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剣に捧げる願い  作者: 滸 いろは
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第一話 亡国の剣姫

プロローグだけでは評価なんてできないよね……

 誰もが苦しかった。

 食糧は底を尽きかけ、豊富な筈の水でさえ、毒を恐れて飲むことが出来ない。

 死者と負傷者に溢れた城内からは、傷みに呻く声、仲間の死を悼む泣き声が彼方此方から響いてくる。

 援軍の申請は随分前に出した。しかし援軍の姿は影も形もなく、それどころか未だ返事さえないという現実に、兵達の間ではじわじわと、見捨てられるのではないかという不安と恐れが蔓延り始めていた。


「……投降しよう」


 グァルディオラ帝国東の国境を守護するエイルドール伯爵は、自身もこの戦で片脚を喪う大怪我をしていながら、その痛みの一切を表情に出すことなく、しかし苦渋に満ちた声で、この数日悩み続けてきた答えを口にした。


「閣下! しかしそれでは!」


 エイルドール伯爵の腹心であるマドニス辺境将軍が声を荒げた。


「ここで我らが投降してしまっては、この辺り一帯の防衛線は総崩れになりますぞ!」

「わかっておる!! だが、兵士にこれ以上の苦難を強いることはできぬ!」


 エイルドール伯爵は稀代の戦上手と謳われた名将であり、義に篤く礼儀を重んじ、兵を大切にする人物としても知られていた。その彼にとって半数以上の兵を失い、これ以上の戦えということは即ち全滅を意味することにしかならない。そんなことは彼の矜持が許さなかった。

 だが彼の麾下の兵士は忠誠の誓いに忠実であり、芯の通った者ばかりであった。


「恐れながら申し上げます」

「なんだ」


 声を上げたのは、それまで黙って部屋の警護に当たっていた兵士だった。


「エイルドール伯爵に従う者として、閣下の温情に心より感謝申し上げます。しかし、我ら一兵卒であれど名高きグァルディオラ帝国軍の一員であり、この東国境を護る者としての自負があります! 閣下が投降せよと申されようと、我らは決して投降はいたしませぬ」


