0062
王城国王執務室
勇者たちと優勝者達がダンジョンに行ってから今日で五日目。クリストファーは近日帝国が商人や武器商人から一気に食料や量産型魔道具などを買い込んでおり、リハージ王国と帝国の間にある平原近くの都市に帝国兵士が集まってきていることからここ二週間にでも戦争を仕掛けてくるつもりだろうと予想していた。
いつもならばもう少し遅い時期に仕掛けてくるのだが勇者に興味を持ったのだろう。しかしあそこまでの戦力と物資をあの早さで調達するとはさすが帝国だ。
この世界でも戦争をするのには普通どの国の王でも戸惑いがある。当たり前だ。戦争にはそれほどの兵、武器、食料などが一気に消費され、莫大な金が必要なのだ。それを毎年のように攻めてくる帝国が異常なのだ。いつもは小競り合いで終わるが今回の兵の量は近年の兵の量を易々と超えている。王国を潰すとまでは行かないが領土を奪い取る気なのだろう。さらに他国にほとんど情報を漏らさず、気づいた時には戦争が行われる手前だ。この世界にも宣戦布告や戦争をするための建前などがあるが帝国はそれをすべて無視していきなり攻めてくる。この間も国二つが帝国を裏切ったことによって一日で滅ぼされた。一つの国は帝国幹部を含めたたった三名により滅ぼされたようだ。その土地は既に帝国の領土となっている。宰相達も他の仕事を投げ出してでも最優先で兵や武器の招集しているが本当にギリギリ間に合うといったところだろう。
帝国と本気で戦争をするなど悪手も極まったようなものだ。どうするべきか……。
そのように国王が苦悩していると扉が勢いよく開かれる。普通の兵であれば監獄行きであるが、入ってきたのは宰相であるマルコムであった。そしてマルコムの顔には汗が流れていた。
「へ、陛下。ご報告がございます…」
「いったいどうしたというのだ?」
「勇者如月を含めたケイのパーティーがダンジョンを攻略し、戻ってまいりました…」
一瞬。ほんの一瞬であるが国王も思考を停止する。しかし直ぐに思考が元に戻り、それはあり得ないことだと切り捨てる。
「なにを言っておるのだ。まだ五日目だぞ。七日でも攻略できるものがいるかもわからん。それを五日で攻略できるはずなどないだろう」
「私もそう思ったのですが五十階層のボスであるデスパラディンの死体も持っておりました。あの者達がダンジョンに潜ってから不正がないようにデスパラディンの素材はこの王国にあるものはすべて把握しておりましたが、どの物も他の者に購入されるか購入されていないままでした…」
国王の思考が再び停止する。今の話だと不正は考えられない。ということはなぜ?いくら考えても分からない。そしてついに思考を破棄。
「その者たちを連れてこい…。そして念のために近衛もこの部屋に呼べ…」
「承知いたしました」
マルコムは頭を下げると執務室を出て行った。
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そして再び執務室
「もう一度聞くが不正はしていないのだな?」
国王様が何度目かわからない質問をしてくる。
「何度もいいますがしておりません」
そして何度目かわからない回答をクリスが返す。
「ふむ…。報告書を見ても不審な点は見当たらない。どうやら本当に不正はしていないようだ」
ここでケイはあれ?と思う。不審な点しか見つからないと思うけど…。ケイの頭の中には?が大量に出てきた。
そしてこの時のキサラギの脳内を見てみよう。
はぁー。ばれなくてよかった~。
キサラギが報告書を書き換えていたのだ。報告書はダンジョン内では王城に送ることはできない。ということはエルデンのバッグに溜まっているということ。そして報告書は布ではなく紙でできた物によって行われる。普通ならば手に入れることができない高級品。だがキサラギは王城の中にいた。十枚や二十枚でも容易く手に入れることができる。キサラギは前もって報告書が書かれるのを予想し、準備し、夜な夜なエルデンの筆跡を真似ながら偽物の報告書を書き。出来るだけケイが王国に対して不利になることは伏せ書いた報告書を入れ替えていたのだ。エルデンが見れば偽造したものだとばれるが、王国は古くから重要なものは別のものに書き写し、書き写し終わったら報告書や重要書類を燃やす。そして国のトップの者しか見れないようにする風習のようなものがある。このことも王城でもほとんどの者がしらないが、キサラギは自分の持てる力を持って、可能な限り調べつくした。
ケイ君の役に立ててよかった~。今までいろんなところに忍び込んだかいがあったな~。
キサラギは現状殲滅魔法以外の魔法はほとんど使えない。使えるとしても誰でも使えるような水などだろう。つまり完全に自分の力だけで他人の筆跡を短時間で覚え、機密書類保管室に侵入したわけだ。もはやここまでくると天才といっても全く問題ないだろう。
「特に問題も見つからなかった。魔物の素材などは宰相に渡してくれ。再び三日後に呼ぶ」
「承知いたしました」
「ではケイ以外は下がれ」
クリスが戸惑いを一瞬見せるが国王様に頭を下げると俺以外が全員退出した。
