第七話 現実と誇り
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祝勝の夜会から数日した、穏やかに晴れた久しぶりの休日の昼下がりーー因みに、あの夜エルバトとの一戦を終えたリューシディアを待っていたのは、イアリナの怒髪天を突く説教であったーー部屋着のまま寛ぐリューシディアに、イアリナから告げられた通達。
「剣闘競技?」
「知りませんでしたか?」
「うん。知らない」
「伝達漏れでしょうか。先日の夜会の後、急遽決まったそうですわ」
「ふーん……」
「興味なさそうですね」
「ないわね。だって、私の剣は競技向きじゃないもの」
リューシディアがエルバトから教わったのは、戦場で生き残るための剣だ。確かに最初は騎士として基本の型はひと通り学んだが、初陣の八歳以降は、どこまでも人を殺してでも自分が生き残るためのものだ。その中には剣を囮にするような徒手格闘さえ含まれる。
「でも、グァルディオラ皇帝の命令なのよね?」
「ええ。必ず参加するように、と」
「……まったくもって面倒ね」
ふぅ、と溜息を一つ漏らしたリューシディアだが、ふと何か思い付いたように、にやりと含みのある笑顔をイアリナに向ける。
「いっそ、イアリナが参加すれば良いわ。私の代理としてね!」
そんなリューシディアの提案とも呼べない提案は、吹雪もかくや、と思われる冷たい笑みに飛ばされた。
「姫様」
地を這うかのような、極めて低いイアリナの声。
「わかってるわよ。言ってみただけよ。あぁ、もう本っ当に面倒ばかりだわ!ーーグァルディオラ皇帝に是の返事を。ただし手加減はできないから、死人が出ても罰を問わないとお約束下さい、と添えて」
尤も、グァルディオラ皇帝は手加減なんて望んでいないでしょうけど、とリューシディアは内心で付け加える。
「畏まりました」
そんな心の声を聞いたかのように、イアリナは即座に首肯した。おそらくリューシディアと同じ結論に達していたのだろう。
この競技会の意図は弛んだ兵士を鍛え直させる、という一点に集約されていることくらい、簡単に想像が付く。
恐らくだが、きっかけは昨今起こったバルバディカの扇動による、グァルディオラ帝国南部の大暴動。
あれはリューシディアが鎮圧したが、本来であればグァルディオラ帝国のみで片付けるべきことだったのだ。
だがグァルディオラの南部守備軍では抑えきれず、しかし東部戦線が危うい中、国軍の主力を南部に割くことも出来ない。結果としてグァルディオラ帝国はリューシディアに援軍を指揮させる以外、早期決着は見込めなかったのだと、リューシディアは理解していた。
「売れる恩は売っておいて損はないわよね」
茶の用意をするイアリナの背に、リューシディアは声が声を掛けると、イアリナが振り返って笑った。
「仰せのままに。我が主人様」
互いの言葉の裏に潜む想い。互いに気付きながら気付かないふり。二人の笑顔を第三者が見ていたら、確実に嫌な予感を得るであろう、真っ黒な微笑みを交わす主従。
この二人は身分も育ちも違えど、良くも悪くも、その本質は酷く良く似ているのだ。
敢えて他者に侮らせ、その裏で密かにその爪を研ぎ、最も効果的な場面を迎えるまで、只管に爪を隠し続ける。
目的の為ならば手段は勿論、自己犠牲さえ厭わない。
リューシディアの場合、その爪の鋭さを隠すだけの時間的余裕もなかった所為で既に知れ渡っているが、イアリナは違う。元々隠密行動を得意とする彼女は、未だその爪を隠したまま、来たるべき時に備えて研ぎ続けている。そしてそれはリューシディアの希望であり、指示でもあった。
「そういえば、ですが」
茶器をリューシディアの前に差し出しながら、イアリナが口を開く。
「うん?」
「フラン・マドリュース殿も参加なさるそうですよ」
「……それは、輪を掛けて面倒臭いわね」
「当たらないと良いですね」
「そうだね。極力最後まで当たらないようにお願いしたいものだよ」
リューシディアはフランと対戦する様子を思い浮かべ、頭痛を覚えた。別にフランが嫌いな訳ではない。苦手なのだ。
そう。ただ単純に苦手、なのだ。
その上、確かに腕は立つから余計にやりにくい。ーー行儀の良い御前試合であればなおさらだ。
正直なところ、リューシディアにはフランの言う「騎士の正道」を知識として理解しようと思えば出来なくもない。だが、どうしても理解したいと思えない。それを理解し、納得してしまえば、これまでの自分の歩んできた道を否定することになる。
王族に生まれながら、八歳から戦場を経験しているリューシディアからしてみれば、絵空事としか思えないのだ。
戦場でどれだけの兵が叶わぬ未来を願って旅立っているのか、それを数字でしか知らない人間に「彼らは国の為に尊い命を捧げたのだ、平民として素晴らしい名誉ではないか」などと言われて、安易に同意など出来ないのと同じだ。
戦場で命を落とす兵士の大半は平民であり、彼らは「国の為」なんていう理由で戦場にいるわけじゃない。
彼ら平民が守りたいのは、平穏だ。
朝起きて、家族や隣人と挨拶を交わす。家族、恋人と食事をし、他愛ないことで笑い合う。特別なことなど何もない、けれど平穏で愛しい日々。平民にとっては日々の生活こそが大事で、例え国主が変わろうとも、その日々の生活が守られていれば、それで良い。
誇りとはなんだろうか。
フランのように、血筋や家名もその人間を形成する要素である以上、それを誇ることは間違いではないのだと思う。
だけど、リューシディアは知っている。
身分も家名もいつかは喪われる。そして簡単に奪われるもの。
そんなものを自身の寄る辺たる「誇り」とすることに意味があるのだろうか。
「誇り」とは自分の中にあり、自分自身のでのみ、得られるものじゃないだろうか。
簡単に奪われるようなものが「誇り」であって良いものなのか。ーーリューシディアにとってそれは否。
何者でも奪うことのできない、唯一絶対の信義。
リューシディアにとっては、それこそが「誇り」だった。
だから、リューシディアはフランが苦手だ。
リューシディアが過去に「不要」と切り捨てたもの全てを己の誇りとするフラン。
彼がリューシディアの考えを理解する日が来るとすれば、それはグァルディオラ帝国最後の日だろう、とリューシディアは太陽を雲が覆おうとする空を眺めて思った。
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