ジークの過去と奴隷工房
男の話をしよう。
その男は、国を焼かれ、地上の地獄を味わった、一人の盗賊崩れである。
十年前、ラウンズ王国から海を挟んだ大陸の、とある王国が戦争に敗れ滅亡した。
勢いを増す『神統教国グラズヘイム』に呑み込まれ、滅び去ったのである。
だが、王国の王子は何とか生き延びていた。何百という人々の犠牲によって、彼は燃え盛る城下町から脱出する。そして、王国の再興を目指して歩みだそうと……できなかった。
『何かがあれば、彼を頼れ』
『あの領主殿であれば、必ずやお力になってくれるでしょう』
その言葉を信じ向かった先で、彼は絶望を知る。
そもそも、彼の国が教国に敗れた理由が、その領主の裏切りだったのである。
最も王に信頼されていた男は、欲の為に国を売った。
結果として、王子は再び逃げることになる。
領主から王子の存命を聞いた教国は、彼に多額の懸賞金をかけた。
以後三年に渡り彼は大陸を逃げ回り、ときには理不尽な迫害を受け、ときには懸賞金目当てに偽りの情愛を向けられたりと、過酷な日々を送ることになる。そうした中で、彼自身も生き抜く術を培い、逃亡と裏切りを繰り返しながら大陸の暗部を転々とした。
その果てに、ラウンズ王国へとたどり着く。
もはや王国再興の夢すら忘れ果てた青年は、ひとつの組織の下働きをしていた。
『奴隷工房』。
大陸に名を馳せた人身売買組織である。
『鉄の掟で団員を縛り、ひとつでも破ったものは魔獣の餌となる』
『無防備な村を襲い、殺害と陵辱の限りを尽くした』
『大陸中の奴隷組織と繋がりを持ち、さらった女子供は二度と日の目を見ることができない』
『実は王国貴族とも繋がりがある』
『騎士団が何度も敗北しているのは、内部に内通者がいるからだ』
等、様々な悪評が囁かれていた。
だからだろう。
ある日、山中に拠点を張っていた彼らの下に、一人の女騎士がやって来たのは。
『ここが「奴隷工房」か』
『王国騎士たるこの私が成敗してくれる!ところでゴブリンや奴隷商人組織やオークと繋がっているのは本当か!?なおさら許せんな!』
『しょせんはまともな訓練も受けていない雑魚の集まり、その性根から叩き直してくれる!』
どうみても負ける側のセリフだが、驚くべきことに、彼女一人によって盗賊団は壊滅する。
たった一人によってだ。
『私は、負けない!!』
本当に負けなかった。
薬物によって凶暴化したオークを軽く粉砕し、無数のトラップを知らぬと踏破し、猛毒・淫毒の数々を無視しながら、暴力の波に押し流されることもなく、強欲な魔物に蹂躙されず、洗脳魔法をいとも容易く引き千切り、悪人達の積み上げた全てをその両腕で捩じ伏せた。
鮮烈極まる英雄譚が、そこにあった。
まだ一介の新人騎士に過ぎなかった少女は、この戦いをきっかけに、王国中に名を知られる存在となる。
その伝説の第一章を、彼は間近で見届けた。
精神を摩耗させ、夢も希望も持てず、流れ着いた盗賊団で下働きをするしかなかった亡国の王子は、その光に目を奪われた。
なんて━━気高い。
なんて━━力強い。
なんて、美しいんだろう。
ならば、俺は。
その光に殉じる剣となりたい。
光輝く英雄を、暗く深い闇の底から見上げて、胸に抱いた憧憬。
それこそが、二番隊副隊長ジーク・ラインフリートの始まりである。
なおその後。彼は下働きであり、奴隷売買に直接関わってはいなかったが、牢屋にはきちんとぶちこまれた。
しかし真面目に働き、刑期を終えて出て来て即座に騎士団へ入団。アリナ程ではないが相当な出世スピードで、二番隊副隊長となる。
そして今、俺は副隊長として部下を率いて、山賊との戦いに臨んでいた。