もちろんだがケイは完全に予想外。そして無詠唱で意識分裂を発動する。ダンジョン内で意識分裂を使っていたのだが、ケイはあることに気づいた。
これ他のことにも使えるぞ。
そして今のケイは国王に対する礼儀と思考の回転を最適化させている。なんという無駄遣い…。
「ケイ。お主には帝国との戦争に加わってもらう。もちろん我が国の戦力としてだ」
そしてケイは国王の言葉にエリオットとの会話を思い出す。
「戦争に加わることに対しては問題はありませんが、一体なぜ私なのでしょうか?」
「なにもお主だけを参加させるわけではない。戦争には他の優勝者達にも参加してもらう。だがお主には絶対に参加してもらいたい。お主の私達でも見たこともない殲滅範囲魔法といっても問題ないほどの威力を単体で出せる者は戦争においては非常に魅力的だ。もちろん勇者様達の中でも可能な方もおるが、精神衛生上まだ戦争に出すわけにはいかん。更にに言うと帝国は今回戦争を近年より早めてきた。目的は勇者でほとんど間違いないだろう。帝国に勇者まで攫われてしまったらこの大陸に存在するすべての国の王が帝国に跪くことになってしまうだろう。それは絶対に防がねばならん。だからこそお主には絶対に戦争に参加してほしい」
ケイはしばらく沈黙し、最適化させた思考で考える。ケイは戦争というものにはできるだけ参加はしたくないが、今回は帝国との戦争だ。エリオットに聞いた話だとこの大陸現最強の国が本気で攻めてきそうになっているのだ。そして何より帝国事態に興味がある。ルカではないが帝国の皇帝とは是非とも一戦交えてみたい。帝国は皇帝とともに人類最強とも呼ばれているそうだ。いったいどれほどの力を持っているのか気になる。
「先ほども言った通り私は喜んで加わりましょう。リハージ王国の力になるために、私の力を存分にお使いいたしましょう」
嘘である。もちろんケイが喋っている相手は一国の王だ。数多の貴族と腹芸をしてきているためにそれが嘘だということはいとも容易くバレる。
「そうかそうか。それは実に喜ばしいことだ。ではお主も下がってよい」
最適化された動きで国王にお辞儀をし、ケイは執務室を出て行った。そしてケイの足音が聞こえなくなると別の足音が聞こえてきた。
「陛下。どうでございましたか?」
マルコムが再び入ってきた。呼んだのは国王である。
「帝国との戦争には加わってくれるようだ」
「それは良いことですな。帝国との戦争となると一人でも戦力が多い方がよいですからな」
「いつもの者達にも招集をかけてくれ」
「そちらは既に手配済みでございます」
「では、ケイをどこかの部隊に組み込んでくれ」
「あのものは未知の魔法を使うようですがよいのですか?」
「…そうなると単体で遊撃をさせた方がよいかもしれんな…」
「それがよろしいかと」
「それとだがケイとの会話はまるで腹芸に長けた貴族と会話をしているようだ。言葉の裏になにかあるのではと思ってしまう。そして礼儀もきちんとしていた。一人だけ残れと言われたときは少し戸惑っていたようだがそれもすぐになくなった。あの年であそこまでできるのだ。どこかの貴族の出かもしれんな」
「ではその方面でも調べてみましょう。それとキサラギ様達が持ってこられた素材なのですが王級が十五体ほど、覚醒級が五体程ありました」
「……あのパーティーの者は王級の契約魔物とギルドマスターと未知の魔法を使うものか…」
「それだけではないかもしれません。王城内にいたエルフの精霊使いがどうやらあの者たちの中に上位精霊がいるのを見たようでして」
「上位精霊だと!?」
「上位精霊ほどになると姿を隠すのも容易とその者はいっておりましたので…」
「上位精霊といえば確認されたのは何十年以上も前のはずだが…」
「精霊は魔力の濃い所を好むともいいますのでダンジョン内にいた可能性が高いです」
「ダンジョン内にいて姿を隠す精霊か。どうりで見つからないはずだ」
「わざわざ上位精霊を見つける意味もありませんしね」
「だが、その上位精霊をダンジョン内で見つけ、仲間にした可能性もあるのか…」
「覚醒級をあれほど倒し、尚且つこの短期間でダンジョンを攻略し、さらに上位精霊を仲間に加えるなど御伽話だといわれる方が信じられますな」
「そうであるが、それが御伽話ではなく現実になったか…」
「あのパーティーだけで数百名ほど余裕で相手できそうですね」
「特別部隊でも新設するか…?」
「それもいいかもしれませんが懐刀なるものにするのもよいかもしれません」
「確かに強力すぎる力だと他国に引き抜かれる可能性もあるな…」
「だからと言っていきなり王国の中枢に入れるわけにもいきません。前も言った通り情報をもっていかれては元も子もありませんし、なによりほかの者が納得しない可能性が高いでしょう」
「全く扱いに困る者達だ…」
「そうでございますね…」
こうして国王は様々な苦悩を抱えながらも帝国との戦争に向けて準備をしていくのだった。
この世界の情報
量産型魔道具 戦争などで多用され、魔法師ではなく騎士でも魔法が使えるようなる代物。しかしいくら魔道具といっても量産型なために、魔法の威力はそこまで高くはない。しかし、重ね掛けすることにより火力が高くなる。