 仲間を失った。

 友を殺された。

 彼らは皆、何かを護る為に散って逝ったのだ。

 ならば、残された者はその想いを継いで、護り抜かねばならない。

 己の欲望のためだけに理不尽な戦を仕掛けてくる侵略者などに、この豊かな大地を踏み荒らされるのは我慢ならない。


 一兵卒は、毅然と言い切った。


「……そなた、名前は?」

「グァルディオラ帝国エイルドール伯領辺境軍第三部隊所属、カイルア・バーニスと申します!」

「そうか。……くくくっ……そなたのような若者に諭されるとはな……」


 エイルドール伯爵は苦笑を漏らした。先程までの苦しさは、どこにも見当たらなかった。


「歳は取りたくないものだのう? マドニス」

「なんの! まだまだ若いもんに負けるわけにはゆきませぬ」


 重苦しかった空気が変わる。


「カイルアよ。 良くぞ、良くぞ申した! 我らはまだまだ負ける訳にはゆかぬ! カイルア、そなたを我が直属の伝令兵とする! 言葉を全軍に伝えよ!」


 エイルドール伯爵の目に、その声に。

 マドニスの目に。

 カイルアの顔に。


 決意が刻まれる。


「全軍に通達! 軍備をありったけ揃えよっ! 明朝、夜明けと共に総攻撃を仕掛けるぞ!」

「はっ! 承知致しました!!」


 それぞれが決して退かぬと決めた、その時だった。


「閣下ーーっ!」


 会議室の扉を、ノックもせずに飛び込んで来た者がいた。


「何事じゃ」


 驚く様子もなく、エイルドール伯爵は飛び込んで来た兵士に声を掛ける。


「に……西に!」

「西?」

「南西から、グァルディオラ帝国軍旗が!!」

「なんじゃと!?」


 その会議室に居た全員が西側の窓に駆け寄り、そして意図せず涙を流した。


「援軍……」

「剣姫だ……」


 黒いグァルディオラ帝国軍旗の横にはためく、紫の旗ーー失われし、レフェト王国軍旗。


「まさか、彼女を遣わしてくださるとは……全軍に知らせよ。皇帝陛下が最強の援軍を送って下さった、とな!」


 ーーーー


「まずは、遅くなって申し訳ない、と皇帝陛下よりのお言葉をお伝え致します」


 援軍の知らせから数刻後。

 エイルドール伯爵の目の前には、己の娘程の年頃の少女が、細い身体に見合わない白銀の鎧を身に付けて跪いていた。

 兜を外した容貌は、戦場には似つかわしくないほどあどけない。


「顔上げられよ、リューシディア殿下」

「……合わせる顔がないのは、私が一番存じておりますゆえ」

「殿下のせいではござらん! それに殿下は南で起きた暴動の鎮圧に向かわれていたはずだ」

「……ですから、合わせる顔がないのです」


 その言葉に、エイルドール伯爵は首を傾げた。


「暴動そのものが、バルバディカの陽動だったのです。それに気付くのが遅れた上、首謀者の口を割らせるのに、随分と手間を掛けてしまいました」

「…………」


 成人すらしていない少女の言葉に、伯爵は掛かるべき言葉を見失う。

 援軍として派遣されたのは、グァルディオラ帝国・旧レフェト王国連合軍。その数およそ3万。その兵を率いるのが、この目の前の少女。

 旧レフェト王国第ニ王女である、まだ14歳のリューシディア・シェナ・レフェト。 5歳で国を失い、グァルディオラ帝国の庇護下、研鑽を積み、その半年後には初陣。お飾り同然でも勝利した事実は事実。そして八歳で自ら軍を指揮し、見事なまでの完全勝利を納めると以後連戦連勝を続け、無敗の剣姫と渾名されている。


「……殿下の非ではございますまい。むしろ我らは殿下に礼を申さねばならぬ」

「閣下?」


 エイルドール伯爵の言葉に、今度はマドニスが首を傾げた。


「三日ほど前に、暴動が鎮圧されたとの報告は受けていた。ここまで話が届く時間を考慮しても、殿下は暴動鎮圧後、直ぐに此方に向かって下さったのではないかの?」


 その言葉にマドニスがハッとなる。


 暴動が起きた南の地は、このエイルドール伯爵領から、どんなに馬を飛ばしても6日は掛かる。その距離を僅か半分の日程で来たとしたら……


「流石に3万を飛ばすのは難しいです」


 漸くリューシディアの表情が綻んだ。


「南から連れて来たのは一万です。残りは王都近くの村で合流して、行けるところまで転移させましたが、流石に3万となるとやはり難しくて……結局二日ほどは陸路でした」


 転移魔法というものがある。

 空間を歪め、距離を無効化できる大変便利な魔法であるが、代わりに膨大な魔力と正確な位置情報が必要になる。その難易度故に扱える者は少なく、戦時下においてこれほど有用な魔法もない。

 誰もが押し黙った。


「……殿下に、心からの感謝と敬意を」


 自然と、マドニスは膝をついていた。


「マドニス将軍!? おやめ下さい! 私のような若輩者に勇猛轟く貴殿が膝を突くなどあってはなりまーー」

「あるのです!」

「マドニス将軍?」

「この砦は今や死者と負傷者で一杯です。補給路を絶たれ、水源に毒を流され、我らは投降か全滅かの二択しかありませんでした……」

「では、私の最初の仕事は水の浄化と負傷兵の回復ですね……間に合ってよかった」


 そうして微笑むあどけない少女に、その場にいた全ての人間が、心からの感謝を捧げたのは言うまでもない。


ありがとうございました!

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