天才的な発見をしました。
運転手さんである佐々部さんに扉を開けて貰い、中に入れば何故か優人はこちらをみようとはせずにずっと反対側の窓を見ていた。
窓越しからはちゃんと手を振ってくれたのに。今は目も合わないし話し掛けもしてくれないとは悲しい。
って、…むむむ?
近くに寄って耳を確認してみれば、少し赤くなっているように思えた。
まさか、婚約者問題で照れてたり…?
(マジかそれは萌えポイント案件だわ。)
言いたくはないが、私は前世では27歳まで生きていた。で、今の年齢は10歳。
合わせると37歳、つまり三十路にバリバリ突入した大人な女性なのである。
ちょい。誰ですか今。「…え?それはババァじゃね?」とか思ったやつ。
もう一度言う。大人な女性、なのだ。
婚約して、ゲーム通りに叶との恋路を邪魔する存在になるのが嫌なのであって、別に婚約云々で恥ずかしがる精神はあまりない。
だって、優人が好きなのは叶だ。
それを邪魔するなんてTHE悪役令嬢じゃないか。私は二人の恋を愛でたいだけです。
(いつもなら叶もいて、いちゃラブ見放題だったのに…ついてないわ。)
私と優人と叶はいつも一緒に登校しているのだが、今日は叶だけ社会科見学があって登校時間が違うというまさかの悲劇。
朝から二人のいちゃラブ見たかったよ!
「そ、れ、で?優人君はなーんでこっちを見ないの………かな!!」
「うお?!お、お前!急に顔を掴むな!」
「だって優人が反対側ばっかみてるんだもん。寂しいじゃん」
「分かった!分かったから離れろ!顔が近ぇ!!」
「うむ、ならよろしい」
重要ないちゃラブ提供者の優人と取り敢えず話さなければ何も始まらない為、強行手段に出てみた。
顎を掴んでこちら側を向かせてみたが…何だか悪役令嬢っぽくなっちゃった。
無意識に出来ちゃうなんて、もしや私って悪役令嬢の才能あり?
「急に何で顔色青くなってんだよ変なやつだな…」
「今日の優人に言われたくないやい」
「っ、それは…」
「昨日も聞いたけど、本当に良いの?婚約って繋がりは優人が思っている以上に強いんだよ?」
悪役令嬢の適合能力はあとで考えるとして、今は婚約について聞きたいのだ。
昨日は婚約の取り消しを駄目だと言われた。
優人は幼馴染みである私が婚約を取り消されたとなったら悲しむと思って断ったのだろうか。
そうなると、本当に恋を盛り上げるライバル役として有能な位置ですね私。
「…は!そうか!そうだよ!盛り上げ隊長なのか私は!!」
「?盛り上げ隊長…?」
ライバルという存在がいなければ乙女ゲームは始まらない。
具が入ってない味噌汁と一緒だ。
愛し合う二人で困難を乗り越え、最後はハッピーエンド…やるじゃないか悪役令嬢殿。
虐めは良くないが二人の前に立ちはだかる存在として演じてやろうではないか。婚約者というポジションを!!
「盛り上げ隊長って何だよ?」
「それは気にしない。良い?優人!これから私は誰にも負けない立派な婚約者になってみせるからね!」
「?!…い、良いのか?本当は…嫌がってたんじゃなかったのか?」
「そんな訳ないでしょ!最高の悪や…ゴホンッ、婚約者を目指すのさ!」
「~~っ、おうっ!」
優人の片手を包み込むように両手で握りながら宣言する。
ゲームでは祈が優人に対して、婚約を解消したら家の名前に傷がつくやら何やらと色々と言っていたことで彼を困らせていたのだ。
問い
では、問題と思われていた婚約者の私だが最終的には二人を応援する為に婚約解消を承諾したら?
答え
叶と優人の愛が困難(私)を乗り越え、元婚約者公認という特典もあってより燃え上がるに違いない。
…うん、私って天才かもしれない。解決策がこんなすぐに出るとは。
多少のスパイスは恋を燃え上がらせるもの!そして燃えが萌えに繋がる!
我ながら上手いこと言うじゃないかと自分に関心している間に学校の正門前に到着していた。
「優人坊っちゃん、祈お嬢様、今日も良い一日をお過ごし下さいませ」
「ありがとうございます!いってきます!」
「ありがとう、佐々部。また夕方頼む」
「かしこまりました。…婚約者の件、おめでとうございます。良かったですね」
「!…まぁな」
優人の耳元で佐々部さんが何かを言うと、嬉しそうな表情をした優人。
何を言われたのか気になるが聞かれたくないことかもしれないしね。我慢、我慢。
(それにしても…いつもより視線の数多くないか?いつか体に穴が空きそう。)
学校に着けば感じるのはいつもの倍はある視線の多さ。既に慣れつつあった視線もこうも殆どの人間から見られるとさすがに辛い。
隣で歩く優人も眉間にシワを寄せて不機嫌オーラを醸し出していた。
(皆様、これ以上見たら金取りますぞコラ?ついでに優人もぶちギレますぞコラ?)
校舎の中へ入っても視線の多さは変わらず。
この時点でこの疲労感はどうしたものか。
ため息を我慢して靴を履き替えようとしたその瞬間、背中に猪が突撃したかのような衝撃がきた。
倒れずにそのまま相手の腕を掴んで背負い投げをすれば、思った通り軽やかな身のこなしで着地を決めた問題児。
「にゃはははは!まさか背負い投げしてくるとは思わなかったにゃー!」
「私もまさか猪みたいな突撃されるとは思わなかったよ…」
「驚いたかにゃー?にゃはははは!!」
「はぁ…」
笑うたびに猫のようにピンと伸びる両側の癖毛が揺れる。
身体能力が超人的で何故か語尾に猫語を付けているこの男こそが主人公を支える重要なサポートキャラクターだったりする。
名前は猫田 音己。
立っているだけで猫が寄ってくる程、猫に愛されている男である。
(絶対にゲーム製作者の中に大の猫マニアがいたんだろうなぁ…。)
ターゲットを優人に変えたネコを見て、私はその状況に苦笑いするしかなかった。