〈轟 優人Ⅱ〉不可思議な感情。(後半_祈視点あり)
電話越しの祈の声なんて、もう何度も聞いているのに母さんや父さんに言われたことが原因で全く落ち着かない。
ついさっき婚約の話をされたばかり、しかも既に祈にもその話はされているだろう。
何となくだが、電話から聞こえる祈の声も緊張しているような感じがした。
《えっと、多分だけど…優人もされた、よね?その、婚約の話…》
「!お、おう…」
ヤバい。何か分かんないけどヤバい。
今、祈と直接会ってなくて本当に良かったと心底安心した。この状態で会ってたら絶対に挙動不審になってたに違いない。
(…何か言わなきゃだよな。でも、何を言えば良いんだ?)
ぐるぐると考えても定まらない思考。
こんな落ち着かない気持ちは初めてでどうしたら良いか全然対処法が見つからない。
くしゃりと前髪を掴みながら悩んでいれば躊躇いがちに祈が話し出した。
そして、その内容に俺は呆然とする。
《今回の件を決めたのは親達だけど、最終的には優人と私の気持ちが一番大切だとも言ってくれたの。だから…》
「祈、」
《今ならまだ間に合う。私は優人を縛り付けるような婚約者なんて立場は嫌。だから…婚約はなしに「駄目だ」…え?》
「それは駄目だ」
無意識にその言葉が出た。
祈が婚約者だということを言われた時、確かに焦ったが…嫌だとは思わなかった。
それに俺がここで断れば、いつか祈にはまた新しい婚約者が出来るのだろう。
あいつは知らない。
小鳥遊財閥との繋がりだけじゃなく、祈自身も求める人間がたくさんいることを。
(あいつの隣には俺が立っていたい。他の知らないやつらなんかに譲れるか。)
今日のあいつの笑顔を見て、何故か強くそう思った。
婚約者という立場は俺が祈の一番近くにいれる証明になる。取り消すなんて駄目だ。
「はっきり言っとくけど、俺はお前との婚約が嫌だとか一切思ってないから」
《……?!え、な、えぇ??》
「取り敢えず!明日の朝、迎えに行くから絶対に寝坊すんなよ!!返事は?!」
《は、はい?!》
「よし!おやすみ!!」
ブツッと携帯の電源を切る。
後ろ向きにベッドに倒れ込み、安堵と同時に思い返すのはさっきの祈の様子で。
あいつは俺が婚約の件を断ると思っていたのだろうか、かなり慌てていた。
(あー…早く明日になんねぇかな…。)
この不可思議な感情が何なのかはまだ全く分からないが、意外と嫌いじゃない。
そして、俺がこの感情に名前を付けられる日がそう遠くないことは今の俺には知る由もなかった。
☆★☆
「…優人が婚約取り消しを断った、だと?な、何故だ優人?!」
切られた電話に問いかけても答えが返ってくるわけがないが、つい電話を凝視し続けてしまう。
全く予想していなかった展開に私は頭を抱えながら蹲った。
(駄目?!駄目って何さ?!)
夕食の時間に話された婚約の件。
急いで私は自室に戻り、荒ぶる気持ちを抑えながら優人に電話したのだ。
ゲームでは、婚約は親が決めた約束だから取り消しは出来ないと祈は乗り気じゃない優人にずっと言っていた。
その言葉に縛られ続けた優人は本当の気持ちを叶に言っても迷惑なだけだと考えてしまうようになる。
「…何か良い解決策とかないかねぇ?」
優人が叶を特別な存在だと意識し始める出来事が起こるのは彼の14歳の誕生日である。つまり、今から2年後にその素敵イベントが起きるのだ。
猶予はまだまだある。
「すぐに良い解決策を見付けるぞ!!」
気合いを入れる為、エイエイオー!!とベッドの上で拳を突き上げる。
ちなみに、この場面を部屋に来た叶に見られたのはマジで恥ずかしかったです。