「ヴェラとシェラは好きに動いて撹乱しつつ敵を撃破!」
「おけおけおっけー!遠慮なくやっちゃうよー!『疾風刃』!!」
「わかりました。一人残らず撃ち抜きます」
双子が、戦場を駆け抜ける。
細く小さなその体は、巨漢の間を走り回っては容赦なく切り裂き、あるいは撃ち抜く。
ヴェラは、攻撃型の剣術『火剣流』を更に攻撃に特化させた流派『風神紫電流』の使い手だ。とにかく速さにこだわった流派であり、ただでさえすばしっこく小柄な彼女が使用すれば、それはもう誰にも捉えられない。
そして万が一彼女に追い縋れたとしても、シェラの魔弾がそいつを撃ち抜く。
シェラの武器は、両手に構える二丁の銃。しかし、銃口から放たれるのは鉛の弾ではなく、魔力の弾丸だ。魔力操作に優れた彼女に、アリナ隊長が提案した戦術であり、魔力こそ消費するが再装填の隙がないのが強みだ。
「エイルはグレイの狙撃位置を作ってくれ!」
「『木々よ……』!!」
「イスルスはエイルを守れ!グレイ、狙撃開始!」
「了解だ副隊長!」「わかったけど」
魔法で操られ、高速成長した木々の上に立ち、グレイが射撃を開始する。空間を駆け抜けた矢が、次々と山賊を射抜く。高所に陣取ってしまえば、もはやグレイに敵はない。『盤上遊戯』で鍛えた戦略眼と、卓越した弓の腕が、片っ端から山賊達を仕留めていく。
その根元付近では、魔法使いであるエイルを仕留めようと集まった山賊が、イスルスの槍で薙ぎ払われていた。相変わらずとんでもないパワーだ。漁師の家に生まれた、港一番の怪力だからって、あそこまでの力が身に付くか普通。ちらっと様子見した時には賊が五人ほど宙を舞っていた。
森の中でありながら長物を振り回せるのは、エイルの魔法があるからだ。イスルスの槍捌きに合わせて、木々が移動し、間合いを広げる。
順調だ。
順調過ぎるほどに。
一歩引いて全体を見渡しつつ、考える。
アジトを引きずり出し、混乱させたところを一気に狩る。短期決戦の山賊二百人狩りは、ここまで上手く進んでいる。
「エイル!木々を操りつつ敵の撃破に回れ!イスルスはエイルの防衛を徹底!!」
「は、はい!」「オーケー!近付いた奴からぶちかますぜぇ!」
「グレイ!何か異変があったら即報告!」
「私はー!?」
「グリーンヒル姉妹は好きに動いて構わない!混乱してるうちに、敵の数を削ってくれ!」
「了解です」
「わかったよー!」
敵の数は減っている。
上からはともかく、地上から見る分には不審な動きは感じられない。
そろそろ、倒した数が残存数と逆転しそうだ。
にもかかわらず……なんだ?この違和感は。
「指揮してる奴を狙えええ!!」
「ぶっ殺す!!」
「逃げるな!逃げても死ぬなら立ち向かえ!」
パワーはありそうだが、動きが隙だらけだ。
こちらに向かってきた山賊を、剣の腹で殴り、昏倒させる。
……なんなんだ。この違和感は?言い様のない不安感は?
「……俺も攻撃に参加するか?」
そうすれば殲滅速度は更に上がるはず。
そろそろ向こうも冷静さを取り戻し、ヴェラとシェラに対応してくるだろう。ここで、俺が加われば。
「━━━なるほど。悪くないですね」
背後から、声がした。
「しかし、あなたが加わることはできません」
馬鹿な。
全く気が付かなかった。
背後に、一人の男が回り込んでいた。
「『火円斬』!!」
回転しつつ背後に斬りつけて、距離を取る。
━━━目を疑った。
あり得ない。
何故なら、お前は捕まったはず!
「お前は……!」
「おや、以前どこかでお会いしましたか?」
「なんでここにいやがる……ゲリュオン!」
『奴隷工房』の元トップ。
捕まったはずのゲリュオン・バートがそこにいた。