山賊狩り
この街道に巣食う山賊の討伐もまた、二番隊に課せられた任務である。
本来なら精鋭部隊が出る必要もないのだが、この山賊一派は既に二度、騎士団を撃退している。並の隊員では相手にならないどころか、裏では奴隷商人だとか魔物だとかと組んでいるようで、団員内にも行方不明者が出てしまっていた。そこで、そういった組織を壊滅させた実績を持つ私、アリナ率いる二番隊に白羽の矢が立ったのである。
……私としても、好きで潰してる訳じゃないんだけど。
むしろ潰して欲しいんだけど。
『人間牧場』や『奴隷工房』といった、その業界の大手に潜入した時なんかは柄にもなくテンション上がったものだったが、結局内側から全滅させてしまった。とほほ……。
なんて、思い出話はここまでにしよう。
山賊共が木々の合間を縫って、こちらへと大量に押し掛けてくる。
「グレイ!敵の数は!」
ジークの質問に、グレイは一瞬目を閉じる。
そして、答えた。
「山全体で約三百人。うち、百人がこっち来てるね」
弓使いの少年グレイ・トレスは、五感のいずれかを閉じる代わりに他の感覚を鋭敏にできるという特技を持つ。今回は、目を瞑ることで聴覚と触覚を何千倍もの感度に引き上げたようだ。
「では私はここの百人を対応するよ。君たちで二百人を制圧してみなさい」
指示を出すと同時に、右手を振り抜く。
魔王ハザフに放ったのと同じ、飛ぶ斬撃で道を開いた。
「行け」
「了解!」
部下達は皆一斉に駆け出す。
先頭をかけるのは双子の妹ヴェラ。その次に、大柄なイスルスが、動きの遅いエイルを抱えている。銃使いシェラと弓使いグレイは木々の枝から枝に飛び移るように移動し、殿をジークが油断なく務める。
うん。良い動きだ。
「……へえ、俺たち百人を一人で相手するってか」
「構わない。何せ、こちらももう限界でね」
ずっと気配を感じていた。
こちらに来ている山賊百人の中に、いる。
本物が。
ごくりと喉をならしながら、宣言した。
その本物に聞こえるように。
「私は、負けない」
捕食者が、ニタリと笑ったような気がした。
━━━走る。
俺、ジークは殿として、他の隊員の背中を守りつつ森を駆け抜ける。
隊長が引き付けてくれているおかげで、追手はほとんどいなかった。
「見えてきた。あれが敵のアジトだ。洞窟を利用してるけど」
グレイが認識した。程なくして他の全員も理解する。俺にも見えた。
それは確かに洞窟だった。見張りが数人、外をうろついている。襲撃班の百人が出ては行ったものの、中からは更に濃密な気配を感じた。
「中はトラップでいっぱいでしょう。考えただけでゾッとします」
「入るのは避けたいねー」
グリーンヒル姉妹が呟く。
その通りだろう。現に、山賊討伐に失敗し敗走した騎士の報告によれば、内部はおぞましいトラップや、捕まった人々を奴隷へと『作り替える』という悪趣味な仕掛けが大量にあったという。
「相手は二百人の山賊か。海賊だったら相手が三百でも四百でも行けるんだが」
そうぼやいたのはイスルス。
いや……それは流石に厳しくないか?隊長でも難しいのでは。
「ふ、副隊長……どうする?」
エイルが尋ねてきた。
どうする、か。彼女は、具体的な方法の提示を求めているわけではない。
やることはわかっている。後は、それを実行するか否かを聞いているのだ。
俺は、許可した。
「やってくれ」
「……わ、わかった……!!『木々よ、我が声に従い、我が手足へと変じるがいい』!!」
エイルの魔法は『植物操作』。周囲の木々に語りかけることで、植物の全てを手足のように操るものだ。街中だとか、木々の少ないところでは大きな効果は望めないが、このように山中であり、自然に溢れた場所でなら。
木々の根が蠢き、山賊のアジトを文字通り全て、まるごと地上へ引きずり出す!
「なっ……なんだ!?」
「どうなってやがる……!」
「頭領は!?」
「襲撃隊はどうなったんだ!?」
「加工室!加工室が!」
「……ありゃ誰だ?」
「まさか騎士団!?」
完全に混乱しているようだ。
気持ちはわかる。状況は少し違うが、俺も似たような経験があるからな。
瞬間、フラッシュバックする過去の景色。
何とか振り払いながら、剣を構える。
遠慮はしない。あの頃とは違う。今の俺は、アリナ隊長に仕える一人の騎士なのだから。
「一気に制圧する!全員、突撃!!」