目的は、テレビゲームをする際に使う液晶テレビであった。この液晶テレビは、DVDレコーダーが内蔵されているタイプなので、彼らの欲求を満たすには最適の道具なのだ。

 もちろん、外から見られないよう、ドアの小窓は、事前に部室に隠していた黒地の布で覆っている。

 久慶は、カバンから取り出したDVDを液晶テレビ右上のレコーダー部分に差し込むと、陽介が、外に漏れない程度の音量に調節し、今日のお楽しみ鑑賞会が始まった。

 元アイドルの艶めかしい姿に、二人とも釘付けになる。


 だが、その時。


 ドアの向こう側で誰かの話し声が聞こえる。

 陽介達は、慌てて液晶テレビを消し、DVDを取り出そうとする。

 しかし、何者かがドアノブに手をかける音がした為、DVDがレコーダー部分から出た状態で、彼らは部室に二台あるロッカーに身を隠す事となった。

 バレないよう息をひそめる陽介と久慶。

 ロッカーには隙間もなく、部室に侵入してきた者の足音だけが唯一の頼りであった。

 ゴソゴソと物音も聴こえる。きっとゲーム部の部員が何かを取りに来たのだろう。


 数分後、足音は部室から遠のいて行き、観賞会の続きを始めようとしたのだが。

 レコーダーに刺さったままだったDVDが無くなっていたのだ。


 陽介と久慶は、ゲーム類が置かれている棚や机の引き出しの中をくまなく探した。

 しかし、DVDを見つかる事がないまま、昼休み5分前の予鈴が部室に鳴り響いたのであった。


 昼休み明けの抜き打ちテストも、DVDの頭が一杯となり集中できない。久慶に至っては、ショックのあまりシャーペンも握らず机に突っ伏している。見かねた明日香が何度も久慶の両脇を掴み上げて起こしていた。


 そうして、時間は過ぎていき……。

 チャイムの音共に、走らせていたペンがピタッと止まる。

 最後の教科の抜き打ちテストが終わり、生徒達は解放感に浸っていた。一部を除いては。

 明日香は、答案用紙を回収し、続けて終業のホームルームを始める。


「明日からは授業開始だから、教材とか忘れちゃダメだよ。それと、日直。今日から日誌書いてもらうからよろしくね」


 そう言うと陽介に日誌を手渡し、書き終わったら教室に持ってくるよう伝える。

 日誌を手渡された陽介は、始業式と抜き打ちテストのみの日に何を書く事があるのか疑問に思った。

 それに、もう一人の日直、日向瑠凪と今日の日誌を完成させなければならない事への不安も感じていた。

 始業式で体育館に向かっていた時以外、陽介は、瑠凪とは話をしていない。


(こういう時こそ、久慶が居てくれれば!)


 陽介は、人見知りしない久慶を頼りにしようと考えた。

 だが、最終教科のテスト前の休憩時間に、久慶が今日失くしたDVDを再び買う為、市内にあるDVD専門店をくまなく見て回ると話していた事を思い出し、陽介は頭を落とした。


 そして、ホームルームも終わり、生徒達は教室を後にした。

 陽介は、ほんの一握りの可能性を信じて久慶に声をかけようとしたが、ホームルームが終わった瞬間、久慶は、慌ただしい勢いで教室から出ていった為、声をかける事はできなかった。


 今、教室にいるのは、そう、陽介と瑠凪の二人だけ。

 陽介の席は、教室の扉に近い列の真ん中なのに対し、瑠凪の席は、窓際の一番後ろの席。

 二人の距離は、明らかに距離があるものの、陽介としては、自らの性格上、瑠凪の隣や前に座る事はできない。

 一方の瑠凪もまた、退屈そうな表情をしながらスマホの画面を見ており、陽介の元に行く素振(そぶ)りすらない。


(気まずい……)


 いっその事、瑠凪の前の席に座っていた友達との約束を優先して欲しかったと、陽介はこの時ばかりは切に思った。

 だが、なぜ、彼女は一緒に日誌を書くつもりもないのに友達との約束を断ってまでここにいるのか、陽介は脳裏に疑問符が浮かぶ。

 一先ず、陽介が日誌の大半を書き進めていき、残すは日直のコメント欄のみとなった。


「あの、日向さん。日直のコメント欄書いてほしいんだけど……」

「……」


 瑠凪は、陽介の問いかけに無反応で、相変わらずスマホの画面を眺めている。


「っじゃあ、丸文字っぽくして、日向さんの分も書いておくね」


 陽介は、女子が書くような字体を想像しながら、日向の分も記入し終えると、「先生に届けに行くね」と瑠凪に伝え、席を立とうとしたその時。

 左斜め後ろから椅子を引きずる音が聞こえる。

 陽介が振り返ると、瑠凪もまた席を立ち上がり、彼の方を見ていた。そして、彼女は、ゆっくりと陽介の元へと歩みを進めていく。


(何々? もう、怖いんだけど。もしかして、一緒に先生のとこに行くのか)


 陽介は、立ち上がったまま、こちらに向かってくる瑠凪を戸惑いの目で見つめる。

 そして、瑠凪は、陽介の目の前にやって来た。

 その大きく澄んだ瞳でまっすぐに見つめられ、妙な緊張感が、陽介の全身を駆け巡る。


 数秒の間の後、瑠凪は口を開いた。


「あのさ」


 始業式の時の冷たいトーンとは違い、少女漫画のヒロインのような可愛らしい女子の声が陽介の鼓膜に響く。


「どっ、どうしたの?」

「夏川くんに聞きたい事があって……」


 ”ゴクン”


 陽介は、思わず生唾を飲み込んだ。

 この状況は、さすがの陽介でも理解できる。


 彼女の今までの態度は、ただの”ツン”なだけ。それは、周りの目があるから。

 二人きりになって、彼に初めて見せる彼女の可愛らしい態度。

 窓からはオレンジの光が差し込み、彼女のミルティー色の髪は鮮やかに輝いて見えた。


 しかし、陽介には、優奈という天使が心の中に住み着いている。


(俺は、日向さんの気持ちに応える事はできない)


 カーテンが揺れる。

 春の温かみのあるそよ風も、今の陽介には少しばかり冷たく感じられた。


 瑠凪は、羽織っていた白色のカーディガンのポケットにそっと手を入れ、何かを取り出すと、取り出した物を陽介の目前にチラつかせた。

 ラブレターだと勝手に思い込んでいた陽介は、少し面食らったが、目前にある物に見覚えがあった。


 白色の表面にピンクで印字された円盤状の物。そして、そこに書かれていたのは……。


『もう恋していいですか? 上目遣いで誘ってくる元アイドルに、僕の”濃い”をプレゼントしました』


 陽介は、目の前の光景に脳内処理が追いつかない。


「ねえ、これ、あんたのだよねー?」


 瑠凪は、そう陽介に問い詰めると、ニヤリと怪しく笑って見せた。

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