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剣に捧げる願い  作者: 滸 いろは
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第三話 好敵手の存在

長い、かも?

 東国境で起きた戦いは、結果的にはグァルディオラ帝国の大勝利と言えた。

 この戦いにより、リューシディア率いる旧レフェト王国連合軍は、旧レフェト王国領の一部、サフィーナを取り戻した。


「レフェト王国首都レフェドーナ奪還まで、サフィーナはエイルドール伯爵に任せる」

「皇帝陛下の温情に感謝致します」


 グァルディオラ皇帝の言葉に、リューシディアは膝をついたまま恭順を示した。

 皇帝の采配に不満はない。

 仮にリューシディアやリュクロームに与えられたところで、祖国奪還を目指す二人には代理人による統治しかできない。ならば義に篤く、良政を敷くというエイルドール伯爵に治めてもらえる方が余程安心できる。


「二人とも、よくやってくれた。暫くは休息を取るが良い。それと三日後に、今回の戦勝記念の夜会を催す。二人とも参加するように」


 皇帝の言葉に、リューシディアは俯いたまま、顔をしかめた。


 ーー


「美しいですわ! 流石です」


 腹心の侍女イアリナの賛美に、リューシディアはため息をついた。


「イアリナ。あなたの趣味の良さは認めるけど……」

「駄目です。今夜の祝勝会は必ず出席するようにとの陛下からの御命令です」

「ドレスは嫌いなんだけど……」


 リューシディアの目は、普段好んでいる男装の衣装に向けられていた。


「それでも、です! 今日ばかりは絶対に! 男装はダメです!」


 拳を握って断固拒否の姿勢を貫く腹心の侍女の姿に、リューシディアは着飾った自分を写す鏡を見て溜息を零した。

 どうしたって似合ってるなんて思えない。

 先に起こった東国境でのバルバディカとの戦は、稀に見る逆転大勝利だった。しかも策らしき策を弄することもなく、戦力を頼みに正面から撃って出た上での大逆転劇。それ故に大掛かりな戦勝記念パーティーが開かれることになったわけだが……


「私も兄様も、今回は何もしてないんだけどなぁ…」


 確かに援軍を率いたが、実際の作戦も指揮も、全てエイルドール伯爵によるものだ。リューシディアはそれに従っていただけだ。


「リューシディア様……」


 イアリナは頭を抱えたくなった。

 いくら指揮を執っていないとはいえ、名のある敵将を悉く討ち取ったのはリューシディアである。それをこの王女は全くわかっていない。


「バルバディカのエルム伯、トーリス伯、ナギル伯。いすれもバルバディカでは勇将として名を馳せた人物です。その彼らを一撃で倒しておいて、何もしてない、は通りません」

「そうなの?」

「……そうです」


 イアリナは頭を抱えたくなった。……わかってはいるのだ。彼女にとっては敵将の名前などどうでも良いことであり、目の前に居たから斬っただけなのだと。


 ーー姫様は脳筋なのかしら。


 疑いたくなる気持ちはとりあえず殺して、目の前の姫に最後の仕上げをする。


「リューシディア様。今からあなたは王女です。それに相応しく振舞って下さい」

「……わかった」


 リューシディアは類稀なる美少女だ。

 繊細な絹のような銀髪に、銀と深紫の、珍しいオッドアイ。それだけでも人目を惹くのに、そのパーツの配置たるや、まるで美の神が拵えた彫刻のように美しく整っており、鍛えた身体は無駄なく引き締まり、腰は折れそうな程細い。けれど出るところはしっかり成長している。

 黙って立っていれば、女性らしく嫋やかで儚げな美少女なのだ。それに王女らしい振る舞いも出来るだけの教育は受けている。


「失礼する」


 部屋の外から掛けられた声に、リューシディアの顔付きが変わった。イアリナはそれを視界の端に捉えながら、扉を開いた。

 その向こうには、長身の美丈夫が皇族の正装を纏って立っていた。


「リューシディア殿下を迎えに来たのだが、準備は整っておられるか?」

「勿論にごさいます。どうぞお入り下さいませ。皇太子殿下」


 その美丈夫の名をレオルリヒト・デュオ・ヴァルスウェイル・グォルディオラという。グァルディオラ皇帝の長子であり、この国の皇太子。

 漆黒の髪は艶やかで、金に近い琥珀色の瞳には強い意志が宿る。皇族の誰よりも長身な体躯は、一見細く見えるが、その見た目からは想像がつかないほど、しっかりと鍛えられた硬い筋肉で覆われていることを、リューシディアもイアリナも知っている。そんな彼はリューシディアを認めて、感嘆に目を見開いた。


「別人だな」


 くつくつと小さく笑う姿さえも絵になる美丈夫。そんな皇太子をリューシディアは軽く睨んだ。


「笑いたいなら正直に笑えば?」

「似合ってるよ。まぁ、中身を知っている以上は化けたとしか言えないけど」

「好きで着てると思うの?」

「思わないさ。だがーーー」


 レオルリヒトはすっとリューシディアに近づくと、その手を取った。


「夜会という戦場で、君のそれは最強の武器だろう?」

「面倒以外の何物でもないけど」

「それは同意しよう」

「そう思うなら、さっさと解放されるように手を貸して貰いたいものね」

「それを俺に言うかい? 成人前の君は褒賞授与が終わればさっさと退室できるだろうけど、俺はーー」

「あら。選り取り見取りで良いじゃない」

「俺を獲物としか思ってない女共だぞ?」

「せいぜい利用できる御令嬢を射止めることね」

「なかなか利用に耐えうる令嬢か居なくてな」

「そんなこと言っているから、未だに婚約者もできないんじゃない」


 ばっさりとリューシディアは切り捨てた。


「……君に言われたくない」


 レオルリヒトはがっくりと肩を落とした。

 レオルリヒトは今年で二十二歳。本来であればとっくに婚約者が居ても良い年齢だ。しかしレオルリヒトには婚約者どころか候補すら居ない。

 その原因を、レオルリヒトは良く知っていた。それこそ、今、目の前にいる美しく装った少女に他ならない。

 自分よりも早く戦場に立ち、父皇帝からも認められる、亡国の王女リューシディア。

 彼女こそ、原因だ。

 レオルリヒトにとって、リューシディアは常に意識する存在だった。年齢から言えばリューシディアの兄であるリュクロームの方がライバルになりそうなものだが、リュクロームは頭脳労働が専門。戦場に立つという意味で、レオルリヒトにとってリュクロームよりもリューシディアの方が、近い存在だった。おまけにリューシディアは六歳上のリュクローム、七歳年上のレオルリヒトとも対等に意見を交わせるほど、早熟で明晰な頭脳の持ち主。

 こんなのが身近にいては、そこらの貴族の令嬢との会話など退屈としか思えない。


「まぁ、あれね。摘み食いは程々にね」

「……っ⁉︎」


 ぼそりとリューシディアが零した言葉に、レオルリヒトはギクリと肩を震わせた。


「リューシディア! 君ねぇ…っ!」

「時間よ。行きましょ」


 思わず声を上げかけたレオルリヒトに構わず、リューシディアは冷静に時計を指差した。


リューシディアの鈍感ぶり。

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