第四話 建前は必須
王侯貴族の子女にとって社交会とは、情報収集の場であり、それ以上に良き結婚相手を探す場でもある。それは王族であっても変わらない。さらに言うなら、その両親にとっては腹の探り合いの場でもある。
では軍人にとっては?
「面倒くさい会」
リューシディアはすぱっと言い切った。
「いや、そう言うことを聞きたいのではないのですが……」
「じゃあ、情報戦の会」
「間違ってはいませんけどね……もう良いです」
リューシディアの副官を務めるアトルウィン二等軍務官は、溜息をついた。仮にも王族の姫から出る言葉とは思えない。
軍務官とは軍部における専門文官である。
子爵家とはいえ、由緒正しいグォルディオラ帝国貴族であるアトルウィンは、没落寸前の我が家を救うべく軍部に志願したが、生憎と戦闘に関しては全く芽が出なかった。代わりに芽吹いたものが、軍部の人間の大半が苦手とする書類処理能力だった。
そんなアトルウィンは現在十八歳。
亡国とはいえ、王女。王女といえど、十四歳。
そんな相手に目を付けられてしまった彼は、ある日突然下っ端軍人からリューシディア付きの二等軍務官に抜擢された。
突然の昇進に加えて、仕える相手は剣姫と名高い無敗の美少女将軍。副官という立場に喜んだのも束の間。アトルウィンは王女に振り回される日々に、己の悪運を嘆いている。
「アトルウィン。あとは任せるわ」
「はい」
「よろしく。それじゃ私は退場するから」
まだ始まって一刻も経ってないんですけど⁉︎ とは言えないアトルウィンーー情報収集という名の社交を任せられているのには意味があるからだーーは、王族専用の扉から出て行くリューシディアを見送り、一人、夜会を歩き流す。
因みに、本来高貴な身分の女性には必ず護衛騎士か付くが、リューシディアの場合は本人の力量がありすぎて、護衛騎士は逆に邪魔になると言う理由から、護衛騎士はいない。
「おや。アトルウィンじゃないか!」
動き出したアトルウィンは、すぐに知人に声をかけられた。その横には愛らしい令嬢が微笑みを浮かべている。
「お久しぶりです、レガーラ伯爵。エイリア嬢もご機嫌麗しく」
パウシュ・レガーラ伯爵。アトルウィンの父親と古くからの友人であり、何かとアトルウィンを気に掛けて声を掛けてくれる、アトルウィンにとっては貴重な身内であった。
だが、今回に限っては声を掛けてきた理由は他にあるのだろうと当たりをつけた。
「今回もリューシディア殿下は大活躍だったそうだね」
「あ、ええ」
「まだ十四歳だというのに、本当に素晴らしい方だなぁ!ところで、リューシディア殿下は一緒ではないのかい?」
「先程まではいらしたのですが、退室されました」
「おや? また逃げられましたかな」
「そのようです……」
苦笑して認めたが、半分は嘘である。
リューシディアは逃げたわけではなく着替えに退室したことになっている。しかし着替えたところで戻ってくることはないだろうな、とアトルウィンの目が遠のく。「退室」ではなく「退場」と言ったリューシディアの言葉が蘇る。
戻って来る気はない、と宣言されたようなものだ。ここから先はアトルウィン自身の力量が問われる時間だと、気を引き締めるべきとわかっていても、溜息は禁じ得ない。
「殿下の夜会嫌いにも困ったものですわね」
「これこれ、エイリア。リューシディア殿下はまだ成人前なのだから」
割って入った涼やかな声は、レガーラ伯爵の一人娘のエイリア嬢。淡い金髪に碧玉の瞳が美しく、まさに貴族令嬢といった感じの御令嬢だった。
「わかっておりますわ。でも、本来であれば殿下が行うべきご挨拶までアトルウィン様が代わられるのは、納得いきませんわ」
「エイリア嬢。それは違います」
アトルウィンはエイリアの言葉を否定した。確かに、そういう見方もできる。だがリューシディアがアトルウィンに挨拶周りを任せている理由は他にある。
「確かに、本来は殿下がすべきことなのではありましょうが、それを私が名代にすることで、私の将来の道を繋いで下さっているのです」
アトルウィンが言うと、レガーラ伯爵が目を見開いて、そして破顔した。
「なるほど! アトルウィン殿を名代とすることでその信頼の篤さを周囲に示し、同時にアトルウィン殿の評価を上げられる上、貴族に顔を覚えさせることもできる、か」
「流石ですね、レガーラ伯爵。ーー殿下は言いました『いずれグァルディオラを離れる自分にできることは、アトルウィンに地図を書くことだけ。そこから先はアトルウィン自身でも道を作れ』とね」
「……なんとも、健気な姫君なのだな」
「健気、というより実直なのですよ。あの方は鏡です。礼には礼、親切には親切、悪意には悪意。対面した相手の心をそのまま返す方です」
「それは怖いな」
「それでも、上司として信頼できますから」
「……なんとも、もったいないことだ」
リューシディアが退場したと思われる、王族専用の扉を見やり、レガーラ伯爵はため息を零した。
僅か十四歳にして、そこまで頭を巡らせることができる上に、一軍の将としても類い稀な才を示す亡国の王女。
だが、同時にレガーラ伯爵は思う。
リューシディア殿下が女であることは、おそらくグァルディオラにとって幸いだった、と。
軍部におけるリューシディアの評判はレガーラ伯爵もよく知っている。もし王子であれば、そしてレフェトが再興したなら、レフェトはグァルディオラにとって警戒すべき国となっただろう、と。




