滝行
滝行。
滝行とは、滝に入って行う修行のこと。主に精神を鍛えたり、体を清めるために行われる。
というわけで理想のゴブリンの前でも平常心を保てるよう、心身の修行の為に滝を浴びに山へ向かった。魔王討伐の翌日である。
何故かジークもついてきた。
「せっかくの休日なんだから、街で休んでいても良かったのに」
「暇なんですよ。二番隊の面子も皆予定がありますし。女子組は三人で買い物。男組はイスルスが海に魚釣りで、グレイは盤上遊戯の大会だそうで。なら、アリナ隊長に付き添いで来た方が良いかなと」
「ふぅん」
「あと隊長、滝の詳しい場所知らないでしょ。この辺かな~って適当に探すつもりだったんじゃないですか?」
「まぁそうだけど」
「……この辺一帯の地理なら俺の方が詳しいです。もっと頼ってくださいよ」
「あー、そういえばこの辺だっけ。……懐かしいねえ」
周りの木々に見覚えがあると思ったら。
「……っと、到着ですよ。ここです」
「案内ありがとう、ジーク。とても助かった」
木々を抜けて、晴れた視界の先に、それがあった。
滝だ。
ゴウゴウ、ザアザアと、音を立てながら落ちていく水の迫力は相当なものである。
滝壺は底が見えない。かなり深そうだ。
にしても凄い勢いで水が落ちていく。浴びたら気持ちよさsじゃなかった。煩悩を祓いに来てるんだ私は。
どれ、さっそく浴びるか。なんて考えていた私を、ジークが片手で遮る。
「どうした」
「ここは単なる滝ではないとされてます。昔この一帯に竜が棲んでいた、と……か━━━」
言葉が途切れる。
当然だ。
「フラグ回収には早すぎるでしょ」
深い滝壺から現れたのは、全長十メートルはあろうかという、巨大なベビだった。
竜ではないのか。かつて棲んでいたという怪物は退治され、その後こいつが住処を乗っ取ったのだろうか。それとも最初からこのベビを竜と誤認していたのか。
気になるところだが、それを知ることはできなかった。
「俺が倒します。━━━『音超え』!!」
隣のジークが跳躍し接近。そのまま蛇を斬ったのである。
殺すには至らなかったが、体を深く切り裂かれた痛みで、ベビは川下へ逃げていった。
同時に、ジークが水中に落下する。足場はほとんどなかったのだ。
「……まずい」
急いで滝壺に飛び込む。水は濁っていたが、ジークの気配は簡単に捉えることができた。
腕を掴んで浮上。岸へ向かい、彼の体を引き上げる。
幸い水を吸い込んではいないようだった。
「……すいません、隊長」
「跳ぶなら着地まで考えろ。まったく……」
「…………」
「もしかして、魔王に負けたことを気にしていたのか?」
「そんなことは……」
あるな。
まぁ、気にするだろうとは思っていた。負けたら悔しい。もっと強くなってリベンジしたい。そう思うのは当然だ。
あの大蛇を倒して更に強くなりたかったのだろう。
君はまったく弱くないんだがね、ジーク。
大蛇を単身追い払える騎士なんてそういない。まだ二十を超えたばかりで火剣流の『音超え』を使える剣士は、王国騎士団でも数えるほどだろう。単純な戦闘力でなら、一部の隊長格も越えている。
魔王に負けたからなんだという。
相手は世界の頂点の域にいる十人だ。
真正面からよーい、ドンで戦って、勝てるやつはそういない。総代騎士長パーシアスですら怪しい。そして、その領域に辿り着けるのは……人間的におかしい奴だけなんだ。
だから、君はそのままでいても良いんだよ、なんて言ったところで、ジークは納得しないだろうな。
仕方ない。
「なら、一緒に修行するかい」
私がするべきは、諦めさせることじゃない。
正しい強さの道へ、導くことだ。
明らかにおかしな強さの道を突き進んでしまったものとして。
「いえ。隊長に迷惑はかけられません。俺はむこうで素振りをしてきます。素振り用の重い剣も持ってきてるんですよ」
「……そうか。なら頑張れ。ただひとつだけ。……大事なのは肉体の強さだけじゃない。精神の強さも必要なんだ」
それを鍛えるためにこうして滝を浴びに来たんだしな。
「私はここでしばらく浴びてる。気の済むまで鍛えておいで」
「はい。俺は、もう二度とあいつに負けない騎士に━━━って、何服脱いでんですか隊長!?」
「?滝を浴びるのに服を着たままじゃおかしいだろ」
滝浴びるんだぞ?脱がないでどうする。
浴びてるうちに乾かせるしな。
「あんた自分の性別わかってんですか!!」
今にも火を吹きそうな顔をして、全力で目を背けるジーク。
あ、そうだった。今の私は女だった。
たまにやっちゃうんだよなぁ……。テンション上がってたりすると、抜けきったはずの男の感覚が出てくることがたまにある。
反省せねば。
「お、終わって服着たら呼んでください!!いいですか!?服着たらですよ!!!いいですね!?」
「お、オーケー」
「では!!失礼します!!」
行ってしまった……。
うーん、正しい道に導くはずが……。いや、あの反応は健全だし、道を踏み外してないという点では成功なのか?
難しいな。
急いで考えても結論は出なさそうだし、ゆっくり考えていくか。
とりあえず今はここに来た目的である滝を浴びよう。
……ん?……あれ?
この滝、足場無くね?