隊長は強さ以外にも凄いものを
隊長と別れてから、数時間。
俺はひたすら素振りを続けていた。
「九千九百九十七、九千九百九十八、九千九百九十九……いち、まん……!」
ズシリ、と音を立てて、剣が手から落ちる。
腕が、限界を迎えていた。
鍛練用の剣はやはり重い……。素振り一万回で限界が来るなんて。
汗を拭いながら思う。
……こんなんじゃ駄目だ。もっと強くならないと、アリナ隊長に相応しい騎士にはなれない。
でも、これを繰り返すだけで本当に強くなれるのか?素振りよりもっと簡単で、楽に、効率よく成長できるものがあるんじゃないか?
隊長だって、ただ基礎を繰り返しただけあそこまで強くなれたわけではないはず……。
裏技があるんじゃないか?
例えば……身体能力を増強する薬とかを使えば……。
……駄目だろそれは!
いや、でもなんで駄目なんだ。強くなれるし良いじゃないか。
過程なんてどうでもいいだろ。大事なのは結果のはずだ。
裏技無しで弱いままより、裏技で強くなった方が、多くのものを守れるはず。
隊長を守れるようにだって……。
そういえば、隊長、遅くないか?
もう四時間以上経ってるのに、一向に服着て現れる気配がないぞ。
……まさか、溺れてたりしないよな……?
あの隊長がまさかそんな。
だいたい、ついさっき俺を泳いで助けてくれてたじゃないか。
でも……心配だ。
昨日は魔王との戦いがあったし、一昨日は一人でゴブリン三百匹と戦ったんだ。疲労が祟って普通なら起こり得ないことが起こってもおかしくない。
「明日からは、各地を回って魔物退治をしないといけないわけだし……ここらで切り上げて帰らないと」
若干の不安を胸に抱きながら、滝へと急いだ。
その後、俺が目にしたのは、滝に対して垂直になって水を浴びる隊長の姿。
分かりやすく図にすると、こう。
↓↓↓
↓滝↓ ドドドドドドドドド
↓↓↓
↓↓↓
↓↓━〇 ←アリナ隊長(上を向いてる)
↓↓↓
↓↓↓
滝壺
「え?」
夢かと思ったので頬をつねってみた。
痛かった。
夢じゃない?
現実?これが?
え。
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
「なっ、なにしてんすか隊長!!????????」
「ががばばっ!!がーぐぼばぶば!!」
「何言ってるかわかんねえ!!」
ちくしょう!ただでさえ滝の音で声が掻き消されるというのに、姿勢が姿勢だから口に水が入って隊長の声がわけわからんことになってる!
クソッ、いったいどういうことだ?どうして隊長はあんな姿勢に?まさか魔物の仕業か?いや魔物だとして隊長がそんな奴等に遅れをとるはずがない!あの隊長だぞ!オークやゴブリンや触手やスライム、数多の強敵を撃破し続けたアリナ隊長だ。負けるはずない!魔物なんかに隊長は絶対負けない!
恐らくアリナ隊長は自分からあの姿勢になったんだ。…………なんで!?
考えろ考えろ考えろ考えろ……!
あらゆる可能性を考察しろ、ジーク・ラインフリート!
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ━━━━━そうか!
足場がないんだ!この滝!
滝の落ちていく先は深い淵であり、岩だとかは存在しない。
恐らく、滝行をしようって言ってたときの隊長のイメージでは同然のごとく
↓滝↓
↓↓↓
↓↓↓
↓↓↓
↓〇↓
↓⊥↓
(足場)
こうだったが、足場がなければ当然無理!
そこで隊長は考えた。
そして見つけた!
足場を!
どこに?滝の裏側に!
というわけで滝へ跳躍し、体を貫通させ、垂直になるまで削れた岩肌へ足を突っ込む。
水面から平行、滝に対して垂直。
滝の勢いも悪くないと満足して、滝行を開始したんだ!
いや明らかにおかしいだろうと思うだろう。
でも、ここまで来て足場がないから別の滝を探そうとか、足場がないから滝浴びるの諦めるかとか、そういう逃げを、隊長は選びたくなかったのだ。立ち向かうことを選んだんだ。
……ここで逃げを選ばないからこそ、隊長は最強の座に立つことができたのかもしれない。どんな困難にも前を向いて立ち向かう。その積み重ねの先に、今の隊長が存在している。
ああ、もう!さっきまでの、薬や裏技に頼ろうとした自分を殴りたい。殴る!
いてえ!
結果だけが大事なわけではないんだ。
立ち向かい、踏破する、その過程こそが、あの人の強さの本質なんだ!
楽な道に逃げてはいけない。立ち向かえ。
そう、アリナ隊長は全身で伝えてくれているんだ!
アリナ隊長……貴女という人は……!
「……ありがとうございます……!」
「ぎがぐが!!ぼぼぼぼおばぶお」
「はい!俺、がんばります!どんな困難にも、逃げずに立ち向かって、打ち勝って、必ず、隊長に相応しい騎士になります!!」
裏技なんかに頼るものか!
頑張るぞ!俺!どんな壁も乗り越えて、アリナ隊長みたいになるんだ!
「ぼうっ!!」
そう、隊長は掛け声のようなものを上げた。
そして滝から脱出し━━━
ここで俺は思い出した。
ここまで滝の水飛沫で隠されていた真実を。
或いは俺は最初から知っていたのかもしれない。だけど見ない振りを、知らない、気付かない振りをしていたのかも。
とにかく、俺は見てはならないものを見た。
滝から岸へと跳躍、着地した隊長は、満面の笑みを浮かべていたと思う。何故断言できないのかというと、前後の記憶が曖昧だからで、何故曖昧なのかというと、俺は恐らく意識が飛んだからだ。そして何故、意識が飛んだのかというと……
「……はぁ、気持ち良かった!滝ぐらいの勢いだと刺激的で大変よろしい!いつものやつの百倍気持ち良かったね!もう最高だ!煩悩が祓えた気がするぞう!!待たせてごめんね。何か言ってた?ジーク……ジーク?…………大量の鼻血で貧血起こして気絶ってほんとに起こるんだ……」
隊長は、強さ以外にも凄いものを持っていたという話。