第六話 天敵vs自称凡人
無駄に長くなった……
当たり前だが、軍人といえど、いつも戦場に居るわけではない。戦場にいない時の軍人が何をしているかだが、大半は軍事訓練を行なっている。だが指揮官ともなれば書類仕事も大量にある。そして、リューシディアは書類仕事が大嫌いだった。
「ーーーーーーっ」
もぬけの殻になった執務室で、その男は無言で手にした紙の束を落とした。
「あンっの、クソガキィィィー!」
その執務室はリューシディアのもの。
そしてリューシディアの脱走を前にして叫ぶ男は、近衛軍第二部隊長フラン・マドリュース。彼もまた、リューシディアに振り回されている一人と言える。
「アトルウィンっ!」
執務室から踵を返し、フランは前室の補佐官用の部屋に入るなり、書類に埋もれるアトルウィンの前に、仁王立ちになった。
「リューシディア殿下は何処にいる」
地を這うような低い、怒りを抑えた声にアトルウィンは怯えーーるわけもなく。
「さっきまでは居たんですけどねぇ……また逃げられましたか」
毎度恒例行事ともなれば慣れるものだ。
飄々とした様子でアトルウィンは席を立つと、執務室へ踏み込んだ。
目の前には開けっ放しの窓。そこから吹き込んだ風のせいで散らばった大量の書類。
「あちゃー……」
アトルウィンは右手で軽く額を押さえる。
リューシディアに渡す書類は、アトルウィンでは判断出来ない内容のものや、リューシディア宛の親書だったりするが、それを分類してリューシディアに渡すのも、重要かつ結構な重労働なアトルウィンである。その苦労が目の前で水の泡……風に消えた。
「アトルウィン! さっさと殿下を探せ!」
「探して見つかるくらいなら、とっくに探しに行ってますよ」
「貴様は副官だろう」
「副官だからこそ、ですよ。本気で逃げた殿下を捕まえろと言われるくらいなら、この書類を代理で片付ける方がよっぽどマシです」
「それでも軍人か!」
「軍人ですけど、僕は文官ですので」
最低限身を守る程度には剣を扱える程度の技量だ。何処ぞの貴族の子弟のほうがまだ強いかしれないなぁ……などと思いながら、アトルウィンは窓を閉めて散らばった書類を拾いあげる。
「フラン殿。書類は僕が預かりますよ。もう暫くしたら戻ってくるでしょうから」
「貴様がそうやって甘やかすからーー!」
「甘やかす? 冗談やめて下さいよ。ホラこれ」
拾い集めた書類をフランに渡しながら、アトルウィンはその何枚かを抜き取って、ひらりとフランの前にかざす。
それを見て、フランが慌てたように渡された書類を捲って、茫然と呟く。
「決裁、済み…⁉︎」
「脱走癖は困りものではあるんですけどね。それでも仕事を投げ出すような方ではないのですよ」
わかったらさっさと帰れ、とばかりにアトルウィンは慇懃に微笑みながら、フランを追い出した。
リューシディアの執務室を追い出されたフランは、怒り収まらぬとばかりに、廊下の壁を殴り付けた。
フランにとってリューシディアは、とにかく気に入らない存在だった。
フランの生家であるマドリュース家は、グァルディオラ帝国建国時から続く名門であり、フランもまたそれを誇りにしていた。貴族である以上は民の模範でなければならない。
常に勤勉に努力すること。
清く正しき騎士たらん。そう躾けられてきたフランにとって、リューシディアという存在は、とにかく相容れないのだ。
勝つためには手段を選ばない、奇襲夜襲は当たり前という、寝穢い戦い方をするリューシディアを、フランは認められない。
グァルディオラ帝国騎士たるもの、常に正々堂々戦って勝つべきだ。またそうでなければならない。騎士ならば誰もが憧れと敬意を抱く、帝国最強の騎士を師に持ちながら、その師の名を穢す戦い方には我慢がならなかった。
「なぜ、あんな小娘が……!」
もう一度、壁に拳を叩き付け、フランは歩き出す。
ーーー
「ーーということがありましたよ」
「ふーん」
「少しは相手をして差し上げては?」
「いやよ。フランっていかにも貴族!って感じでしょう? 民の見本とか言いながら、自分が民を見下してることに気付いてないのよ?」
「マドリュース家といえば名門ですからね。それも仕方ないのでは? まぁ、平民出身としては、あからさまに見下してくる連中のほうが、対応は楽ですけどね」
自分の悪癖に気付いていないということほど厄介なことはない。
「アトルウィンは随分と寛大ね?」
「寛大とは少し違いますね。諦めているだけかもしれませんよ」
「諦めないとやってられないって聞こえるけど」
「そう聞こえるなら、そうなんだと思いますよ」
「あー、うん。ごめん。苦労掛けます」
肩を竦めるアトルウィンを見て、リューシディアはなんとも言えない気分になってしまう。副官に就いたばかりの頃のアトルウィンは、武人として伸び悩んで、年相応に屈折してはいたが、もっと闊達な青年だった気がするのだ。どうしてこんなに捩くれてしまったのだろうか。
ーー半分くらいは私の所為かもしれないけど。
いくら嫌いだからって、前触れもなく脱走するな云々と小言を並べ立てるアトルウィンへ、苦笑で答えながら、リューシディアは思う。
アトルウィンとフラン。
どちらが、より優秀なのかは比べ難い。
だが、戦地においては間違いなくアトルウィンに軍配があがる。
なぜならーーフランは戦場を知らない。
少なくともアトルウィンはリューシディアに付いて戦場に出ていたぶんだけ、生き死にの世界をその目で見ている。
近衛軍は王族と城を守ることを第一とする軍。フランの第二部隊の主任務が城の防衛である以上、城を離れることはない。
本当に生きるか死ぬかの二択しかない世界で、フランの言う騎士道なんて綺麗事としか言われない。
「まぁ、そのうち経験してくれたらいいかなぁ……」




